野生の戦い
『ロブレクライガンです…。ここって風上じゃないですよね?』
『ええ、運が良かったようです』
ふたりは建物の影から100メートルほど先にいる魔物に意識を向ける。
薄暗い遺跡の中、荒れた道を悠々と闊歩しているのは1頭の魔物、ロブレクライガンだ。
ライガン系の虎の魔物で中位種の中でもかなりの強さを持つ相手だが、その色は紫と白という気色の悪い体色をしている。また、3メートル近い大きさも然ることながら、その口から覗いている牙が大きく鋭いことも目をひく。
速度よりも破壊力に長けた魔物であるため、戦闘になった場合は如何にして攻撃をくらわないようにするかが重要になってくる。
獣系は鼻が効く物が多いので風上に立つのは命取りになるが、ふたりが今回魔物を見つけた場所は運良く風上ではなかったので助かった。
『音をたてなければ安心ですが……』
『あれ…? もしかしてあの岩って』
ロブレクライガンに意識を集中していたフィリアだったが、その虎の魔物が進む先に大きな岩があるのに気がついた。
いや、それがただの岩であれば何も気にすることはなかったのだが、フィリアが周辺に散布している魔力の網に対して反応があったので、気がついたのだ。
『フィリアさん? あの岩に何かあるのですか?』
『たぶん…、ですけど。あれ、魔物かもしれないです』
『あの岩が魔物…、ということはロレムス系ですか』
レミアータが大岩の正体を想像したとき、ライガンがその大岩に近づいた。
そしてその瞬間、岩の横をすり抜けようとしたライガンの巨体が宙を舞う。それに遅れてライガンの苦痛の声があたりに響き渡った。
『やっぱり…っ! しかもあれって』
『グリフクーレロレムスですかっ。まさか見られるとは思いましませんでしたが!』
体そのものが岩で出来ている無生物系の魔物、グリフクーレロレムス。
立ち上がった姿は人間のようだが、その体調は4メートルを超し、その一撃は文字通り大地を砕く。
中位種の中でも最上位の力を持ち、上位種であっても時に打ち殺すことすらある魔物だ。
だが、その強さに反して数が少ないことでも有名である。無生物系は総じて数がそれほど多くはないのだが、グリフクーレロレムスはそれが特に顕著だ。
原因としてはこの魔物は鉱山に生息している場合が多く、その体には貴重な鉱石が多く含まれているためである。鉱石目当てに冒険者はもとより国の軍にも狙われているので数が少なくなった。
『鉱石は惜しいですけど、さすがにふたりであれは無理ですね』
『死に行くようなものです。目的はあれではありませんし、今回はやり過ごしましょう』
ひとまず戦闘は無しにして魔物同士の戦いを観察することにする。
中位種同士で戦ってくれれば、ここから離れる隙ができるかもしれない。
普通ならば致命傷というレベルの先制をもらったライガンは、壁に叩きつけられた後に地面へと落ちた。
それに追撃するためにロレムスがゆっくりとした足取りで倒れ伏すライガンに近づく。
しかし軽くはないはずのダメージを負ったライガンは、近づいてくるロレムスと対峙するために足を震わせながらも立ち上がる。
虎の魔物は立ち上がると同時にその場から駆け出す。動きの鈍重なロレムス相手に速度で有利に立とうとその周囲を回りだす。
巨体に似合わぬ軽快な動きで建物の上や地面を走って勝機を狙う。
動きに一瞬付いて来れなくなったロレムスの隙を見逃さずに大きく跳躍。ロレムスの胴体目掛けて飛びかかる。
長大にして鋭利な牙を胴体に向けて振り切る。
岩であるロムレスの体には、弱い攻撃では傷一つ付けられないのだが、ライガンの攻撃は見事にロレムスの胴体を削り取った。
だが、痛みを感じない岩の巨人は、のたうちまわることもなく地面に着地したライガンに向けて再び拳を振るう。
風を振り切る音が遅れて聞こえるほどの高速の打撃。
体勢が整わないままだったが、その恐ろしい拳を見切ったライガンが身体を反転させて無理矢理に横に跳ぶ。その着地には失敗したが、ロレムスと距離を取ることには成功した。
状況を不利と判断したライガンがロレムスに背を向けて逃走を開始しようとしたその時、相手の逃げる気配を察知したロレムスが、近くにあった建物を無理矢理に崩してその大きな破片を抱える。
駆け出したライガン。破片を振り上げるロレムス。抱え込んだ破片を岩の巨人は逃げる獣に向かって恐るべき速度で投擲した。
走っている最中に死を感じたライガンが後ろを振り向いた瞬間、眼前に迫った巨大な破片が視界いっぱいに広がる。
そうして回避も迎撃も間に合わず、ロブレクライガンは破片に押しつぶされることになった。
敵の死を感じ取ったグリフクーレロレムスは声なき雄叫びを上げ、両腕を天高く掲げる。
魔物同士の戦いは岩の巨人に軍配が上がった。
勝利したことにより、体内から魔力を発散させ続けているロレムスの様子を見て、場を離れるなら今だとふたりは判断する。
今なら動いたとしても、相手の魔力に紛れて自分たちの気配は消せる。
無生物系で厄介なのは敵を見つけるのに視覚に頼らないことだ。無生物系の魔物は視覚がほとんど無い代わりに生物の持つ生気や魔力を感知する。
そうして捉えた相手はたとえどこに隠れていたとしても発見し、襲いかかってくるというわけだ。
『迂回して行きましょう』
『賛成ですーっ』
頷き合うと、ふたりは建物をぐるりと回り込んで進むことにした。




