目覚めた場所は
「……ここ、は…?」
フィリアが目を開けると、そこには見覚えのない天井があった。
柔らかいものに横たわっている感じがするために、ベッドの上だと推測できる。横を向いてみるとそこには他に人もおらず、完全な個室のようだ。
窓から入ってくる光の具合から、まだ昼にはなっていないくらいかなと彼女は想像した。
「わたし、確か洞窟で倒れたはず…」
起き抜けで思うように回らない思考をできる限り動かし、自身の記憶を辿ってみる。
だが、いくら思い出してみてもシャウラーレニエを倒して気を失ったところまでしか覚えていないかった。少なくともこんな立派な個室にきた覚えはない。
結論から言って、気を失った自分を誰かが運んでくれたと彼女は解釈した。
「でも、誰が…? ギルドの人かな?」
可能性としては公式依頼を受けた冒険者だろう。
気を失ってからどれくらい経っているのか分からないが、2日や3日も倒れていたならやってきた彼らに救助されてもおかしい話ではない。
フィリアが悩んでいると、個室の扉が控えめにノックされた。
「失礼しますね」
落ち着いた声音と共に扉が開かれると、外から看護服をきた女性が入ってくる。
女性はカルテなどを持っていることから、フィリアの状態を確認しに来たようだった。部屋に入ると彼女は後ろ手に扉を閉め、カルテから視線を上げる。すると自然と女性とフィリアの視線が合うことになり、そのまま沈黙すること数追。見る間に女性の顔がきょとんとした表情から驚きを露わにした表情へと変わっていく。
「グランツェリウスさん、気がつかれたんですね!? 今、先生を呼んできますので、そのまま待っててくださいねっ」
慌てて部屋の外に看護師の女性は出て行った。あまりの勢いにフィリアは彼女に声をかけることすら出来ないほどの慌てぶりだ。
「そんなに慌てなくてもいいんですけど…」
ひとまず起き上がるのも疲れるのでベッドに横になったまま待つと、数巡ほどでフィリアの担当の先生が部屋に入ってきた。
「おはよう、気分はどうかな?」
「あ、はい。まだ頭がぼーっとしますけど、気分はだいぶ良いです」
先生は優しそうな年配の男性で、柔らかい雰囲気をまとった人だった。
医者の先生はまず自分のことをラウェリスト=クレイレイドルと名乗り、長いのでラストと呼ぶようにと言った。
「しかし、気がついてよかった。運び込まれたときはだいぶ消耗していたようだからね。さて、とりあえず軽い問診からさせてもらおうかな」
精神的にも弱っていたとのことで、意識障害などがないかの確認を兼ねてフィリアはいくつか質問をされ、それに答える。
最初のうちこそ頭が回っていなかったが、答えているうちにだんだんと意識もすっきりし始めたため、問題がなさそうだということになった。
話の途中で自分が倒れた原因が怪我と肉体的な疲労、そして魔力超過による精神的疲労だということも聞き、無茶はするもんじゃないよとラスト先生のお叱りも受けたりしたが。
それから続けて軽い診察も済ませて、そちらも問題なしと判断された。
ひととおり確認が済んで落ち着いたところで、フィリアはそろそろラスト先生に気になっていたことを尋ねることにする。
「あの、先生。いくつか聞きたいことがあるんですが…」
「ん、なにかな?」
「わたし、どれくらい意識を無くしてたんですか? えと、それとここに運んでくれた方はどなたでしょうか…?」
フィリアの質問に先生はこれはしまったと顔を顰める。
「すまないね、質問される前にちゃんと言っておくべきだったよ。まず最初にここは塔の麓の町、リュリーロの病院だ。それで君がここに運び込まれたのは2日前で、君を連れてきたのはネイト=レイ=ルードスという少年だったね。聞いた話だと君の友人なんだろう?」
「え、ネイトが!? わたしをここに? でも、騎士科の訓練で遅くなるって…、どうして…?」
「それについては本人がそろそろ来る頃だと思うから直接聞くといい。この2日、毎日様子を見に来ていたんだよ」
予想外の人物の登場でフィリアは軽く混乱したが、ネイトがすぐに来るということで本人に聞くことにした。もちろんまずはお礼を言うつもりではある。
