一瞬の閃光【※多少の残酷表現あり】
これは賭けだ。
しかも彼女にとっては圧倒的に分の悪すぎる賭け。
成功する確率などほとんどない上に渡るべき橋が多過ぎる。
最初の1つ目で失敗するかもしれないし、途中の橋で落ちるかもしれない。
それでも、生き残りたいのならやるしかないのだ。
◇
「はぁ…っ! はぁ…っ! ……っ」
息を切らせながらもフィリアは風を切って林を駆ける。
治癒薬のおかげで多少マシになったとはいえ、右足は未だに上手く動かないために引きずるような格好になってしまっているが、魔法による補助のおかげでなんとか走れている。
そしてその背後には、走るフィリアを視界に捉え、まるで風そのものすらも押しつぶすかのようなスピードでシャウラーレニエが後を追っていた。
「ちょっと…、早すぎぃ……だってばぁ!」
追いつかれたら殺される。
その恐怖にフィリアは目に涙を溜めながらも自身の持てる全力でシャウラーレニエから逃げ回る。
しかし、必死の逃亡劇もその僅か1巡後に彼女が洞窟の壁際に追い詰められることで終わり告げた。
「ちょっ、ちょっと待って…。とりあえずその、さ、落ち着いて話し合わない? ほら! わたしって見た目通り肉付きとかもあんまり良くないし、きっと食べても美味しくないし…っ!」
通じないことは分かっていても、必死に目の前の恐ろしい魔物に頼み込んでみるフィリア。あまりの恐怖から身体中が震え、顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
その様子を見て、感情なんて上等なものなどないはずのシャウラーレニエの眼が、愉悦に満ちたような気がした。
フィリアという久しぶりの若い女の獲物にそろそろ終わりを与えようと、シャウラーレニエはその口を再び大きく開き、自身の持つ最大の攻撃を放つ準備をする。
「やだ…。待って、待ってってば。やだ、やだよ、やだ…っ!」
すでに逃れることのできないところまで迫った死に、フィリアは頭を振りながら、それでも逃げるように数歩後ずさる。
そして遂にシャウラーレニエの口から絶望が放たれた。
―――絶叫。
大気を切り裂き、大地を抉りながら、その狂気の声はフィリアに襲いかかる!
「………っ、嫌だって、言ってるでしょぉ―――っ!」
迫り来る死に負けず、叫ぶフィリアの作戦が今このときより始まる。
シャウラーレニエの絶叫と同時、彼女は自分とシャウラーレニエとのちょうど中間あたりに仕掛けておいた集音器を起動させる。
普通ならば手動で使用するはずのそれは、しかしフィリアのカスタマイズによって彼女と魔力のパスで繋がっており、パスに魔力を流すだけで起動させることが出来るようになっていた。
そしてさらに、魔法で耐久力を強化されている集音器はシャウラーレニエの絶叫に耐えつつ、加えてその絶叫をほぼ全て吸収する。
残った余波もすでに、フィリアを吹き飛ばすほどの力は残っていない。
そして作戦の第2段階、集音器によって集められたシャウラーレニエの絶叫は、ほとんどそのままの状態で集音器とパスで繋がっている伝音器に流される。
その伝音器も集音器と同様に、すでにシャウラーレニエが今いる位置の横にある草陰に設置してあった。
つまり追い詰められたのはフィリアではなく、シャウラーレニエ。
パスを流れた絶叫はそうして、シャウラーレニエ自身に向けて返される。
自身の放ったはずの絶叫を逆に返される形で受け、シャウラーレニエが少なからずダメージを受けて横に転がる。
体勢を立て直すまでには恐らく20追ほど。
上級魔法には間に合わないが、それだけあればフィリアならば中級クラスの魔法は発動できる。
「セグロ クレース サニィ アディ アディ! 障壁よ、出でよ!」
――《サニィ》 司るは中級の指定、《アディ》 司るは上昇。
詠唱と合わせて集中、足元から《セグロ》の呪紋陣が現れて魔力が溢れる。遅れて他の呪紋が現れ始め、溢れる魔力の光の中で混ざり合い、融けていく。
そして集束、展開。
《クレース》の呪紋で普通よりも広く、《アディ》の二重表明によって中級の中でも強力になった結界がフィリアの周囲を包みこんだ。
だがいくら強力になったとはいえ、やはり中級レベルの結界。シャウラーレニエの猛攻を受ければ、持って1巡が限界だろう。
しかしその1巡さえあればフィリアが持つ最速の、その中でも最強クラスの魔法を使うことができる――!
