覗き見えるは
「行けそうか、コルベ」
「はい、なんとか…。時間を取らせて申し訳ありません」
解毒薬を飲んで、状態が落ち着いたコルベはひとまず歩ける程度には回復した。
多少まだ赤みが残っているが、それも時間が経てば引くだろう。
「フィリア師、ありがとうございます」
「いえ、解毒薬が効いて良かったです。ただ、まだ完全には治っていませんから、コルベさんも無理しないようにしてください」
顔色の良くなった彼を見て、フィリアも安堵から笑みを浮かべる。
これがもし即効性の致死毒だったなら今こうして笑ってなどいられなかったはずだ。
しかもそういう毒を持った生物がここには確かに存在しているのだから、これから先はより注意が必要と思われた。
まだ幾分かマシなことといえば、そういう毒を持っている生物はこの層では割と大きい物に限られていることだろう。それならばフィリアの探査網にも引っ掛かるため、対処するのは可能だ。
「とりあえず、昼食が中断してしまったな。皆、警戒だけは怠らないように食事を再開してくれ」
毒騒ぎがあった間にあたりを再捜索して毒を持つ生物は粗方追い払った騎士たちは、カイオールの声で再び食事を始める。
昼食の間はそれ以降、特に騒ぎらしい騒ぎはなく、皆落ち着いて食事を終えた。
お弁当の味はといえば、少なくともフィリアが美味しすぎるっと目を丸くしたくらいの味であった。
◇
カイオールが今回は先頭を歩き、さらに湿地帯の奥へと進んでいく。
あたりは先程までの開けた場所とは打って変わって枯れた木などが所々に生え、毒草なども足元にはよく見かけられるようになった。
おかげで薄暗い上に視界も良好とは言えない状況になっている。
「フィリアちゃん。すまないけど魔力探査の方、精度をさっきよりも上げられるかな?」
流石に目と気配だけで警戒するにも限界があると判断したカイオールがフィリアの近くまで下がってきて小声で尋ねてきた。
フィリアにあまり魔力を使わせたくはないのは確かだが、ここで出し惜しみすれば最悪、被害がより多くなることもある。
「……分かりました。精度をもう少し上げますね。ただ、戦闘の時のために余力を残しておきたいので加減はしておきます」
あまり大声を出せばここでは面倒なことになるということを他の騎士たち同様に理解しているフィリアも小声で返して頷いた。
開けた場所ならば多少大きな声を出しても敵が目視できるために対処がしやすいが、その視界がきかないとなるとなるべく魔物が近づいてこないように行動した方がいい。
昔、とある有名冒険者グループがこの失態をおかして、いつの間にやら魔物に囲まれたためにほぼ全滅という事件もあったほどだ。
「サティーオ アルゥ。巡る魔力よ、散れ」
《サティーオ》 司るは探索警戒の力。
先程まではただ、魔力をあたりに広がらせていただけだったが、今回は下級の探索警戒魔法を使用したため、その精度は先ほどとは比べ物にならない。
流石に虫くらいとなると無理ではあるが、それでも今ならば大型の生物以外に小型生物までは捉えられるはずだ。
「フィー、無理するなよ。体力的に疲労したらすぐに言え。俺が近くにいなかったらレミアータさんでもいい」
「うん、分かった。ありがとう、ネイト」
前回、魔力超過で倒れたことを知っているネイトとしては無理しないようにだけは気を付けて欲しいと思っていた。
「ネイト殿、フィリアさんの体調は任せておいてください。何かあればすぐにお知らせします」
「お願いします、レミアータさん」
レミアータに軽く頭を下げると、ネイトはフィリアから離れて隊列の外側にまわった。
フィリアの探査網があるとはいえ、自分たちも警戒にあたった方が万全だろうと判断したのだろう。
そこへネイトと入れ替わるようにジルオニクスが近づいてきた。
「さっきのがフィリア嬢の魔法か。魔力粒子が細かすぎてよく見えなかったが、一瞬だけ光ったのが分かったよ」
「ジルオニクス様っ。……と、いけない、いけない。すみません、大きな声で…。えと、魔法でしたよね? 今のは探査の魔法です」
大きな声で彼の名前を呼んでしまったため、慌てて両手で口を抑える。
そろそろ王子様に話しかけられただけで、一瞬とは言え心の制御が緩むのは直さないといけないとフィリアは内心で反省した。
「探査の魔法か。便利なものだな…」
「そう、ですね。他の人よりも広範囲で正確な情報を得られるということでは確かに便利だと思います」
「いや、妬んでいるわけではないんだ。魔法は貴女の立派な能力だ、誇っていいことだと思う。実際、今は助かってるわけだしね」
ジルオニクスが優しく微笑む。
「あ、ありがとうございます」
「いや、本当のことを言っただけだからね。それよりネイト殿が言っていたとおり、体調だけは気をつけてくれ」
「はい、承知しました」
一瞬だけ真剣な目でフィリアの目を見たジルオニクスにフィリアも力強く頷く。
そのままジルオニクスも他の護衛共にフィリアと少し距離を取って警戒にあたり始めた。
(みんなに心配してもらって嬉しいけど、だからこそ頑張らなきゃっ)
ひとり気合を入れ直して、警戒に力を入れるフィリアだったが、しばらく歩き続けたところで何か大きな異物を網に引っ掛けた。
「……これって。すみません! カイオールさんっ」
「どうかしたのかい、フィリアちゃん」
フィリアの声に反応したカイオールがすぐさま彼女の元へ走り寄る。
「強力な魔力の流れを感じます。それと大きな生物反応。もしかしたら、ですけど」
「見つけたかもってことか…。よし、とりあえず様子を探るためにも行ってみよう」
思案する様子を見せたカイオールだったが、すぐに方針を決定するとフィリアにその方向を尋ねてそちらに進路を向けた。
15巡ほど進んだ先で、フィリアがカイオールに止まれのサインを送る。それを受けたカイオールが他の騎士たちにも同様のサインで合図を送った。
「この先かい?」
「はい…、います」
近づくにつれて、その魔力の強さに緊張から冷や汗を流すフィリアと共に慎重に草陰から相手の様子を覗き見る。
そこには信じられないことに3メートル以上もありそうな大きさの巨大な青白いフィオの姿があった。