「さて、もう少し休んでいるといい。怪我自体はほとんど治ってはいるが、体力自体はまだ戻っていないからね。それと、あと3日は魔法の使用も禁止だ。魔力超過で倒れた君はまだ魔力が完全に戻っていないからね」
「あ、はい。分かりました」
軽く頭を下げると、先生はそのまま部屋から出て行った。人がいなくなった途端に静かになった病室でフィリアはただぼんやりとする。何もなければすぐにぼんやりしてしまうことも、まだ魔力が回復していない弊害の1つだ。
横になって天井を眺め続けるだけだったフィリアだが、そこで再び扉がノックされたことで意識がしっかりと戻る。今度のノックは先ほどの女性とは違うようで、少し荒っぽくて慌てたような叩き方だ。
ベッドから体を起こしてから扉に顔を向ける。
「あ、どうぞー」
フィリアが間延びしたように答えると同時に、扉が開け放たれてネイトが部屋に入ってきた。
その顔のあまりの表情に、彼女は思わずひるむ。
(あー、やばい。あれは怒ってる顔だよっ、すっごい無表情だもん…。あぁ、怒られるんだろう、なぁ…)
内心でこれから始まるであろうお説教タイムにフィリアは冷や汗を流すも、自身が悪いのは理解しているので何も言えない。
「あ、あの、ネイト。その、ね。えーと」
最初にお礼を言うと決めていたはずだが、今のネイトの雰囲気にそれすらも頭から抜け落ちて言いよどむ。
何を言おうか迷っている彼女に対して、突っ立っていたネイトが突然フィリアを抱きしめた。
「うぇっ…! え、ちょ、ちょっとネイトっ。ど、どうしたの!?」
ネイトの急な行動に顔を真っ赤にして慌てるフィリア。
しかし慌てふためくフィリアの行動に、ネイトは腕の力を弱めるどころか逆により強く彼女を抱き寄せる。
「……んの馬鹿が! どうしてあんな無茶をしたっ。どうして早くに連絡を寄越さなかった!? 死んでいたかもしれないんだぞ…っ!」
焦燥に満ちた必死さで、絞り出すように怒りの声をぶつける彼にフィリアは叱られて落ち込むよりも先に安堵していた。それは不謹慎だったが、嬉しさともいえるものだ。
「……ごめんね、連絡しなかったのは訓練に出てたネイトに迷惑かけたくなかったからなんだけど、逆にもっと迷惑かけちゃったね」
そう謝る彼女にネイトは抱きしめていた腕を離して、彼女の顔を正面から睨みつけるように見つめた。
「それが馬鹿だって言ってるんだっ! 迷惑とかそんなんじゃないだろう!? 俺とお前は友人だと、最初に行ったのはお前だぞっ。友人っていうのは助け合うものだと俺に教えたのはお前だっ、フィリア! だったら迷惑とか思わずに相談しろ、お前が死んだらお前のことを心配してる人間がどう思うか考えたのか? それとも俺は相談されるような相手にもなれないってことか?」
怒られているのは自分のはずなのにネイトの方が泣きそうだと、その時フィリアは自分の過ちに初めて気付いた。
「ごめん、じゃなくて、その…ありがとう、ネイト。そうだよね、友達なのに。ううん、友達だから危なそうな時とかは絶対に相談するべきだったよね。だから、えと、心配かけてごめんなさい」
頭を下げてネイトに今できる限りの最大の気持ちを込めて謝る。そんなフィリアを見やり、ネイトは溜息をついた。
「わかった。今回はもういい…。ただ、今度何かあったら絶対に相談してくれ。知らないところでフィーが死んだなんて聞いたらと思うとぞっとするからな」
「うん、困ったときとかはちゃんと相談するね」
頭をあげて、小首を傾げるようにフィリアはネイトに笑いかけた。
ひとまず許してもらったということでフィリアはネイトにどうしても聞かなければならないことがあった。
「あ、あのね、ネイト。ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
「ああ、群生地についてだろう?」
質問を先読みされてフィリアはうっ、と言葉に詰まった。
そう、実を言えば意識が戻ってから一番気になっていたのはフレイル草のことだ。あれのためだけに今回こんなに傷を負ったというのに、もしその成果が何もなしでは泣くに泣けない。
意識を失って2日経ったということはあの洞窟に依頼を受けた冒険者が向かっていてもおかしくはないからだ。
その事を思って心配そうなフィリアを微笑ましく思いながら、ネイトはにやりと笑う。
