霊薬とフィリア
「まさかわたしがお城にくることになるなんて…」
自身の前にそびえ建つ巨大な城を呆然と見上げならフィリアが呟いた。
「普通に生活していれば来ることなんてないだろうからな」
俺も初めはそうだったとその隣でネイトが少し可笑しそうに笑っている。いつもならばそれに憎まれ口の一つでも返すフィリアだが、今は問題の案件とこれから起こることだけに思考が行っていた。
「さて、とりあえず中に入るか」
ネイトは肩をすくめてからフィリアを先導して、城門前の衛士に話しかける。聞こえはしなかったが少し話すと衛士が城門を開いてくれたので、ふたりはそこから王宮へと足を踏み入れた。
◇
城内に入ったフィリアはネイトの後を歩きながら昨日のことを思い返す。
昨日はカイオールとネイトの頼み事を聞いたあと、もう遅いからと一旦、彼らは帰っていった。
その際に明日の朝、ネイトが王宮までの案内訳として迎えにくると言っていたのでその日の夜にフィリアは箪笥を漁り、比較的まともな服を用意する羽目になった。
しかも次の日の事をどうしても考えてしまい、ベッドに入ってもなかなか寝付けないというおまけ付きだ。
おかげで今日は朝から少し眠かったりしたが、それも王宮に着いたらどこかへと吹っ飛んでしまった。
そんなこんなで今、彼女は王宮に来ており、これから宮廷魔道士筆頭のロニール師に会いに行くことになっている。そこで話を聞いて依頼を受けるかどうか決めて、受けるならばさらに王様との謁見が待っているわけだ。
しかし、選択の自由があるとはいうが、これは実質的に受けることになるだろう。なにせ王女の命が懸かっているし、言うなればこれは王命であるため、断るなんて選択肢はありえない。これから先の事を思うと気分が重くなるが、人命がかかっているとなればフィリアとしても放っておく訳にはいかなかった。
そこでふと、人命という言葉から昨日から気になっていた事をフィリアは聞くことにする。本来、王宮内での民間人の私語はあまりよろしくないのだが、なにしろ初めての王宮とあって緊張していたフィリアはそのことに頭が回っていなかった。
「ところでネイト、昨日は聞き忘れちゃったんだけど、王女様を護衛してた騎士たちは無事だったの? 上位の魔物と戦ったなら被害が出ててもおかしくないよね?」
「騎士か…、いや、死者が出たと聞いたからな…。それ相応の被害があっただろう…」
苦い表情でネイトが答えると、フィリアも顔を俯けて暗い思いを抱いた。
魔物との戦いで死者が出ることはこの世界では当たり前だとはいえ、悲しいのはいつまで経っても変わらない。
「そっか…。そうなんだ…」
そのまま黙ってふたりは歩いていると、前を歩いていたネイトが立ち止まった。その前には大きな扉があることから、どうやら目的地に着いたらしい。
「いいか、フィー。あまり緊張しなくても大丈夫だが、ここは研究室だからある程度は気をつけてくれ」
何を、とは敢えて言わないがフィリアには伝わったので、彼女はその言葉に頷きで返す。それを確認するとネイトは、扉をノックした。
「ネイト=レイ=ルードスです。フィリア=グランツェリウス師をお連れしました」
師という慣れない呼び方にフィリアは少しくすぐったい思いをしたが、王宮内では魔法使いのことを師と言うので黙っている。
少しすると扉の向こうから、どうぞという男性の声が聞こえてきた。
「「失礼します」」
扉を開けて、中に入るとふたり同時に礼をする。そうして顔を上げると、そこは研究室というだけあって大きな部屋に大量のよく分からない器具や魔道書やらが置いてあった。
その中をおそらく大半が魔法使いだろう、人間たちが忙しなく動き回り、何やら仕事をしている。
その光景を驚いた様子でフィリアが眺めていると、ふたりに向かって近づいてくる男性がふたりいた。
ひとりは昨日別れたばかりの副団長カイオールだが、その隣にいるのは初老の男性だ。
彼らがフィリアたちの前に来ると、ネイトがふたりに向かって頭を下げたのでそれに習ってフィリアも頭を下げる。
「お待たせして申し訳ありせんでした。カイオール副団長、ロニール師」
「いやいや、気にせんでくれ。急に呼んだのは儂らの方なのじゃからな」
「ああ、よく来てくれたね、ふたりとも。頭を上げてくれてもいいよ」
カイオールから許可が出たのでふたりは頭を上げる。そうしてフィリアは初老の男性、ロニールを控えめに眺めた。
ロニールというからには宮廷魔道士筆頭のロニール=フルラクト師に間違いないだろうと彼女は当たりをつける。ロニール=フルラクトといえば30年ほど前に当時30代前半という若さで筆頭になったという天才魔法使いだ。フィリア自身も彼の記した魔道書などで勉強した記憶があるほどの有名人である。
ある意味憧れの人と言ってもいい人物を前にフィリアは予想していたよりもずっと緊張してしまう。
「あ、あの! お初にお目にかかります、フィリア=グランツェリウスと申しましゅっ!」
そのまま勢いで言い切って、頭を再度下げて礼をした。が、毎回のお約束をやらかした自分に下げている顔が耳まで赤くなる。
ネイトやカイオールも見事なまでの噛みっぷりに言葉が出ない。
(……なんで、こういうときに噛むのよーっ!)
