その理由
「―――っ! お、王女様を救うってどういうこと!?」
意識を取り戻したフィリアが、まず最初に訊ねたのはそのことだった。当然といえば当然ではあるが、突然のことだったので混乱しているのは仕方がないことだろう。
「はいはーい、ひとまず落ち着いて。順を追って説明していくからね。ネイト君、いきなりそんなこと言われたら誰だって混乱するって」
「…はい、すみません。フィーもすまない、先に理由から説明するべきだった」
「あっ、えと、うん、ごめん…」
慌てるフィリアをカイオールが宥めて、ついでにネイトもたしなめるという大人な対応でふたりを落ち着かせると、ネイトも自身の言動の突飛さに頭を下げた。
彼らの言葉でようやっと慌てすぎていたことを自覚したフィリアも、訳もなく謝り出すという変なことにはなったが、先ほどよりかはマシな状況だ。
「で、続きなんだけど、こっからは俺が説明するってことでいいかな?」
「あ、はい。お願いします」
フィリアが頭を下げると、ネイトも頷いてカイオールが話を引き継ぐことになった。
「まず最初にだけど、第二王女のシャールロット殿下が外交大使を務めていることを知っているかい?」
「あ、はい。それは知ってます。最近はどこの国に行っているかとかは知りませんけど」
シャールロット=エイン=リフェイル第二王女。年の頃はネイトと同じくらいだったか。その容姿の美しさは国内のみならず諸外国においても有名だ。
また、交渉事においては類まれなる才を発揮し、歳若くありながら老獪な政治家とも対等にやり合うとう実力者でもある。
「そうか、なら話は早いね。実は王女殿下はついこの間までリフェイルから見て北西の方角にある、クレイルムスア神皇帝国に大使として滞在していたんだ。それでそっちの仕事がひとまず終わったからってことで、1節間前にリフェイルに帰国する予定だったんだよ」
「……、予定だったってことは、その間に何かあったんですか? もしかして盗賊とかに遭って誘拐されたとか…?」
大使というからには精鋭ぞろいの騎士が多くついて護衛しているはずなので、まさかそんなことはないとは思いながらも尋ねてみるが、何だか嫌な予感がしていた。
「察しがいいね、勘がいい子は好きだよ。ただ、盗賊や誘拐は違う。道中に想定外のことが起きたのは事実だけどね」
空気を軽くしようと少しふざけたことを言っているカイオールだが、その顔色だけは優れないままだ。フィリアはあえてそのおふざけには触れないようにして、先を促す。
「実はね、これは本来ありえないんだけど、塔の外にいるはずのない魔物の上位種が現れて一行を襲ったらしいんだ」
「いるはずのない上位種の魔物…」
思い出すのは1枝月ほど前にフィリアと死闘を繰り広げた強大な大蜘蛛のこと。あれも本来は塔の外には存在しないはずの魔物だった。騎士団には報告して、調査が始まったらしいが特に進展がないらしい。
「そう、テタヌスピオスっていう魔物でね。スピオス種の上位種なんだけど、こいつが珍種中の珍種でね。塔の中でさえ、見かけることがほとんどないんだ」
「スピオスっていうと蠍型の魔物ですよね、強力な毒を持ってるっていう…。といこうとはまさか…っ」
ある意味最悪の想像が頭に浮かぶ。どうか外れていて欲しいと思いながらカイオールを見やるが、彼の表情は先程までの軽い感じがなくなり、口を引き結んだ厳しいものになっていた。
「そう…、毒だ。テタヌスピオスの特徴はね、その尾から、毒液を飛ばすことなんだよ。そしてそれが人体に触れれば、瞬く間に毒に侵される」
「それが、王女殿下に…」
「ああ、本来は馬車の中にいるから当たらないはずなんだが、騎士たちと魔物との戦いの最中に破壊されてしまっていてね。王女殿下は外にいらっしゃったそうなんだよ」
騎士でありながら護衛対象を護れなかったことに、護衛を任されていた騎士たちは死ぬほどに悔いているそうだ。その隊を仕切っていた隊長は処罰をしてくれと王に願ったが、どのような考えがあるのか王はそれを保留にしているらしい。
話を聞いたフィリアは、顔を青くしながら王女殿下の身を想った。その様子にネイトが少しだけ安心させるように、普段よりも優しい声音で彼女に声をかける。
「安心しろ。殿下はまだ死んではいない。予断を許さない状態ではあるが、まだな」
「え、でも、強力な毒に侵されているんでしょ? どいうこと?」
「確かにテタヌスピオスの毒は強力だ。ただし、それには遅効性というもうひとつの特徴がある。じわじわと体力を奪い、獲物が悶え苦しむのを見てから喰らうのがその魔物の特徴だからね」
「遅効性って。でも毒を受けてからもう1節間…、7日は経ってるからいくらなんでも…」
「ああ。普通なら2日程度しか持たないだろうな」
ネイトが肯定するとフィリアがさらに疑問を深める。どんな強い生命力を持っていたとしても3日持てばいい方だ。それを人間の身体で7日間など、普通は無理に決まっている。
「毒を受けてから1日で王都に到着したんだ、殿下たち一行はね。そのあとに宮廷魔導師たちが数人がかりでなんとか強力な封印系統の魔法を使って毒を押さえ込んだんだ。けど、それでも完全じゃなくて、徐々にだけど毒が進行してる」
「封印で毒を遅延させてるってことですか…。なるほど、それなら確かに…」
フィリアが納得すると、厳しい表情をしていたカイオールが顔を上げてフィリアを見据える。
その意思の強そうな瞳にフィリアは射すくめられるが、すぐに自分も彼を見返した。
「それで、毒に対応するのは分かりましたけど、わたしに何ができるんです? 宮廷魔道士の方々でも対処しきれない事柄ではどうしようもないですよ」
宮廷魔道士といえば、国でも最高レベルの魔法使いたちだ。当然、解呪解毒の魔法を習得している者たちもいるだろう。その者たちでさえ解けない毒を、自分が行ったところで解けるとは思えない。
「特に魔法でなんとかしてくれって事じゃない。君には別のことを頼みたいんだ」
「別のことですか?」
「ああ、宮廷魔道士筆頭のロニール師が言うには、その毒を解くには特殊な薬が必要なんだそうだよ。それを手に入れるのを手伝って欲しい」
カイオールの願いにますます疑問を持つフィリア。特殊な薬の入手、それこそ騎士団や魔法使いたちが総力を結集すればできそうなものである。街の端にある雑貨屋店主の小娘魔法使いに頼む意味が分からない。
「その薬っていうのは…?」
「レイビィトの霊薬、という名のものらしい。頼まれてくれないかな…? ただ、受けるかどうかは明日、王宮でもっと詳しい話を聞いてからでも構わないんだ。頼む…!」
必死に頭を下げるカイオールの姿をフィリアは不安な瞳で見つめていた。