「それなら安心しろ。領域指定ならしておいた。フィーは意識を失って申請器が使えなかったから、俺が代わりにやっておいた」
「ほ、ほんとに!? うわぁ、ありがとぉ~」
「っておいこら! なんで泣く!?」
叱られたときさえ泣かなかったというのに一番の目的が確保できたというだけで涙するとは我ながら現金なものだとフィリアは思いながらもその涙を止められない。
しばらく泣きに泣いて、その間ずっとネイトがなんとか慰めてくれてようやっと落ち着いた。
「…ネイトにはもう頭が上がりません。うん、ほんとにありがとうございます」
「いや、気にするな。と言いたいところだが、ここから少しビジネス的な話をしよう思ってる」
何をいうのかとフィリアは首を傾げる。
「実はな、あの領域なんだが取引をしたい」
「取引?」
「ああ、領域申請が正式に認可される条件は知ってるよな?」
「もちろん。えーと、領域周辺の生態系を破壊しないこと。領域内の資産を採りすぎないこと。申請料を年一回収めること。領域周辺の管理をすること、だよね」
指を降りながら条件を挙げると、ネイトはそれに頷きながら話を続ける。
「そうだ。もしその条件を満たせないと判断された場合は申請は認可されない。フィーが確実に満たせる条件は今のところ、最初の2つだけだろうな。管理に関してもひとりで出来るようなものじゃないしな」
「うー…、そう、だね。大丈夫って言いたいけど自信ない…」
ネイトに突きつけられた事実に、フィリアは項垂れて落ち込む。
その様子に悪いことを言ったなと思いながらもネイトは仕方がないことだと割り切る。
「そこでだ、領域申請なんだがうちの名義でとろうか思っている」
「え?」
突然のネイトの提案にフィリアは顔をあげて、頭に疑問符を浮かべる。
「ルードスの名で申請すれば確実に認可されるだろう?」
「だ、だめだよ、そんなこと! 申請料とかネイトに出させるわけにはいかないよっ」
「いいから落ち着け。そこで取引だ。領域の管理等はこちらでやる。それから群生地は『フルハーモニー』に貸し出すが、その代わり1枝月ごとに作成した魔法薬と治癒薬を一定量納品してくれ。それから月の売上の2割を申請料の一部として徴収させてもらう。この条件でどうだ?」
ネイトの出したそれは、はっきり言っていしまえば破格すぎるほどの条件だ。
通常、領域の管理や年1回の申請料の支払いなどだけで、一ヶ月ごとに一般の店の売上が5割以上は飛ぶ計算である。
それを魔法薬と治癒薬の一定量納品と売上の2割でいいなどと、とてつもないことだった。
「そ、そんなのっ。わたしにばっかり良い条件じゃない! そんな大事なこと、ネイトだけで決めても大丈夫なの!?」
領域の管理という大事、ネイトひとりの問題ではなくルードス家そのものに関わってくることだ。フィリアの心配ももっともだと言えた。
しかしネイトの顔は相変わらず冷静そのもの。自信に満ちた表情が彼にはあった。
「安心しろ。父上や母上にはすでに許可をもらっている。それにこちらとしても薬の一定供給は助かるんだ。それがしかも上級の物ともなればな」
ルードスの家系は騎士のもの。それは連なる家も同じで、薬に関しては常に質の良い物を求めている状態だ。
魔法使いしか作れない上級の薬はそれこそ取引には充分な価値があった。
「もちろん群生地を貸出はするが、こちらとしても懇意の商人たちを通して市場に一定数は卸すつもりだ。それでも構わないか?」
「そんなの全然! こっちから頼みたいくらい! ……でも、ほんとにいいの?」
心配そうな瞳にネイトは優しげに笑いながらフィリアの頭を軽く小突いた。
「さっき約束しただろう? こんなのは迷惑のうちに入らん。大体今回はこっちにも利があるんだ。フィーが気にすることではないさ」
「……えと、それじゃ、その。契約をお願いしてもいいでしょうか?」
ネイトの笑顔に急に恥ずかしくなって、顔を赤くしながらも控えめにフィリアが訊ねる。
「もちろんだ。とりあえず仮契約ということで、ほら」
そう言って右手を差し出すネイトに、フィリアは一瞬きょとんとするもすぐに意味を理解する。
そうして彼女ははにかみながら、自身の右手を彼の右手に合わせた。
次回は薬作成のお話予定です。




