雑貨屋『フルハーモニー』開店 その2
連続投稿をしてます。
できれば早めに更新したいとは思っていますが果たしてどうなるか…。
よろしくお願いいたします。
現在、15の刻を過ぎた。
しかしながら『フルハーモニー』の扉が開かれることは未だにないという現実にフィリアは今までにない程に落ち込んでいた。
「どーして…、どうして誰も来てくれないの…?」
チラシも配ったのにやはり立地条件が悪いのか、と落ち込んだ頭で考えるがそればかりはどうしようもない。
『フルハーモニー』があるのは王都の中でも端も端で、中央通りまで迷路のような路地を抜けて1刻内の4分の1、つまり15巡もの時間が掛かるのである。
その上、これも立地条件の悪さのためか周りは空家ばかりでご近所さん効果も期待できない始末。
普通ならば呼び込みにでも行けば良いのかもしれないが流石にそんなに長い時間、店を空けておく訳にもいかない。
呼び込みに行っている間に万が一、ありえないかもしれないが億が一くらいの可能性で他のお客様がいらっしゃったら目も当てられない。
「はぁー、どうにかしないとなぁ。でも…、どうしたらいいんだろう? どうしたらいいのか分かんないよぉ~…。」
カウンターに突っ伏して悩むが答えは出ないという世の中のままならなさを逆恨みしてみたりもするが、大変虚しい思いをすると同時に非常に悲しくなるだけだったので、そっちを考えるのはやめることにするフィリア。
しかしそれでも落ち込みと悩みのスパイラルに突入してしまいそうになった直前、なんと入り口に付けてあったベルの軽快な音と共に店の扉が開かれた――!
「――っ! いらっしゃいませ! 『フルハーモニー』へようこそ!」
フィリアは音と同時にはじかれた様に頭を上げ、その顔に丸1日練習して身につけた営業スマイルを浮かべながらお客様を出迎える。
しかし、お客の顔を見た瞬間に表情を落胆のそれに変えてスマイルをすぐさま引っ込めた。
「なんだ、ネイトかぁ。お客様かと思って損した」
「おいおい、損したはないと思うんだがな、どんな様子か見に来たのだから。
それにいつも帰り際には買い物して帰っているだろう?」
そう言って呆れ顔でフィリアに返すのはネイトと呼ばれた少年。
フルネームをネイト=レイ=ルードスというれっきとしたルードス伯爵家の嫡子、貴族の少年である。
しかしこのネイト、大変にきらきらしいのだ。
まるでこの少年の周りだけ太陽が当たっているように一人だけオーラが違うので街中にいてもすごく目立つ。
つまるところイケメンという部類の人間だ。
「だってネイトはいつも来てくれるでしょ?
帰り際の買い物だってついでだろうし、だからお客様とはちょっと思えないんだよねー」
最初の頃こそ、そのオーラに怯んでいたフィリアも3年近くも友達付き合いを続ければいい加減なれたものでバッサリはっきりものを言うようになった。
ネイトとはまだフィリアが学園の生徒だったときに知り合い、現在もその縁は続いている。
「まぁ、確かについでではあるが、買ったものはちゃんと使ってるぞ。
……で、何か悩んでいたようだったが、どうかしたのか?」
「あー、えっとね、…うん。ほら、ウチの店お客様が来ないじゃない?
だから昨日チラシとか配ってみたんだけど、それもなんの効果もないみたいでその…、ちょっと落ち込んでた…」
なるほどな、とネイトは納得の顔で頷いた。
確かにこの店は客が来なさすぎる。
なにせ少なくとも3日に一度は顔を出しているネイトが今のところ誰とも出くわしたことがないし、フィリア以外では彼女の叔父にあたるクレアス氏しか店にいる人物を見たことがない。
つまりほとんど身内関係か友人しか来ていないのだ、この店は。
「たしかに客が来ていないな、そんなんで利益は出ているのか?
それよりも、そもそも店をこの場所のまま継ぐ必要があったのか?」
「はっきり言うねー…、利益なんか出てないよ。お客様が来てないもん、当然でしょ。
……お店は、やっぱりお父さんが大切にしてたからここでまた継ぎたかったんだよ」
「……すまない、分かりきったことを聞いた」
少し困ったような泣きそうな顔で言うフィリアにネイトは尋ねたことを後悔した。
父親が亡くなったのは昔の話ではなく、ほんの1年前の出来事なのだ。
急な出来事で本当なら今もそれを引きずっていてもおかしくはないのに彼女は泣かないで笑う。
そうだ、フィリアはこういう娘だった。だからこそ――、と彼は一つの案を口にする。
「なら”俺の方”でなんとかしてみるか?
色々出来るとは思うが、どうする?」
俺の方、つまり彼の実家である伯爵家の力を使うかというネイトの言葉に彼の優しさを感じて嬉しく思いつつもフィリアは微笑みながら首を横に振る。
彼は優しいから、でもその優しさに甘える訳にはいかないからとフィリアは言う。
「ううん、いい。大丈夫。
……ありがとね、心配してくれて。でもやっぱり友達とは対等でいたいからやめとく。
ここでそれに乗っちゃったらわたしはネイトと対等じゃいられなくなっちゃうから」
「―――。はぁ、分かった。だが、ルードスの家の者としてはいつでも力になるから必要になったら言ってくれ。
それでだ、ルードスとしては力を貸すのは保留ということだが、お前の友人のネイトとしてなら手伝っても構わないだろう?」
ネイトはそのきらきらしい顔に相応しくない獰猛な笑みを浮かべながら、そう聞いた。
この世界の時間は、作中通り24つに分かれております。
こちらでの1時間を1刻として1分を1巡、1秒を追と表します。
1週間は7日のままです。
曜日の読み方までとなると長くなるのでその内にまとめて出させて頂きます。