内心でごろごろと悶えて復活できない彼女だったが、それをロニールが救ってくれた。
「ほっほっほ、面白いお嬢さんだ! 儂はロニール=フルラクトという者だ。今回は儂らの無理に付き合わせて悪いのぉ」
「ぅ、い、いえ! わたしに出来ることならやりますから何でも言ってくださいっ」
聞く人によってはかなり際どいことを言っているが、今のフィリアにはそんなことは頭に浮かびもしない。
ロニールも年若い少女をからかって遊ぶ趣味などないので黙って流すことにして、弄りたそうなカイオールに一瞥を送って黙らせる。
「それは助かるのぉ。とりあえず立ち話もなんじゃ。儂の部屋で茶でも飲みながら話すとしようか」
ついて来なさい、とロニールはネイトとフィリアに言うと、背を向けて研究室の奥に向かう。そこには扉があるのが見えるのでどうやらロニールの執務室と研究室は直通で繋がっているようだ。
ロニールが扉を開くと、そこは雑多な研究室とは違って整理整頓されたロニールの性格をあらわしたような部屋があった。
「好きなところに座っておきなさい」
ロニールに勧められて、真ん中のガラス張りの机がおいてる席のソファでネイトとフィリアは隣り合うように腰を降ろす。
カイオールはロニールに付き、お茶の準備をしている。それを見たフィリアが自分がやりますっと主張したが、今は客人扱いなのだから座っていなさいとロニールにたしなめられて大人しく座り直した。
「さて、それじゃあ本題に入ろうか」
お茶の支度が整うとカイオールは、ロニールも席に着いたのを確認してから口を開いた。
「そうじゃの。もし受けてもらうとするなら、このあと王に謁見もあるからのぉ。急ぎ説明としようか」
「あ、は、はい。よろしくお願いします」
「フィー、今は人も少ないのだから、そんなに緊張しなくてもいいからな」
未だに身体の動きが固いフィリアを見かねたネイトが耳元で軽く囁く。それに少しフィリアは微笑むと頷きだけ返して、ロニールたちを見返した。
「まず、王女殿下の毒を解くにはレイビィトの霊薬が必要だということはカイオールから聞いとるかの?」
「はい、それについては昨日お聞きしました。でも、レイビィトの霊薬というのがなんなのかまでは知りません」
「それは仕方がない話だよ。俺だってロニール師に聞くまではまったく知らなかったからね」
「俺も初耳でしたね」
これでも薬学に関してはそれなりの知識があると自信を持っているフィリアでも初めて聞く薬の名に首をかしげる。しかし、戦場で活躍してきたカイオールでさえ聞いたことがなかったような物ということは相当に特殊な物か貴重な物だろうというのは予測できた。
「レイビィトの霊薬というのはそもそも、古の聖人、レイビィトが作ったとされる秘薬じゃ」
「聖人レイビィト、名前からそうなのかもとは思ってましたけど、やっぱりそうなんですね」
「レイビィトっていうと悪竜殺しで有名だからね。薬学まで修めてたっていう話は知らない人も多いと思うよ」
カイオールの意見にネイトも同意して頷いているところを見ると、知らなかったのは自分だけではなかったらしいと内心で安堵するフィリア。
「それでの、その霊薬なんじゃが、特に解毒に優れた代物で解けぬ毒はないとすら言われておる。じゃが、その製法よりも材料の方が特殊での、今まであまり表舞台には出てこなかったわけじゃ」
「材料…。素材ですか。秘薬というからにはすごく集めるのが大変なものばかりなのでしょうか」
「そうじゃな。しかし、あらかたの物はすでに騎士団や魔法使いたちが協力したおかげで集まっておる。じゃが、どうしても入手できておらんもんが1つだけあってな。フィリア嬢にはそれの入手の手伝いをしてもらいたいんじゃ」
