謁見
「もう少し落ち着け、フィー。また噛むぞ?」
「落ち着けって言われても無理だよぉ! だって王様だよ? 王妃様だよ? そんじょそこらの一般人じゃお姿を拝見するのも式典くらいのものだもんっ」
あと少しで謁見の間に着くというのにフィリアは未だに焦っていた。いや、もうすぐ着くからこそ落ち着きがなくなっていると言っていいかもしれない。
そんな彼女を落ち着けようとネイトが小声で諭すが、さすがに心はいつでも一般市民のフィリアには焼け石に水だ。
ロニールとカイオールの話を聴き終わったフィリアは、そのあと依頼を受けることにした。もともと人見知りの癖に困っている人を放っておけない性質のフィリアなら当然と言えば当然の結果だったが。
そして依頼を受けてしまえば、次に待っているのはさんざん言われていた王様たちへの謁見だ。それによって依頼は正式な王命となるので、達成までに多くの援助が受けられるようになる。
ということで、そうと決まれば王様たちに拝謁する準備をしなければならないとロニールたちに言われてしまった。
準備とは何を、とフィリアが疑問に思っているとあっという間に研究室側とは別にある、廊下に繋がっている扉から執務室にたくさんの侍女たちが入ってきてフィリアは唖然とした。一体こんなに大勢が今までどこにとすら疑問に思ったが、そんなことを考えているうちにあれよあれよという間に別の個室に連れて行かれて、服を脱がされる始末。さすがにここでフィリアは一旦抵抗したものの、侍女たちも慣れたもので、意にも介さずにそのまま浴室まで直行して身体を文字通り隅々まで洗われてしまう。
すでにこの時点でぐったりしていたフィリアだが、身体を拭かれたあとは衣裳室に連れられて、侍女たちが厳選に厳選を重ねたクリーム色のシンプルながら意匠が可愛らしいドレスを着せられた。みなさん可愛い可愛いと褒めそやしてくれたのだが、フィリアは初のコルセットでそれどころではなかったのが残念極まりない。
そうして準備が整うと、マナーの講師があてがわれて謁見に際しての注意事項や礼の取り方などを一通り教え込まれた。叱られたりしながらもなんとか講師の先生に了承を頂いて、フィリアは今は謁見室の前にいるというわけだ。
「大丈夫だ、何かあったら俺もフォローしてやるから安心しろ」
「うん…、頼りにしてる…」
ガチガチになった身体を解きほぐすために一度だけ大きな深呼吸。不慣れなコルセットのせいで思うような呼吸が出来ないが、それでもやらないよりかはマシな効果があった。
「それではお二方、くれぐれも無礼のないようにして下さい」
謁見の間を護る衛士がそう忠告すると、大きな扉を開いて中に入るように促す。その指示に従ってふたりは広間に入ると所定の位置で臣下の礼をとる。
ネイトはさすがに貴族の嫡子だけあって慣れた様子で騎士の礼をとっているが、こんなこととは無縁の生活を送ってきたフィリアには正式な淑女の礼は大変苦しいものがあった。
そうしてそのままの姿勢で待機していると、どうやらすぐに王様たちが広間に入ってきたらしく、部屋中に特殊な緊張が走るのが身に伝わってくる。
王様たちは玉座につくと、ひと呼吸おいてからフィリアたちへ向けて口を開いた。
「面をあげよ」
許可が出ると、ゆっくりと身体を起こして王様たちを見据えるフィリア。王の名はリュシオル=エイン=リフェイル。歳は40代半ばということだったが、その様相は年齢以上にだいぶ若く見える。諸外国には賢王として有名だ。
隣に並ぶ王妃はリリアーヌ=エイン=リフェイル。王妃に付くにあたって俗世の名である貴族の名を返上した女性で、20代と言われても通じるだろうほどの美しさを持っていた。そしてその横に更にひとり、青年がいる。
先のふたりと並ぶということは、恐らく彼が王太子、第一王子ジルオニクス=エイン=リフェイル殿下だろう。若い頃の王様によく似ているという噂で、その武勇はリフェイルに住んでいるものならば聞いたことがない者はいないほどだ。
