遭遇、冒険者
アリヴィードと遭遇した場所が広かったことは不幸中の幸いだった。もし今、一行が歩いているような狭い道で襲われていたならあれほど容易な討伐は難しかっただろう。足元は断崖絶壁で、万が一でも落ちたならば助からないということは誰しもが分かっている。
「なかなかいないねぇ…。手掛かりも無いし」
「それは仕方がありません。彼の聖獣は目撃例そのものも少ないですから」
代わり映えしない景色とそこを特にこれという目的地もなく歩き続けるという状況にフィリアは少し辟易していた。
いくら王女様の命の危機とはいえ、そのあたりの精神的な負担と肉体的な負担は仕方がないものだ。騎士はそのあたりの訓練をしているのでまだマシだが、彼女は一般人の括りで特別な訓練も受けいていないので尚更だ。
それが分かっているために、レミアータからのお咎めもないわけである。
「あ、レミさん。そうですよね、幻の聖獣がそう簡単に見つかったら苦労しないですよね…」
とはいえ不謹慎だったと反省するのがフィリアという人物の人柄なのだが。
「何かしら痕跡が見つかればいいですが、難しいでしょう。とはいえ、もう少し気遣うべきでした、申し訳ございません。フィリアさんが今まで問題なく私たちについて来て下さっていましたから、一般の方だということをつい失念しておりました」
歩きながらなので軽く頭を下げるだけだったが、気持ちを込めて謝っているのが声から伝わってくるので、フィリアはそれに恐縮してしまう。
「いえっ。私こそ愚痴みたいなことを言ってしまってすみません。皆さんだって同じ気持ちなのに口に出すなんてどうかしてました…」
しおしおと音がするようなフィリアのへこみように、レミアータは心が温かくなるような気がしたが、それをあえて隠す意味でも苦笑した。
突然の依頼だったにも関わらず、今まで文句ひとつ言ってこなかった娘なのだ。これくらいはまったく愚痴にも入らないだろうとレミアータは思う。
「大丈夫です。自分にできることをやろうとするだけでも、貴女は私たちの力になっています。自信をお持ち下さい」
「………はい、ありがとうございます」
愚痴を言ったどころか、さらに相手に励まされるなんて、とフィリアは内心で恥ずかしくて穴に入りたいほどだった。
「進行、停止っ。前方より人影あり! 数は4と思われます!」
フィリアが心の内で恥ずかしがっていると、突然最前列を歩いていた騎士のひとりから声が上がった。
その声に合わせて全員が歩みを止めて警戒態勢に入る。魔物ではなさそうだが、危険が無いとは言い切れない。ピリピリした雰囲気が再び騎士たちの間で生まれた。
そこでジルオニクスの隣にいたカイオールが他の騎士に王子を頼み、隊の前に出る。
「そこの方々、どこの方かお尋ねしたいっ。こちらはリフェリル正統王国、王宮騎士団副団長カイオール=フォーストリアが率いる部隊だ!」
カイオールが大きな声で問うと、相手方も警戒していたようで低い姿勢を崩さずにいた4人組のひとりが警戒態勢を緩めて前に踏み出た。
「こちらは『爪剣』、冒険者のパーティだ。俺は代表のレウト。家名は持たぬのでご容赦願いたい」
レウトと名乗った相手は大柄の男で、遠目から見たため判断は難しいが歳は30代半ばといったところだろうか。背中にフィリアの身長を超すような大剣を差しているのが分かった。
「了解した。今から私とふたりほど騎士がそちらに向かう。ギルドカードを確認させてもらえるだろうか」
「承知した、では我らはこちらで待機させてもらおう」
カイオールが騎士ふたりを呼び、そのまま冒険者たちに近づいていく。
相手方も大人しく近づいてきたカイオールたちに身分証明書の意味も含んだギルドカードを見せて、自分たちの言を証明した。
「手間をかけさせてすまない。協力に感謝する。後ろにいる隊の残りの者たちを呼んでも構わないだろうか」
「ああ、好きにすれば良い。しかし、貴殿は副団長という割に腰が低いのだな」
