分身と巨体(※多少の暴力表現あり)
「イルヤル ドゥン サニィ。幻惑の霧よ、我が写身を創り出せ」
ここは魔力スポットなので、魔力が充満している。
そのため多少、放出魔力が大きい魔法を使ったとしても気付かれにくいことを利用して、フィリアはそれでも慎重に呪紋を唱える。
足元にイルヤルの呪紋陣が現れて、微かに光を放つ。そうして他の呪紋も光の中で混ざり合い、融けていく。
その幻想的な光景に周りの騎士たちも一瞬、場所を忘れて見蕩れてしまった。
(自分の姿を思い描いて…)
分身を作り出す魔法は中級の幻惑魔法に分類される。
そして分身体の姿かたちは術者の想像に依存するので、その想像が曖昧だと術は上手く発動せずに失敗してしまう。
そのため幻惑魔法を扱う魔法使いたちは常日頃からイメージトレーニングを欠かさないのだ。
フィリアのイメージが固まると同時。
呪紋陣の光が彼女を中心として集束する。そうして魔法の展開。
フィリアの前方に霧が小さく現れて、その形を作り固めていく。
やがて霧が固まると、そこにはフィリアそっくりの少女がもうひとり立っていた。
「ふぅ、なんとか出来た…。呪紋陣の余剰光を抑えながらやるのって結構疲れるなぁ」
額を拭う動作をして息をつくフィリアの肩を後ろからネイトが軽く叩く。
「とりあえずお疲れ様といったところか。だが、これからが本番だな…」
「うん。分かってる」
これから行うことには今よりも精神的負担が大きくかかる。これを如何に少なく済ませるかが、このあとの戦闘に関わってくるといっても過言ではない。
「行けそうかい?」
横からカイオールが問う。彼もフィリアの状態には心配しているが、今は仕方がないと割り切っていた。
「はい、いつでも」
「それなら、頼むよ」
フィリアの頷きを受けて、カイオールが作戦開始を合図する。
「それじゃ、始めるよ…。行けっ!」
開始のサインをもらったフィリアはひとり呟き、自身の写身に命令を下した。
分身は草陰から気配を殺しながら飛び出すと、すぐさま目標の巨体へと向かって駆け出した。
そうして地面を蹴りつつも同時に下級の魔法を展開。
『フィア アルゥ。炎弾よ、駆けろ』
分身が使える魔法の回数は限られている。その上限は形が作られたときに与えられる魔力量に依存するため、それを使い切ってしまえば分身は消えてしまう。
故に戦力分析の囮に使うのならば、それを上手くペース配分していかなければならない。
火球が空を駆ける。
そしてそのときになってようやっとグランレイフィオは自身へ迫ってくる敵に気がついたようで、そのゼリー状の巨体を震わせて反応した。
放たれた火球はそのまま震える体へと吸い込まれていき、見事に着弾。当たった場所から煙が立ち上る。
(まさか、今のが効いた? 仮にも上位の魔物にそんなことはないと思うけど…)
思考を同調させているフィリアはすんなり魔法が当たったことに警戒を強める。先日戦ったシャウラーレニエと同じ上位の魔物にしては反応が鈍すぎることが引っかかった。
そうしてその予想は嫌な方向に的中した。
煙が晴れるとそこには無傷のグランレイフィオの姿。しかし火球が直撃した場所だけが、なにやら質感が違う。
柔らかそうだった身体のその一部だけがまるで岩のようになっていた。
(まさか、肉体変化!?)
身体の一部だけを違う素体に作り変える魔物は確かに存在する。だが、フィオ系でそんなものは今までいなかったはずだ。
しかもこれがフィオ系というのがやっかいなところだ。
肉体変化を使う魔物はその肉体構造的に決まった部位のみしか肉体を変化させることはできないのだが、フィオの身体構成はほぼ液体。
それはつまり、ほぼ間違いなく身体のどの部位であろうともその特性が使用可能だということだ。
(厄介なことこの上ない…! ―――っ)
フィリアが内心で舌打ちすると、まるで今度はこちらの番だとでも言うようにグランレイフィオは身体を再び震わせる。
そうして次の瞬間、その身体の一部をまるで鞭のように変化させた。その数およそ20本。
肉体変化により、鋭さをましたその先端は当たればフィリアの身くらい簡単に貫通させるだろうことを予想させた。
それが一度、風に唸りを持たせて振られ、彼女へと向けて一斉に放たれる。
『セグロ アルゥ! 障壁よ、出でよっ』
下級の結界がフィリアの前方に現れる。しかし、そんな障壁などまるで無いかのように鞭はやすやすとそれを貫通した。
『うっ、そ…! エラス アルゥ! 風よ、我が身に!!』
破られたことを認識すると、すぐさまフィリアはもうひとつ呪紋を唱えて全力で回避にまわった。
(……! 痛…っ)
思考同調と合わせて分身体を操作するために神経同調もしているフィリアにも痛みが伝わる。本来の痛みよりも制限するようにしているが、顔をしかめる程度には痛いことに変わりはない。
回避に徹したものの、完全には避けきれなかった。貫通して捕らえられることはなかったが、脇腹や腕、足などの肉が抉られている。
本当の身体であればすでに動けなくなって敗北しているが、これは分身体。まだ動くことは可能だと判断してフィリアは次の手を打つ。
『エラス アルゥ。風の刃よ、疾しれ』
火が駄目ならば風はどうだとフィリアは風の魔法を放つ。
見えない刃であれば、肉体変化をするまえにダメージが入るかもしれないことに賭けたのだ。
迫る風刃に、しかしフィオはその生命核を脈動させる。そうして次の瞬間、自身の魔法が破られたことにフィリアは気づいた。
(今度はなに!)
その突然の出来事に眼前の敵を凝視すれば、その周りに光の粒子が見えた。
(光の術で魔法を相殺させたの? なんてやつっ)
フィリアが悪態をつき、来るだろう反撃に備えて回避に移ろうとしたそのとき。
(えっ――)
考える猶予もなく、フィリアの分身体は光に包まれて消滅した。




