貴女の身が無事であるように
「まぁ! それでは依頼をお受けになったの?」
「はい…、考えが至らずにあとでレミさんに叱られてしまいましたけど…」
お説教を受けたことに肩を落としながらも頷くと、シャールロットは心配そうに眉を下げた。
「レミアータもリアのことが心配なのだからそれは仕方がないことですわ。しかし、本当に大丈夫ですの? もし不安なようでしたら、こちらからもう少し護衛の者を付けても良いのですけれど」
「そ、そんなっ、大丈夫ですよ。行くところも結構難しいところですし、狙ってくる相手がいたとしてもそこまで大人数にはならないはずですから、レミさんがついて来てれれば問題無し、です!」
「そうなのですか…? ですが、リアはそうやってすぐに無理をすると聞きましたから心配です」
違うと否定したいところだが、あながち外れてもいないところがフィリア自身、いくつか思い当たるので口ごもるしかない。
分が悪い話題だと判断した彼女はひとまずそれを転換することにした。
「と、ところで! わたしが無理するというのは誰に聞いたんですか? わたし、そんなこと言ったことないと思うんですけど」
目を泳がせながら、わざとらしい話題転換を図るフィリアをじとっとした目で見つめたシャールロットだったが、しばらくして諦めたように溜息をつく。
「ネイトさんですわ。先日、試験前に城で開いきました夜会でお会いしましたの。そのときにリアの話になりまして」
カップを傾けつつ、お茶の芳醇な香りを楽しみながらシャールロットが悪戯っぽく微笑む。
その様子にフィリアは、ネイトこの裏切り者っと内心で、今は遠くの場所で剣を振っているはずの人物に文句を言った。
何やらよく分からない唸り声を漏らしている友人を眺めるシャールロットは、どこか腑に落ちない顔をしている。
(それにしても、リアはネイトさんのことを好いていると思ったのですが、夜会で女性とお話になっていると告げても様子が変わらないところを見ると私の勘違いですの? いえ、それはないはずですわ。きっとおふたりはそんなことが気にならないほどお互いを信頼し合っているのですわね)
シャールロットがそんなことを考えているとは露知らず、フィリアはネイトへの怒りが収まらないままに引きつった笑顔を浮かべる。
「や、夜会っていうと何だか凄い想像をしてしまいますね。わたしは行ったことがないですし」
「なら一度参加なさったら如何です? リアにその気があるようでしたら是非、招待致しますわ」
控えめにフィリアに参加してもいいですよ、と言っているように聞こえるがその瞳は期待に満ちて輝いている。
実はシャールロットとしては前回の夜会にもフィリアを招待したかったのだが、グリアたちから本人の希望を聞いてからの方が良いと進言されて思い止まったのだ。
諸外国を外交目的で周ってばかりで、本当の意味で気を許せる友人が少なかった彼女としては、無理に招待してフィリアからもし嫌われたらと考える方が恐かったのもある。
「う、う~ん…。お誘いは嬉しいんですけど、やっぱりやめておきます…。今少し想像したんですけど、わたしじゃ馴染める気がしませんから」
「そうですか…、それは残念ですわ。もし気が向いたら仰って下さいね?」
気落ちしたように項垂れるシャールロットにフィリアは慌てる。
「そ、それにわたしには大勢で話すよりもやっぱり、こうしてシャル様とふたりでお話する方が楽しいですしっ」
両手を握り、うんうんと頷くように自分を見つめてくる瞳にシャールロットは自然と沈んだ気持ちが浮上してくるような気がした。
「ええ! 私もリアとお話をするのはとても楽しいですわっ」
満開の花のようににっこりと美しく微笑んだシャールロットを見て、フィリアも安堵した。
フィリアにしてみてもシャールロットは王女であると共に自分の大切な友人だ。友人が落ち込んでいる様子はできればあまり見たくはない。
安心するのと同時にフィリアはそういえばと、友人に聞いておかなければならいことを思い出した。
「ところで、シャル様は外交にまた向かわれると思うのですが、いつ頃から…?」
シャールロットは王女であると同時に外交大使でもある。その手腕は言わずもがなであるが、最近は毒のこともあって療養という名目で国から出てはいなかった。
だが、療養を始めてからもうそれなりの時間が経っていることを考えても、元の仕事を再開するのもそろそろだろうとフィリアは考えている。
その考えはあながち外れておらず、フィリアは知らなかったが、先日の夜会も本当はシャールロットが回復した姿を見せる、というお披露目的な意味合いも含んでいたのだ。
「そうですわね、最近は休ませて頂いたおかげで身体の調子も良いですから、この枝月の間中には発つと思いますわ」
「そうですか…。シャル様もあまりご無理をなさらないで下さいね? ……でもそうなるとシャル様ともしばらくなかなか会えなくなりそうで寂しいです」
意外と早いうちに発つんだなぁ、とフィリアは何か物悲しくなったが、できれば国を発つ友人が無事であればいいと思う。
「私も寂しいですが、これも王族としての務めですから仕方がありませんわ。でも、帰ってきたら必ず遊びに参りますから、待っていて下さると嬉しいとは思います」
「待ってます待ってます! 約束ですよ? っと、そうだ、ちょっと待っててくださいねっ」
「え、リア?」
一言告げてからフィリアは急いで自室に駆け戻った。そうして引き出しから1つだけ物を取り出すと、シャールロットたちが待つ部屋まで引き返す。
おそらく今枝月に会えるのはこれで最後のはずだ。そのため、いつかまた友人が外交に出るときのために密かに準備していたとある物を渡そうと彼女は考えていた。
「お待たせして申し訳ありませんっ。えと、それで、ですね。良かったらこれ、受け取ってください」
差し出した手の上に乗っていたのはひとつの指輪。金色に輝くその中心には青い魔法石が付いている。
「これ…、は?」
「守護の力を込めた指輪です。その、王族の方が付けるのには合わないんですけど…。身につけてなくても持っているだけ効果がありますから。使うときは《セグロ》と言えば発動します。一度使ったら魔石の上に置いておけば、すぐにまた使えるようになりますよ」
自身の細工の腕と持てる素材だけでは、王族が普段身につけている装飾品とは比べるのがおこがましいほどの物だとは分かってはいるが、それでも何かの助けになればと思っていた。
だから必死になって、新たに魔法石に《セグロ》の力を付与できるように研究したのだ。
魔法石に下級とはいえ、《セグロ》の力を付与するには他の物とは比べ物にならないほど、体力も魔力も消耗した。その結果、大量生産ができないと分かったのでこれは本当に特注品だ。
そのフィリアの気持ちが伝わったのか、シャールロットは泣きそうに顔を歪める。
「……ありがとうございます」
一言だけそう囁くように呟くと、何の躊躇いもなくシャールロットは指輪を左手の中指に通した。
「あっ、ほんとに身につけなくてもいいんですよ?」
「良いのですわ。折角友人がくれた物ですから、私が身に付けたかったのです」
泣きそうなのはそのままだったが、それでもすごく嬉しそうにシャールロットは微笑んだ。




