安堵する瞳
激闘を制したものの、倒れてしまったフィリアのもとへ駆け寄る人影がある。
休憩もなしに馬を走らせ、森へと向かってきたその人物はネイトだ。
森に入ったは良いが、すでに日が沈んで暗くなったところで洞窟を探すという作業は困難を極めた。《直感》のスキルによりある程度の方向は分かっても、なかなか発見することが叶わなかったのだ。
気持ちだけが焦り、闇雲に探し回っていた最中に地面が揺れてどこからか凄まじい轟音が聞こえてきたことで、洞窟のおおよその場所が把握できた。
急いでその周辺を探索したおかげで、なんとか洞窟を見つけることができたのだ。
「……っ! おい、しっかりしろ! おいっ、フィー、…フィリアっ」
駆け続けて来たために息を弾ませつつも、フィリアを抱き上げて、その体を揺らす。しかし彼女は完全に気を失っているために目覚める様子がない。
「これは、魔物の死体か…?」
次に目に付いたのはフィリアの前方に横たわっている巨大な、黒く焼け焦げた魔物の死体だ。
ネイトには何の魔物の死体か判別できなかったが、恐らくかなり強力な相手だろうと推測した。
「それよりも今はフィーの方だ。気絶しているようだが…」
ネイトが見た限りでは彼女の怪我は死ぬほどではないが、とにかく出血もそれなりにしているので、ひどい状態ではあった。
すぐにネイトは野外訓練の時にも持ち歩いていた荷物から中級治癒薬を取り出す。
それを飲ませようとするが、気を失っているフィリアはいくら飲ませても、口の端から流してしまって飲み下すことができない。
「くっ、仕方がない…っ」
ネイトは一瞬だけ逡巡したが、今は彼女が優先だと割り切って治癒薬を自身の口に含んだ。
そのままフィリアの口に自身のものを重ね合わせて、口移しで飲ませる。今度はなんとか飲ませることに成功する。
何度か繰り返して1本分の治癒薬を全て飲ませ終わると、今度は魔法薬を取り出し、作業を繰り返した。
騎士見習いであるネイトは、対魔法使い戦も想定した授業を受けているため、魔力超過のことも知識として持っている。
そのため、フィリアが意識を失っている可能性として、怪我と疲労以外にその可能性もあると判断して魔法薬を飲ませたのだ。
魔法薬とは通常、スキルを使用するための生命力を回復する薬だが、魔法使いに対しては魔力の回復効果も有している。
「完全には治癒しないか…。だが状態は持ち直したな」
薬を飲ませたことによって、フィリアの身体は細かい傷は痕も残らずに治癒していた。さっきまでは弱々しかった呼吸も安定し、魔力のバランスも戻ったようだ。その事にネイトはひとまず安堵する。
しかし、右足の火傷などの大きな怪我はマシにはなったが、完全には癒えてはいない。短時間で連続して薬を飲ませると副作用もあるため、ネイトはあとは近くの医療施設に任せることにした。
「ここからなら、王都に戻るよりも塔の麓に行ったほうが早いな」
彼はフィリアの、年齢にしては軽すぎる身体を抱き上げて出口へと向かう。しかし、そこで森の切れ間に赤い草の群れを見つけてしまった。
「フレイル草の群生地…」
ネイトは小さく呟くと、自身の申請器を取り出して群生地の領域申請がすでに出されているかを確認する。
「フィーが申請しているといいんだが…」
だが、現れた結果は申請者なしという結果。苦い顔を浮かべて、ネイトがフィリアを見やる。
彼女が気絶している今、彼女自身の生存証文を設定することは不可能だ。つまり、フィリアがあの群生地を今すぐ領域として確保するのは無理だということ。
「早くフィーを病院に連れて行かないといけないっていうのにっ」
あの群生地はこのまま放っておけば、おそらくクロムウェルから連絡があったようにギルドの物になるだろう。
その上、本来は人命が優先だ。しかもそれが今はフィリアなのだから、ネイトにとっては群生地との優先度など比べるまでもない。
だが、あれはフィリアがこんなにもボロボロになってまで、戦って勝ち取ったものだ。
気絶している間にギルドに取られてしまったと、意識の戻ったフィリアが知ったらどう思うか。
きっと、仕方がないね、というだろうとネイトは想像する。
だが絶対に、人の見ていないところでは。
「……間違いなく泣くだろうな」
そう考えてしまうと、あの群生地をこのまま放っていく気にはなれなかった。
距離が離れすぎているので、急いで群生地へと向かう。
すまない、とフィリアに囁いて地面にゆっくりと下ろすと、とネイトは自身の申請器で群生地を仮領域スペースとして申請した。
「これで、とりあえずはなんとかなるか」
そうして再びフィリアを担ぎ上げると、ネイトは今度は間違いなく洞窟の出口へと向かって駆けた。




