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魔法使いの雑貨屋  作者: 狸寝入り
《第一章 目玉商品とフレイル草》
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1日の終わりに その2

とりあえず区切りが悪くて気持ち悪かったので2本目も投稿します。

 片手で髪を拭き、もう片方の手にはアイテムポシェットを持って階段を上り、2階にある自室へとフィリアは戻った。

フィリアの部屋は学園生のときに使っていた道具類がまとめて机の中にある以外は簡素と言ってもいい。

服もそれほどの数はないし、家具だって勉強机一式に本棚とベットがあるだけだ。

フィリア自身はもう少し、たとえば大好きな猫や犬のヌイグルミとかを置いて飾り立てたいと思っているのだが、なにせああいうグッズは総じて高くて今の『フルハーモニー』ではとてもじゃないが買うなんてことはできない。

というわけで誠に残念なことながら、現状ではお店が繁盛したら買ってもいいかもしれないなぁと夢膨らませるのが関の山だ。


「さて、と少し考えてたより遅くなっちゃったけどネイトに連絡しなきゃ」


そう言ってアイテムポシェットから取り出すのは連絡用アイテム、伝音器コミュット集音器コレクトだ。

仕組みはフィリアにはよく分からないが、なんでも集音器で集めた音を伝音器コミュットに流して相手側に送っているとかなんとか。

拡声器としてはもちろん、器械ごとに決まっているシリアルナンバーを指定することで離れた場所にいる相手とも連絡を取れるという便利なアイテムなのだ。

冒険者には必須アイテムとして、また、一般家庭でも家庭専用器が一式揃っていることも珍しくないという一大ヒット商品である。

そんな物を伯爵家、つまり貴族であるルードス家が置いているのは当たり前のことだった。


さっそく2つを机の上に設置して、両方を専用のコードで繋ぐ。そうしてルードス家の伝音器コミュットにシリアルナンバーを合わせれば準備は完了。

すぐに会話が始まってもいいように咳払いを軽くして声の調子を整える。それから、よし、と一度声を出してフィリアは2つのマシンを起動させた。


「も、もしもひっ!?」


起動と同時に舌を噛むというお約束な行動。生まれつき備わったフィリアの基本的なスペックだ。

だがそれをやらかした本人には決して笑い事ではなく、今は痛みと合わせて襲い来る羞恥心の波に対して、痛みに悶えながらも顔を赤く染めて恥ずかしがるなんていう恐ろしく器用な芸当をする羽目になっている。

