渓谷
眩い光に包まれると共に若干の浮遊感。しかし次の瞬間には慣れ親しんだ地面の感覚があった。
あまりの明るさに思わず閉じていた目を恐る恐る開くと、そこには見わたす限りの山々と正直登るのは無理そうな断崖絶壁という光景が広がっていた。
「……ここって本当に塔の中?」
間抜けな顔で思わず呟いてしまうが、それも仕方がない話だ。塔の中に山あり川あり、風まで吹いているなど誰が考えているものか。唯一の塔らしさと言えば、遥か上に塔の天井が見えるくらい程度である。
「初めて来たならその感想は正しいな」
面白顔を晒しているフィリアに悪戯っぽく笑いながらネイトがその肩を叩く。そこでようやっと意識を取り戻した彼女は、それでも感動を抑えきれないと爛々と輝く瞳が語っていた。
「塔は上階へ行くほど、その塔の象徴神の加護が強くなっていくようで、段々と外と変わらないようになっていくのではと学者たちの間では推測されているそうですよ」
「塔の中が外みたいになるんですか!? はぁ~、そうなったら…すごいですね…」
世界に6柱存在する神の塔だが、その研究はまだほんの一部しか進んでいない。攻略自体もまだまだ先が長いのだから当たり前といえば当たり前なのだが。現在確認されている魔物の上位種と呼ばれる存在よりも強力な相手がいる可能性の方が高いくらいだ。
「とりあえず油断だけはするな。今は転移陣周辺に張られている守護結界のおかげで安全かもしれないが、そこから一歩でも出たら魔物出現地帯だからな」
「分かってる。ところでここの魔物ってどんなの? 特性とか分かってた方が対処しやすいんだけど」
相変わらず警戒を呼びかけるネイトにフィリアは一緒に迷宮を駆けていた頃を思い出しながら頷く。
「ここの魔物は飛行型のモノが多いですね。それから崖などを利用して奇抜な動きをする四足型の相手ですか」
質問に答えたのは、今も油断なく周囲を警戒しているレミアータだ。彼女は騎士の訓練で12層以上の階層にも上がったことがあるため、知識としてだけではなく経験としても魔物のことは把握している。
「うーん、なるほど。虫系より動物系が多いなら雷系とかで攻めようかな? 空の相手にも割と有効だし。みんなに付与するなら火の系統がいいかも…」
この先でもし戦闘があった場合をシミュレートして、自身の役割を割り出すフィリア。彼女は苦手魔法というものがあまり無い代わりに、特別秀でた得意属性も持っていない。一見器用貧乏ではあるが、予想外のことが起きる塔の中ではあらゆる場面で活躍できる万能選手だ。
「フィーの補助は本当に助かるからな。期待してるぞ」
おそらくもっともフィリアと戦闘を共にして、その魔法の効果を実感している分、ネイトは彼女に期待を込めて笑いかける。そんな期待が嬉しいやら恥ずかしいやらでフィリアは少し頬を赤くするが、それでも警戒の糸は切らさないように意識していた。
「…副団長たちも来たようですね」
三人が話している内に転移してきたのだろう、その場にカイオールたちが現れた。当たり前だがジルオニクスもちゃんといることに、その場にいた騎士たちからは安堵の息が漏れる。
「待たせた。あと2組で最後だから、全員集合したら出発するぞ」
「騎士たちに言うことでもないけれど、皆油断はしないでくれ」
カイオールとジルオニクスが呼びかけるとそれに応えて全員が頷く。
「さて、それならとりあえず捜索班とその範囲について練り直すとするかな」
独り言のようにカイオールが呟いたのがフィリアの耳に届いた。
◇
しばらくして、残りの組も無事に転移してきたのを確認して、カイオールが捜索範囲について全員に聞こえるように知らせる。その時点で三人一組の班はバラされて、今は人数を全体の半分半分に分けた2チームとしていた。
「それではフレオ、お前がそちらの隊の指揮をとれ。何かあったら照明弾を上げろ。ただし、予想外の強力な魔物とあった場合は撤退も許可するから状況を見て判断しろ」
騎士フレオが了解と敬礼する。どうやら彼は今回の任務に参加している騎士の中でもカイオールが指揮を任せるほどの力量があるらしい。胸につけている紋の色も他の騎士たちとは違うことことからもそれは伺えた。
「こちらは殿下とフィリア師を護衛しながらの搜索となる。戦闘になることがあるだろうが、おふたりには傷をつけるな」
副団長としての威圧感を出して、自身の部隊の人間を鼓舞する。護衛騎士としては要人守護には力を入れて当然だ。
「俺たちは東に行く。フレオたちは最初の予定通り西を探ってくれ。では総員、警戒を怠るなよ」
そうして部隊は動き出す。険しい渓谷にちっぽけな人間たちが足を踏み出した。




