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魔法使いの雑貨屋  作者: 狸寝入り
《第三章 双子とアメジーナの秘法》
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最悪な状況

  坑道から先に抜けたレミアータはすぐさま周囲に視線を走らせる。同時に気配を探るために微かな物音にも気を配った。

 一歩一歩を確かめるようにゆっくりと前進し、安全を確認したところで後ろに控えている3人を呼ぶ。


『見た限り、敵影無し。集合』


 サインを送り終わると、再び周囲を警戒して気を張る。


「レミさん、私の方も問題なさそうですよ」


 近くに寄ってきたフィリアが自身の魔力探査にも敵影がないことを小声で伝える。

 魔物の姿が周りに無いため、小声でならば話すことも問題なさそうだった。


「ええ、見た限りでは、ですけれど」

「ちょっと状況悪いですね、早く移動しましょう」

「状況悪いってどーいうことだよ」

「……怖い人たち、来る?」


 遺跡から無事に出てこれたというのに表情の優れないフィリアとレミアータに、兄妹は不安になって尋ねる。

 だが、フィリアたちはすぐには質問に答えず、歩くことを優先させる。


「歩きながらになっちゃってごめんね。今はちょっとでも距離を稼ぎたいから。状況が悪いっていうのはね、空のことだよ」

「空? 雨とか降ってないけど」

「……曇り空」


 山の天気は変わりやすい。フィリアたちが登ってきたときは晴れていた空が、今は重たい雲が一面を覆っている。


「そう、雲が多いんだよ。こういうときは目視で上空の魔物を確認するのが難しいんだ。

 わたしの魔力探査も探るのに限界があって、地上はともかく上空は特に探りづらいんだよ」


 フィリアの魔力探査は形にしてしまうと潰れた円上の範囲を探るやり方だ。

 地上の索敵範囲は割と広いのだが、上空の敵となるとその精度は一気に下がる。晴れている日は目視の方が発見が早いくらいだ。


「……上から、魔物来る?」

「うん。メイちゃんたちが住んでたところは空の魔物は少なかった?」

「……うん。全然、いなかった」

「俺たちが住んでたとこは魔物自体が少なかったんだ」


 魔物の少ない地域というのは存在する。待機中の魔力マナが少なく、住むには場所が悪いというようなところがそれだ。

 アルタットたちが住んでいた場所はそういう魔物が住み着きにくいところだったのだろう。


「なるほどね。ここはね、空の魔物で強力なヤツがいるから気を付けなきゃいけないんだよ」

「そーなのか」

「……気をつける」


 こくこくと頷いて自分たちも空を見るようにし始めたふたりの姿に思わず笑みが零れた。


「上を見て歩くのはいいけど、足元にも気をつけるようにね」

「……はぅ」


 注意されてそれに気が付いたメイルディアが頬を薄く赤色に染める。

 これは自分たちがもっとしっかりしないとなぁ、とフィリアは苦笑した。


「雨は降らないで欲しいのですが」


 レミアータが空を見上げて呟いた。



  西の山道は登ってきた北の道よりも道が荒れていて、危険な場所が多いようだ。

 崩れやすそうなひびの入った場所がそこかしこに見られ、そしてその下は崖だ。崖下には森が見えはするが、落ちたとしたらただでは済まないだろう。


「慎重に進まざるを得ませんね」

「移動速度ついては仕方がないですよ。安全第一です」


 強行軍で進むには子供ふたりの体力が厳しいはずだ。すでに坑道を出るだけでも疲れが見えているため、あまり無茶はさせられない。


「このあたりまで来れば伝音器コミュットが使えるはずですが、フィリアさんどうですか?」

「あっそうですね。ちょっと見てみます」


 連絡が取れれば王都から応援を呼ぶことが出来る。それならばそちらとの合流も早くなるはず、とフィリアはポシェットから伝音器コミュット集音器コレクトを引っ張り出した。


「使えますっ。レミさん、使えますよ!」

「良かった。それならば一度、連絡を取ってしまいましょう」


 山道の中央で連絡を取り出すわけにはいかず、4人は壁際に寄る。


「レミ姉ちゃん、騎士団の人たちが助けに来てくれんのか?」


 連絡を取ると聞いて、アルタットが微妙な表情で尋ねた。


「ええ、連絡さえ取れれば可能でしょう。……安心して下さい。アルくんたちの事はひとまず黙っておきます。

 信頼できる上司に指示を仰ぎますから、悪いようにはなりませんよ」


 自分たちのことがバレたときを想像して、不安を隠しきれていなかったアルタットとメイルディアだったが、レミアータの言葉に少しだけ安心したのか、ほっと息をついた。

 信頼できる上司というのが誰かはアルタットたちには分からないが、レミアータが信じている人だ。ならばきっと大丈夫なのだ、とふたりは頷く。


「フィリアさん、準備はできましたか?」


 3人が話している間に連絡の準備を整えたフィリアが笑みを見せる。


「バッチリですよっ」

「では、騎士団に連絡を取りましょう」


 レミアータは伝音器コミュットに騎士団のナンバーを入力すると、あちらの応答を待って話し始めた。