「これは性分でね。――集合、いいぞ」
副団長の許しが出たので完全には警戒を解いてはいないが、フィリアたちを護衛していた騎士たちがそちらに向かって歩いて合流する。
そこでようやっとフィリアたちも冒険者たちの容貌をきちんと確認するとこができた。
ひとりは先ほどのレウト、どうやら遠目で見た通りの容姿だということが分かる。残りの三人は男がひとりと女がふたりという組み合わせだった。だが、女のひとりが変わった風貌なのにフィリアは目を丸くする。
歳はフィリアよりも少し上のようだが、20歳には届いていないはずだ。装備は篭手と一部の重要部位のみを守る程度の軽装防具で、見た目からして前衛戦闘職である。長い髪は前衛戦闘職だと邪魔になるということなのか、肩あたりまでに揃えられている。
容姿はそれでも可愛いといえるはずだ。快活そうな瞳と大きな目が特徴的で、フィリアは少しそれに憧れてしまったほどだ。
だが、最も特徴的なのは彼女の頭にあるモノ、耳だ。それもどう見てもケモノ耳。猫のそれと思えるものは警戒しているのか未だにピクピクと動いていた。
(あれってもしかしてベスティノス族の人…? うわっ、初めて見た…っ。ほんとに一部分が動物の容姿を引き継いでるんだ)
フィリアが思わずじっと見つめているのに気づいたのか、ベスティノス族の少女がそれに気づいてフィリアに視線を向けてきた。
そのまま数秒、言葉も無く見つめ続けていると、ベスティノス族の少女がゆっくりとこちらに近づいてくる。
それに気づいたレミアータがフィリアの前に出ようとするが、フィリアがそれを手で制した。
「あの、すみません。じっと見てて失礼でしたよね…」
「別にいいけど、何か用だったかにゃ」
にゃっ!と語尾に思わず顔が緩むフィリア。動物好きな彼女からすればその耳だけでも素晴らしいのに、語尾までこれほどとはっと愕然とした思いを抱いた。
「い、いえっ。ただその、ベスティノス族の方を見かけたのは初めてだったもので、びっくりしてしまって」
「あぁ、にゃるほどにゃ。アタシたちはヒューニックとは関わり薄いからにゃー。っと名乗るを忘れていたにゃ。アタシはナナハ=ケット、ナナハでいいにゃ」
ベスティノス族、獣の身体特性とその容姿を一部受け継いでいる種族だ。
その身体能力はヒューニック族と呼ばれるフィリアたちの種族たちを圧倒する。ただ、ヒューニックに比べてしまうとその総人口が少ない上に、かつての歴史的な軋轢からヒューニックとの交流があまりない。
リフェイルから遠く離れたところにはベスティノス族の国があるというが、フィリアは行ったことがないのでもちろん知らないし、ベスティノス族を見かけることなんてまったくなかったわけである。
「先に言っておくけど、耳はやめて欲しいにゃ。ちょっと感覚が敏感なのにゃ」
話しながらもチラチラと耳に視線がいっているフィリアに、ナナハが釘を刺した。それだけでフィリアはショックを受けたようにがくっと肩を落とす。
「はい…、分かりました……。あ、わたしはフィリア=グランツェリウスといいます。よろしくお願いします」
「おー、じゃ、フィリちゃんでいいにゃ?」
両手を叩いて首を傾げるナナハに、思わず胸がときめくフィリアはすでに重症だろう。
「なんてかわ…っ! あっ、はい、それでいいですっ」
「フィリちゃんたちは何しに来たのかにゃ? 騎士団の人が一緒みたいだけど、訓練ってワケでもなさそうにゃ」
その質問には流石に答えられないと、フィリアは考えたがもしかしたらと少し聞いてみることにした。
「ちょっとした依頼で。スレイフォンレイブさんを探してるんだけど、もしかして見かけたりしてないです? もうずっと歩いているのに全然見つからないんですよ…」
「聖獣を探してるにゃ? たしかそれなら昨日、昇り階段の近くで見かけたにゃ。さすがに手は出せないからにゃー」
ナナハの答えに、フィリアは手掛かりきたっと内心で喝采をあげた。




