突然の来訪者
王宮から安心感あふれる我が家、『フルハーモニー』にフィリアが帰宅してから早くも1枝月の半分が過ぎた。
一見前と変わらない生活に思えるが、確かに変わったところもある。
例えば謁見の時の予定通りに、店の近くの空家物件でちょうど良さそうな物を見繕った騎士団が、そこを改修して街の詰所の1つにしたことが挙げられる。
そのおかげで店まで騎士たちが巡回に来ることも増え、このあたりの治安がより改善された。
それからこれは完全なおまけではあるが、レミアータが詰所に交代役として来たときにはフィリアと楽しくお喋りできるとあって、フィリア自身はとても嬉しがっていたりする。
そして今日もフィリアは店のカウンターで変わらず営業を続けていた。
今の時間帯はお昼時も過ぎ、冒険者たちは稼ぎに外に出ているので客足も途切れがちだ。
「ふぅ…、そろそろお昼休みにしようかな」
額に浮いた汗をぬぐいさりながらフィリアが表に掛かっている営業中の札を裏返しに変えようと立ち上がる。
複数の店員で回しているならば交代で休憩を取れるから問題ないのだが、ひとりで経営を行っているフィリアは区切りの良いところで店を一旦締めなければならない。
商売繁盛するのはいいことだが、そのあたりも今後の課題の1つであった。
「あれ? 誰か来た…?」
表に出たところで、店の前の通りに見慣れぬ豪華な馬車が停った。
バネ付きの土台に大きな天蓋付きの箱馬車。意匠からしても相当な腕の職人が手をかけたものだろう。
見た目からして、これほど見事な箱馬車を持っているとなるとかなりの力を持つ貴族かそれに近い相手だろうと予測がつく。
思わず身体を固くする彼女の前で停った馬車からひとりの老執事が降りてきた。
(あ、完璧に貴族様だ…)
付き人がいる時点で間違いないと確信した彼女は一度息を吐くと失礼がないようにと覚悟を決めた。
貴族相手に粗相を働こうものなら何があってもおかしくはない。いくら王様とかの天上人とお知り合いになったとはいえ、普段のフィリアは一般人なのだ。
馬車から降りてきた執事がカチコチに動きを固めているフィリアに近づいて来て、綺麗なお辞儀をしてきた。
「フィリア様でございますね? 私はグリアと申します。とあるお方の執事を任されております。この度は急な訪問で申し訳ございません。我が主が是非ともお会いしたいとのことでしたので、ご迷惑かとも考えたのですが伺わせて頂きました」
「えっ! あ、はい。私がフィリアですけど…。えと、グリアさんとお呼びすればいいですか?」
「ええ、構いません」
「それではグリアさん。グリアさんの雇い主様が私に何の御用でしょうか…?」
首を傾げるフィリアにグリアはただ微笑む。
「それはお会いして頂ければご理解頂けるかと思います」
にっこりと笑みを見せると、その背後の馬車からもうひとりの付き人の侍女が現れて、店側の扉を開いた。
そして開かれた扉から現れたのは金色の髪に力強さを秘めた海のように青い瞳を持つ美少女。
国のものなら誰しもが知っている、シャールロット第二王女殿下、その人が姿を見せた。
「お、お、王女殿下っ!?」
思わず大きな声で叫んでしまい、慌てて自らの口を塞ぐフィリアの様子に可笑しそうにシャールロットが見つめている。
「初めまして、と言った方が良いのでしょうか、フィリアさん。シャールロット=エイン=リフェイルですわ」
「あ! えと、はいっ。お初にお目にかかりますっ。フィリア=グランツェリウスでございます!」
先に王女様に名乗らせてしまうという失敗を犯したフィリアは、慌てて自らも名乗ると淑女の礼をとった。
「ああ、楽にしてくださいませ。今回は私の我が儘で参ったのですわ。貴女が慌てるのも当然というものでしょう」
「誠に有り難きお言葉…っ」
普通ならば傲慢な言い方に聞こえてもおかしくはない言動も、この王女が口にするとまったく嫌味を感じさせないものに聞こえる。
ひとえにそれがシャールロットの人格の成せる技であった。