「トルーツ クレース シェスィ、……アディ アディ アディ! 我が下に集え、雷撃の力よ…っ!」
――《トルーツ》司るは雷 《シェスィ》司るは上級の指定
《トルーツ》の呪紋陣が現れる。それと共に集中――。
そこで体勢を立て直したシャウラーレニエが、目の前の光景を見て憤怒の声を上げる。
そしてその巨体と凶悪なスピードを駆使した突撃を繰り出すも、フィリアの結界に阻まれてそれ以上進むことができない。
その事に気付いたシャウラーレニエは結界を破ろうと、脚を振り上げて何度も何度もそれを振り下ろす。
シャウラーレニエの猛攻を受けて悲鳴をあげる結界。
フィリアの下で混ざり合う呪紋。
果たしてどちら方が早いか、あとは本当の意味で賭けだ。
(集中、集中、集中、集中――! 呪紋を意識して、自分の魔力を身体中で感じろっ!!)
恐怖を抑えつけ、心の中で繰り返し呟く。
そしてフィリアの呪紋が融け合ったとき、しかし焦れたシャウラーレニエは再びの絶叫を放った。
ガラスが砕け散るような音と共にフィリアを護っていた結界が弾け飛ぶ。結界の最後の力か、衝撃の余波は来なかった。
絶叫の反動で一瞬だけ動きが止まったシャウラーレニエに向けて遂に、フィリアの魔法が完成する。
―――集束、そして展開。
フィリアの前に荒れ狂う雷の力そのものが顕現する。
「いぃっけええぇぇぇぇ―――っ!!」
彼女の叫ぶような声と共に放たれる眩き力、そしてそれに続いて洞窟全体を響き渡る轟音。
一瞬、目も開けていられないほどの閃光が世界を白く染めげて、しかしすぐにまた光放石の放つ光のみが辺りに残った。
「はぁ…、はぁ…、やっ…た……?」
魔法を放ち、しゃがみこんで前方を見据えるフィリア。今の彼女が持てる全力をほぼ全て注ぎ込んだ一撃、これで駄目ならば諦めるしかない。
爆発が起きたあとのような煙が去ったそこには、雷の直撃を受けてその身を黒く焦がしたシャウラーレニエが息絶えていた。
「やっ…た。やった…! やったー!!」
数秒の沈黙ののち、その光景の意味を理解したフィリアが両手を上げて歓喜の声をあげる。そしてそのまま立ち上がろうとした瞬間、しかし彼女を酷い眩暈が襲い、思わずその場に倒れ込む。
「あ…れ? 体が……」
――魔力超過
魔力を短時間で大量使用したことによって引き起こされるそれは、酷い眩暈と一定時間の強制的な意識の遮断を術者に与える。
最後の一撃で魔力超過を引き起こすほどに魔力を使用しすぎたフィリアは、そのまま眠るように目蓋を閉じた。
シャウラーレニエ戦はこれにてラストです。
第一章での予定では戦闘はもうない…はず…です?
戦闘描写につきましては、魔物の声などが入っていないのは意図的にです。入れたほうが分かりやすいのでしょうか…と思ったのですが、今回は入れないように書いてみました。
やっぱりあったほうがいいよ、という方々がいらっしゃいましたら次は入れてみようかと思います。