不穏、そして【※多少の残酷表現あり】
「さぁ、早く仮領域申請しちゃおう~」
ふふっと抑えきれない笑みを零しながら、フィリアはポシェットから領域申請用の申請器を取り出す。
申請器は領域申請可能地域にて、規定の条件を満たしている場所を仮領域スペースとして確保しておく器械だ。
これを行っておくと、他の人間が後から申請に来てもその申請を弾いてくれるようになる。この仮領域申請を取り消す方法をいくつか存在するが、不正をして消すことはほぼできない。
「えーと、ライセンス起動。市民登録ナンバー入力……、生存証文をセットっと。念のために冒険者IDも入れて、これで大丈夫かな?」
さすがにフィリアも申請器なんてものを使うのは初めてだ。手順に間違いがないか、何回も繰り返し確認する。
生存証文とは仮申請を出した人物が間違いなく生きていることを確認するための証文だ。
生き物が必ず持っている生命力はそれぞれに違いがあり、同じものがない。その生命力を申請器に登録して、その反応を計測するというものだ。
「大丈夫そう、だね。さて、じゃあ、とう…ろく……、を…?」
喜び勇んで登録しようした、丁度そのときに彼女の視界の端にそれは入った。
地面に埋まっているそれはフィリアが今、手に持っている申請器と同じような形をしている。
フィリアは急いでそれの前にしゃがみこみ、それを掘り出してみると間違いなく申請器だ。
「どうしてこんなのが、ここに…? 先に申請してる人がいたのかな、でもエラーには何も引っかからなかったし…」
申請器を裏に返してみると、そこは赤黒くなっていた。
「これって…、血の跡?」
訝しげに呟いてフィリアが視線を前に戻すと、遠目にある物が見えた。
視線の先に1本の一際大きな木がある。そしてその根元には何かが複数落ちていた。
目を凝らして見てみると、朧げにだがそれらが何か、確認できる。
それは服だった。それは鎧だった。それは剣だった。そしてそれは、骨だった。
1箇所にまとめて、同じような物が多くあった。
ぼろぼろになり、赤黒く染まったそれらからは持ち主たちが大量に出血したことが窺える。その量から推測しても致命傷だ。
一部の装備などその質から考えてもかなり上等な物だ。それこそ、Cランクの冒険者が使うほどに。
申請器で既に出されている仮申請を取り消す方法の最も代表的な一つに、こういうものがある。
――申請者が死亡し、その生命力反応が消失した場合、その申請を自動的に取り消すこととする。
「―――っ!」
その事が頭をよぎると同時に、フィリアは全速力で駆け出した。
領域申請のことなど頭からとっくに抜け落ちている。ここは駄目だ、危険だったと彼女の本能がガンガンと警告を鳴らしていて、息が切れることにも構わずにフィリアは森を駆け抜けて元来た道を引き返えし始めた。
耳の奥ではボルドーの警告やコーネリアのくれた情報が延々とリピートされている。走っているはずなのに身体は冷え切り、寒気が止まらなかった。
恐怖に追われ、フィリアはただひたすらに駆け続ける。しかし、その彼女の中である種の勘が働いた。
(駄目だ、このまま進んだら―っ!)
《戦時直感》ではなく、《直感》のスキルでもなかったが、彼女の生き物としての生存本能がこのまま進んだら死ぬと感じさせていた。
フィリアはその場で方向転換をし、すぐに大きめの草陰に転がり込む。
その場から気配を極力消して、あたりを探るが、洞窟内は相変わらず静けさを保っていた。
物音を立てないようにポシェットを探り、伝音器と集音器を出すも、起動してから舌を打つ。
(音声圏外…っ。連絡が取れない…!)
考えてみれば当たり前の話だ。地下の洞窟、深さはどれくらいか想像しかできないが、少なくとも100メートルは下ってきたのだ。
いくら道が緩い下り坂だったとはいえ、それなりに地面とは距離がある。そんな場所ではいくら集音器で音を集めても上までは届かないし、まして伝音器ではナンバーを入れたところでどことも繋がらないだろう。
連絡が出来ないのならば一人でなんとかするしかない。
迂回して出口を目指すことが安全かとフィリアは判断する。草陰から飛び出ると、すぐさま回り込むように出口を目指し始めた。
しかし、そうして走っているところへ、洞窟内一体に警報器のような頭へ直接響くほどの音が鳴り響いた。
「なっ、なにっ…!?」
耳を塞ぎ、顔をしかめたフィリアが周囲をすぐさま見回すと、巨大な黒い影が森の中より現れた。