「ジルお兄様も共に来たいとおっしゃっていたのですが、残念ながらお仕事が忙しくてお時間が取れませんでしたの。今度は揃って参りますわ」
ふわりと微笑むその表情は、まさに絶世の美姫と称されるに相応しいものだ。
「そんなっ。皆様お忙しいのはお聞きしておりますから、どうぞお気になさらないで下さいっ」
「お優しいのですわね、フィリアさんは」
ふふふ、と扇子で口元を隠して上品に笑うシャールロットの美しさにフィリアは同性であることも関係なしに見蕩れてしまう。
「本日はそう、お礼に参りましたの。私は意識が無かったもので、後から聞き及んだ次第ですけれど、貴女は私の命の恩人だと耳にしたのです。そのことに感謝を。命を救って頂き、ありがとうございます」
「えぇっ!? そんなお礼なんて、わたしには勿体ないことですっ。わたしは出来ることをしただけで…。当然のことをしただけですから」
付け焼刃のフィリアの淑女の礼とはまったくレベルが違う美しく堂に入った所作でお辞儀をする王女にフィリアはさらに慌てる。
フィリアからしてみれば今回の事件には人命が絡んでいた。そしてその命は自分が協力すれば助かるかもしれないもので、ならば協力するのは彼女にとっては当たり前の行動だったのだ。
それにお礼は陛下たちからも報奨という形で受け取っていることもあって、王女様から改めてお礼を言われると何故か後ろめたい気持ちになった。
「それでも、ですわ。貴女にとっては当然のことだったとしても、それで私が救われたことは事実ですわ。ならば救われた身としては感謝の気持ちを伝えることはおかしな事ではないでしょう? それも当然のことですわ」
「王女殿下……」
はっきりと告げる王女にフィリアの胸に迫るものがあった。
しかし、王女殿下と何度か彼女が口にしている内にシャールロットの顔が少し不機嫌そうな表情になっていく。
「フィリアさん、私のことはシャールロットと呼んでは頂けませんか? それかシャル、と呼んで頂いても構いませわ」
「そ、それはちょっと、無理ですっ!」
「何故ですの? 確かに人目があるところでは問題があるかもしれませんが、個人で話す場のときくらい構わないでしょう? ……それにジルお兄様は名前で呼んでいるそうではないですか、お兄様だけずるいですわ」
先程までの大人びた様子とは打って変わって、子供っぽく頬を膨らませて異議を申し立てるシャールロットは年齢に相応しいほどに可愛らしかった。
「………うぅ、分かりました。では、シャールロット様とお呼びさせて頂きます」
「はいっ、よろしくお願い致しますわ、フィリアさん。……ふたりだけで話すときは是非シャルと呼んでくださいませ」
最後の方はフィリアの耳元に顔を寄せて囁かれたため、他の者には聞こえていないようだった。
フィリアはそんなお願いに思わず顔を赤らめると、どうしたものかと悩んだ末に頷くことにする。
「貴女とは是非お友達になりたいですわ。では、これ以上お時間を取らせる訳にもまいりませんね。そろそろ暇させて頂きますわ」
お辞儀をするシャールロットにフィリアも急いで礼を返す。
その時に、さっきのお返しとばかりに彼女にだけ聞こえるように小さな声であることを呟いた。
それが聞こえたのか、シャールロットは一瞬目を丸くすると、すぐにこの日一番の笑顔を見せてから背を向けて馬車に乗り込んだ。
王女が乗り込んだのを確認すると執事もフィリアに一礼してから彼女の後に続いて馬車に乗り込と、そのまま馬車は来た道をゆっくりと引き返し始める。
馬車が見えなくなるまでフィリアはその場から動かずに、ただただその後ろ姿を見送った。
馬車の中で王女はすこぶる機嫌が良さそうに微笑む。
その脳裏には先ほどのフィリアの言葉がずっと繰り返されていた。
『もうわたしたちはお友達ですよ。またいつでも遊びに来て下さいね』
第二章の本筋はこれにて終了となります。
このあとは小話更新に少し時間を割きつつ、第三章に取り掛かろうと思います。
第三章自体は少し時間が空くかと思いますが、一週間以内には更新する予定で動きます。