 彼女が話を始めたことを確認すると、代わりにフィリアはアルタットたちの方に近づく。


「だーいじょうぶだよ。レミさんの上司の人にはわたしも会ったけど、信頼できるいい人だったから。ね?」

「分かってるよ、大丈夫さっ」

「……うん」

「ん、ふたりとも良い子だね」


 思わずといった形でふたりの頭を軽く撫でるフィリアに、撫でられているふたりは恥ずかしそうな表情になる。

 特にアルタットは男の子なので、撫でられることに余計慣れていないようだった。


「もー分かったって! 撫でなくったっていいってば」

「あー、ごめんね。ついつい」

「……お兄、恥ずかしかったの」


 和やかな雰囲気になったその瞬間、全員が思わず忘れていた。

 この山で最も注意しなければならなかったことを。


「ふふっ、ふたりとも良い子だよねー。――っ! しまった!!」

「……えっ?」


 先程まで笑みを浮かべていたフィリアの表情が凍りつき、緊迫感に満ちたものになる。

 考える時間も惜しいとばかりに彼女の口からは呪紋が紡がれていた。


「セグロ アルゥ! 障壁よ、出でよっ」


 兄妹の前に飛び出すと、同時に魔法が発動。下級の障壁がフィリアの前方に展開される。


「姿勢を低くしてっ」


 フィリアの叫ぶような声にアルタットたちはその場にしゃがみこむ。


「フィリアさんっ!?」


 レミアータの焦るような声が耳に届くよりも早く、障壁に強烈な風圧が襲いかかった。


「……くうぅぅっ」


 ミシミシと障壁が軋む音が聞こえ、次いでその壁が砕け散る澄んだ音が響く。

 風圧を殺しきることができずに、あたりに突風が駆け抜けた。


「あ、くっ」

「うあああああ!」

「……あ、あぁぁあっ」

「く…っ!」


 兄弟を守るように覆い被さったフィリアの身体に、風の衝撃がいっぺんに襲いかかる。

 強烈な痛みで意識が飛びそうになるが、歯を食いしばってそれに耐えた。


「くっ、…はっ」

「フィリア姉ちゃんっ」

「……あ、フィ、フィリアお姉ちゃんっ」

「フィリアさん! っく、こんなときにっ」


 倒れこむように地面に膝を付くフィリアにレミアータが駆け寄ろうとするが、そこに巨大な影があたりを覆うように現れる。

 ぎりぎりまでフィリアの魔力探査から逃れるように移動し、獲物が隙を見せたところで襲いかかってきた魔物。アリヴィードが目の前で翼を打ち、大きな鳴き声をあげた。


「あ、ああぁぁぁあ」

「……や、やだぁっ」


 巨大な魔物の姿にアルタットたちは恐怖から身体が竦んでしまって、すぐに動くことができない。

 フィリアも先の攻撃のダメージで立ち上がれずにいる。


「最悪の状況、ですかっ」


 唯一無事に見えるレミアータだが、遺跡の中での出血と治癒薬を使用したことによる体力の消費でまったく万全とは言えない。

 しかし、彼女は剣を抜き放つとアリヴィードに斬りかかる。

 せめてフィリアが立ち上がるまでは、彼女たちに近づけさせる訳にはいかないと剣を振るう。


「はぁああぁっ」


 風を置き去りにして、放たれた剣はアリヴィードに命中するが、大した傷も与えることができない。

 しかし獲物の余計な反撃に怒りを見せたアリヴィードは一度4人から離れると、刃状の羽に覆われた翼に力を籠める。


「まっ…、ずいっ!」


 レミアータの背筋を冷たいものが走る。


「――フィリアさんっ!!」


 怒鳴るように叫ぶレミアータの声に反応して、フィリアが立ち上がれないながらも魔法を使う。


「セ…グロ アルゥ…っ。しょう、へきよ。……出で…、よっ!」


 フィリアとアルタット、メイルディアの前に再び障壁が現れる。

 レミアータも個別に防御の体制をとった瞬間に、アリヴィードが翼を大きく振るう。

 風と共に放たれる羽の刃。それらが、無数に4人に向かってくる。


「くっ」

「……まだ、まだ…っ」


 膝を屈した状態ながらもフィリアは魔力を障壁に魔力を注ぎ込み続ける。

 せめて刃の波が収まるまでと、多くの力を注ぎ込んだ。そうして猛攻が収まったときにはフィリアもレミアータも満身相違の様子になっていた。

 特にレミアータは刃を捌ききれなかったために、体中に傷を負って血を多く流している。


「――撤退を!」


 力を籠めた大技の反動で動きが鈍くなったアリヴィードの動きを見逃さず、レミアータが声を張り上げる。

 フィリアもそれに応えて立ち上がろうとするが、身体に思うように力が入らない。


「フィリア姉ちゃん、掴まってっ」

「……こっちも」


 アルタットとメイルディアが両腕に頭を通して、抱えるようにフィリアの身体を支えると、急いでその場から離れようと移動する。

 しかし、それが悪かった。

 元々脆くなっていた足場が、アリヴィードの攻撃で更に状態が悪くなっていたのだ。

 それを考慮せずに進んだことによって、3人の足元が崩れる。


「危ないっ」


 レミアータの血の気が引いた声が聞こえるがすでに遅い。


「え?」

「あっ」

「……なっ」


 呆けたような声だけをその場に残し、3人は崖下の森に向かって落下を始めた。

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