あまりに酷い有様からすぐに復活することができない彼女に向けて、伝音器コミュットから渋めの男性の声が届いた。


「……大丈夫ですか? フィリア様」

「はひ…、だいりょーぶでふ」

「こちらは気にしなくとも構いませんので、ひとまず落ち着いて下さい」


男性の声にフォローされたことで、フィリアはさらに自身の情けなさに落ち込むが、すでにやらかした過去は今更取り消せないのだ。

とりあえず状態が落ち着くまで(非常に申し訳ない話ではあったが)待ってもらうことになった。

そうして数分も経てば痛みも治まり、頭も冷えてくる。それと同時に改めて羞恥心が沸いてくるが、これ以上相手を待たせるわけにはいかないと無理矢理それを押さえつけた。


「……大変お恥ずかしい姿を見せました。本当に申し訳なく思っております、クロムウェルさん」


伝音器コミュットで話しているため相手の姿も見えないのだが、それでもあえて彼女は土下座して謝った。

そうでもしなければ彼女は自身の失敗に夜な夜なうなされるような気がしたのだ。

そんな状態が雰囲気で伝わったのか、クロムウェルと呼ばれた男性から抑えきれていない笑い声が漏れていた。


「く、ふふっ…、……ああ、これは申し訳ございません。こほん、大変失礼致しました。

先ほど申し上げましたが、お気になさらずとも結構ですよ、フィリア様。

それといつも申しておりますが、わたくしの事はどうぞクロムとお呼び下さい。それで、当家に何かご用事でしょうか?」


クロムウェルはルードス伯爵家の筆頭執事だ。

歳はもうすぐ65になるらしいが、その洗練された雰囲気に無駄のない身のこなしはそれをまったく感じさせない。

仕事はもちろん完璧にこなし、間違ったことに関してはたとえ仕える主であろうとも苦言を呈するほどに厳格な性格だ。

しかし落ち込んでいる時などはとても優しくしてくれる上に、冗談も普通に言ったりするなど、結構チャーミングなところもある。

フィリアにとってはある種、理想の紳士像だ。


「えぇっと、それじゃ、クロムさん。こんな夜分遅くで大変申し訳ないんですけれど、今はネイト様はいらっしゃいますか?」


フィリアはネイトと二人で話すときなら絶対に『様』なんて使わないのだが、さすがに直接、それも貴族の家に連絡するときはつけるようにしている。

そのあたりはちゃんと線引きしておかなければならないと彼女は密かに決めていた。


「フィリア様。大変申し訳ございませんが、只今ネイト様は騎士科の野外宿泊訓練に行っておられます。お戻りになられるのは明日の深夜頃になるとおっしゃっておられました」

「宿泊訓練!? え、でも今日の15の刻頃にお会いした時にはそんなことまったくおっしゃっておられませんでしたが…」

「はい、本日急遽ウィンアーデ教官様より決定があったとご連絡がありましたので、ネイト様ご自身も把握しておられなかったようです」


あの教官、またそんなこと突然決めて…とフィリアは内心とても憤慨していた。

騎士科の指導教官を務めているウィンアーデは時々思いついたように野外宿泊の訓練を行うことで、学園生時代にはネイト以外とはまったく騎士科と関わりのなかったフィリアにさえ知られているほどに有名だった。

曰く、騎士たるもの、いつ何時なにが起こるか分からんのでいつでも備えておくものだ、ということらしい。しかし、それに振り回される生徒としてはたまったものではない。いつも騎士科からはそこだけ不満の声が絶えなかった。

その上、預かっている者たちの中には貴族の子息たちもいるというのにとんでもないことをする教官もいたものだ。


「お急ぎのご用事でしたら訓練部隊の方にあります伝音器のナンバーをお教え致しますが?」

「あ、いえ! そこまでして頂かなくても大丈夫です!」


気を利かせてクロムウェルが訊ねるが、さすがにそれはネイトに迷惑がかかる。

それはフィリアの望むところではなかったし、我が儘を言うことにあまり慣れていないこともあって、彼女は慌てて遠慮の言葉を返した。


「そうでございますか。ではお戻りになられましたらフィリア様よりご連絡がありましたとだけお伝えさせて頂きます」

「はい、よろしくお願いします」


ぺこりと、フィリアはまたも見えない相手に向かってお辞儀をする。まったくこういう真面目なところが彼女らしいと言えば彼女らしいのだが。


「それでは夜分遅くに失礼致しました。ネイト様のご両親にもよろしくお伝えください」


フィリアは昔、とある問題からネイトに連れられてルードス家にお邪魔したことがあり、そのときにネイトの両親とも顔を合わせたことがあった。

二人ともとても優しかったのだが、何故かネイトとの関係やら、どう思っているかなどをたくさん聞かれて慌てふためいた経験がある。

その時はネイトが友人ですと毅然とした態度で取りなしてくれたおかげで何とかなったのは、ある意味いい思い出だ。


「はい、勿論でございます。お二人ともフィリア様がまた当家に遊びにいらっしゃることを楽しみにしておいでです。お時間ができましたときにでも是非いらっしゃって下さい」

「あ、はい。ありがとうございます。また機会がありましたらお邪魔させて頂きます。それでは失礼します」

「はい、おやすみなさいませ。どうぞ良い夢をみられますように」


そして通信が終了して伝音器コミュットが沈黙する。

それを確認したフィリアはとりあえず両器をストップさせて、溜息をついた。


「ネイト、お泊まりかぁ…。まぁ駄目で元々だったし、仕方ない、一人で行くしかないかな」


その言葉とは裏腹に、声には心の底から残念そうで、また同時に不安そうな感情がにじみ出ていた。

暗い天井を眺めて、ひとまずそう決めると明日に備えて寝ることにする。

ベッドに入り、毛布に包まると寒さが遠くなってすぐに眠気がやってくる。その睡魔に負けて目蓋を閉じると、あっという間にフィリアは眠りに落ちた。

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