この三人を前に、何故かフィリアは今まで緊張していたのが嘘のように気持ちが落ち着いていくのを感じた。もしかすると、王様の深い眼差しのせいかもしれない。
「ネイト=レイ=ルードスとフィリア=グランツェリウスだな?」
リュシオル陛下の威厳に満ちた声に自然と背筋が伸びる。ネイトは声に気を乗せて、王の質問に答えた。
「はっ、私がネイト=レイ=ルードスで、隣の者がフィリアグランツェリウスに相違ありません」
「うむ、此度は依頼を受けてくれるとのこと。誠に助かる」
「臣下として当然の義務です」
胸に手を当てて簡略化された騎士の礼をとり、忠誠を見せる。
「親である我がこのようなことを頼むのは情けないが、どうか娘の命を頼む」
国王であるためにそう簡単に頭を下げるわけにはいかないが、その声には心から子を想う親の気持ちが滲んでいた。そんな声を聞いたためにフィリアは考えるよりも先に言葉が口に出てしまう。
「はい、絶対にシャールロット殿下をお救いしてみせます。わたしの全力で」
最後は言葉遣いもおかしくなっていたが、その力の篭った声と眼差しに国王は目の前の少年少女が信ずるたる者らだと確信した。
「援助はしよう。娘の限界も近いため、できるだけ早く出立をするようにせよ」
「はっ、カイオール副団長の指示により明日の朝、夜明け前には王都を発つ手筈でございます」
「分かった。団長が不在の今、カイオール副団長の指示に従い、行動するようにせよ」
ふたり同時に頷き、了承の意を表して再び礼をする。しかしそこで、ジルオニクスが突然口を開いた。
「陛下、誠に失礼ながらもお願いが御座います」
「ジル、謁見の最中に何用だ」
「は、陛下。此度の出立に際して私も同行する許可を頂きたく」
ジルオニクスの申し出にその場に控えていた者たちが息を飲む。王太子が自ら出るなど、戦時でもなければまずありえない。その身に何かあれば国自体が混乱するのは必死だからだ。
「その真意はなんだ、ジルよ」
「シャールロットは王女である前に私にとっても大切な妹で御座います。その妹の命が懸かっている事に関して、待つのみというのは私の意志に反します」
「ジル、貴方は自身が王太子であると自覚していますか? 貴方の身に何かあれば国が混乱すると分かっていての申し出ですか?」
自身の息子の言葉に対して、リリアーヌ王妃が強い意志を込めた瞳で訊ねるも、ジルオニクスの表情は変わらずにその瞳を見返す。
「王妃殿下、いえ、ここは母上とお呼びいたします。母上、私は弟たちや妹たちが大切なのです。そして民も同様に大切に思っております。ここで妹すらも救えないようでは国を背負っていくなど、私には到底できません。父上、母上、どうか私に妹を救う機会を与えてくださいませ」
頭を下げて、願いを告げるジルオニクスにふたりは遂に折れた。
「分かった。ならば此度の出立に同行することを許可しよう。其方の武勇ならば心配はいらないと思うが、くれぐれも気を付けよ」
「ジル、気を付けて行ってくるのですよ」
「は、有難うございます」
了解を得たジルオニクスは再度頭を下げて礼をする。それの姿を見て、ネイトとフィリアは敢えて王たちに宣言することを決めた。
「「この身に代えましても王太子殿下をお護りしてみせます」」
「うむ、頼んだぞ」
「ネイト殿、フィリア嬢。それでは明朝に再び会おう」
ジルオニクスの言葉を締めとして、フィリアたちが再び礼をとっている間に三人は謁見の間から去っていった。
それを確認してフィリアたちも謁見の間を出たのだが、同時に緊張の糸が切れたフィリアがその場にへたりこんだのは言うまでもない。
謁見のマナーに関しては調べきれていなかったので、難しいです…。
ご指摘が御座いましたらよろしくお願い致します。
それと確認したところ、いつの間にやらお気に入りの登録数が100件を超えておりました。
こんなに入れて頂けるとは思っていませんでしたので、皆様には感謝ばかりです。どうもありがとうございます。




