扉をノックするのは
レミアータが依頼について行ってくれることが決まったその日の夕方。
フィリアはお店に戻って連休までの予定を立てていた。
「う~ん、それにしても今日はお店を午後イチで閉めて正解だったかな」
さすがのフィリアといえども、あの長いお説教のあとにまた店番をする気にはなれなかった。
呼び出された直後から何か嫌な予感がしていたのがあたった形となったわけだ。
「さってと、しばらくはこのラインナップで行きましょうかー」
手元の在庫表と店中の商品棚の品揃えを一通り見て回って伸びをする。
ちょうどそのタイミングで店の扉が軽くノックされる音がした。
「あらら? お店閉めてるのに誰だろ? はーい、ただいま~」
扉の方に駆け寄って念のため覗き窓から外を確認すると、そこには見覚えがある人物が立っているのが見える。
慌てて扉を開いて、その人物に挨拶をした。
「グリアさんっ、こんにちは。 ……何か御用でしょうか?」
目の前の人物である王女付き執事のグリアに軽く頭を下げてから、予想外の来訪者に要件を尋ねる。
「こんにちは、フィリア様。このような突然の事、どうかお許し下さい。本日は殿下に突然時間が出来まして、殿下が是非とも貴女様にお会いしたいと仰るものですからご迷惑とは思いましたが、お訪ねさせて頂きました」
「はぁ、理由は分かりました。あ、わたしもちょうど仕事がひと段落したところだったので、問題ないですが、シャル様がいらっしゃっているのですか?」
そう、シャールロットと友人になってからすでに何度かフィリアは彼女と会っている。
何度か会ううちにフィリアはシャールロットの最初の希望通り、様付けだが彼女の事をシャルと呼ぶまでの仲になっていた。
もちろんそれは非公式の場でのみではあるのだが、お付きのグリアたちもそれは了承済みである。
それはともかくフィリアが慌てたのには理由があった。
シャールロットがフィリアのもとを訊ねるときは、いつも事前にいつ頃来るのか連絡があったので何の連絡もなくやって来たことに彼女は慌てたのだ。
「ええ、なにぶん突然の事でしたので殿下も迷惑にならないようだったらと」
「分かりました。それじゃ、いつものリビングでいいですか?」
「構いません。只今姫様をお連れして参ります」
優雅に礼をするとグリアは店から少し離れた場所に止めてあった馬車からシャールロットを連れて来る。
「リアっ、突然でごめんなさい。それと時間をくださって感謝致しますわ」
まるで美しい花の蕾がほころぶ様な笑みを零してシャールロットはフィリアに淑女の挨拶をする。その優雅さと美しさを兼ね揃えた様子にフィリアは未だに慣れない。
慣れないといえば呼び方もそうだった。フィリアが王女様をシャル様に変えたのと同じように、シャールロットもフィリアの呼び方をリアと呼ぶようになった。
最初は他の愛称もあると言ったのだが、どうせなら他の方が呼んでいない呼び方が良いと言って、今の呼び方に落ち着いたのだ。
「いらっしゃいませ、シャル様。いつもところで申し訳ありませんが、どうぞお入り下さい」
フィリアも軽く返礼をすると、シャールロットを店の中へと案内する。
店の奥に入り、フィリアの生活スペースに入るとそこはすでにリビングだ。シャールロットに、ここ最近では彼女の定位置となっている席を勧める。
「感謝致しますわ」
「いえいえ。狭い部屋ですけどお寛ぎ下さいませ、ですよ」
おどけた様にフィリアが返すとふたりで顔を見合わせて笑い合う。
「フィリア様、いつも申し訳ございませんが調理場をお借りしても?」
「あ、はいどうぞ」
「ありがとうございます。ミュルズ、お茶の支度を」
「畏まりました」
家主の許可が出ると、グリアがもうひとりシャールロットに付いてきたお付きの侍女であるミュルズにお茶の用意を指示する。
グリアたち付き人は仕えている主と同じ席に着くわけにはいかないと基本的に立ったままだ。
そして、主の友人にお茶の支度を頼むのもおかしな話だとこれまたティーセットの場所を初めて来たその日のうちに覚えるとさっさとお茶の準備を整えてしまったのだ。
おかげで今ではこうして許可さえ出してしまうとお茶の支度をミュルズがしてくれるようになっていた。
「お待たせ致しました。茶葉とお茶請けはこちらで用意させて頂いた物を使用しております」
「………王室御用達」
「そこまで凄いものではありませんけれど」
洗練された手つきでお茶と菓子を用意するミュルズはやっぱり王女付きの侍女なんだなとフィリアはズレた感想を持っている。
そんな熟達した侍女の動きに見蕩れているフィリアを眺めてシャールロットは温かな笑みを浮かべた。
「それで、最近は何か変わったことはありまして?」
お茶会をする度に最初の話題は決まって互いの近況報告だ。
聞かれたフィリアはとりあえず依頼を話すことに決めた。