騎士団や宮廷魔導師たちですら手に入れられなかった物が自分には手伝えると聞いて、フィリアは昨日と同じように頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
カイオールやネイトに視線を移すとなにやらふたりとも気まずそうな顔をしているが、そんな表情をしている理由も分からず、ひとまずフィリアは先を促した。
「……うむ、実はな、その最後の材料は聖獣スレイフォンレイブの角の粉末なのじゃ」
それを聞いた瞬間、フィリアは自分が呼ばれた意味を理解して顔を真っ赤にした。
聖獣スレイフォンレイブ、それは美しい角を持った白く大きな鳥の幻獣だ。人語を解する知性に加えて誇り高い種族であることも有名だが、特に神々の1枝である知の神クリーエントニスの寵愛を受けていたとも言われていることで知られている。ただ、この聖獣にはそれら以上に世界的にもよく知られた特徴がある。
それは潔癖であり種族的に雄の相手は周りにも近づけさせないことと、資格ある相手しかその身には触れさせないということだ。
つまりスレイフォンレイブに人間の男は当たり前だが近づけない。さらに資格ある相手というのは、知の神クリーエントニスが魔法に長けていたことから、魔力をその身に宿した者だとされている。
加えて潔癖であるというのは女性にも当てはめられるらしく、その身体に触れられるのは清らかなる乙女だけと言い伝えられているのだ。
このクロッセリアという世界では理由は不明だが、魔法使いには総じて男性が多い。推測ではあるが、男性の身体の方が大規模魔法に耐えられるからだとも言われているが詳細は不明だ。
故にいくら国中から魔法使いたちが集まる王宮といえども女性魔法使いの数は少なく、比率で言うならば9対1くらいの割合だ。そのうえ宮廷魔道士になっているともなれば、すでにその年齢は結婚適齢期を過ぎていておかしくはなく、皆既婚者である可能性の方が高い。
つまり、おそらく今現在で結婚しておらず、恐らくそういう経験のない女性魔法使いとなると王都にいるのはフィリアくらいかもしれなかった。
「……清らかなる魔導の乙女、こんなことを女性に聞くのは大変申し訳ないとは分かってるんだけど、王女殿下の命が懸かってるんだ。どうか正直に答えて欲しい。君は清らかなる身、かな…?」
ロニールとカイオールが大変申し訳なさそうに、できる限り控えめな表現で尋ねてくる。ネイトはその問いにそっぽを向いて、なるべくフィリアを見ないように気遣っているらしい。
その心遣いは嬉しいが、男女交際の経験すらないひとりの乙女としては恥ずかしさでいっぱいだ。しかし王女様の命が懸かっていると言われてしまえば答えない訳にもいかない。
「……あの、その、えっと…。………………はい、記憶にある限りでは」
耳まで真っ赤にして俯きながらもフィリアは身を切るような思いで答えを返した。
ちょっとやりすぎたような感が否めないかもしれません。
少し自重したほうがよいかもしれませんね…。
【活動報告の引用です】
今回、実験的に軽めに危ない?感じの表現を入れてみました。ご不快に思う方もいらっしゃるかもしれませんので、もしそう感じるようでしたら以後、なるべく出さないようにしたいと思います。
それに伴いまして作中に『清らかなる乙女』という表現は決して男性を卑下しているわけではないということをお伝えさせて頂きます。今回のスレイフォンレイブのお話は幻獣ユニコーンを題材にしておりますので、そのあたりの解釈と同じように思って頂けますと幸いです。




