北東の森【※多少の残酷表現あり】
また魔物と戦いますが、前回より少しグロい?と言いますか…。
ブルーフィオ5匹との戦闘を終えたあとにも、森へと向かう道でさらに数回ほど魔物と遭遇した。
その度に戦ってはいたが、フィリアの魔力も無限にあるわけではない。そのため、途中からは装備を短剣に切り替えて魔物たちの相手をした。《武具熟練度上昇》のスキルレベルを上げるためにも丁度良いと判断したのも理由にある。
フィリアは正直に言ってしまえば短剣の扱いも上手くない。魔法使いであるため、近接戦闘が苦手というのは仕方のない話かもしれないが、彼女はそれでいいとは思っていなかった。
1回毎の戦闘は魔法を使うより時間がかかってしまったが、しかしスキルのレベルが1上がったので構わないだろう。
そうやって戦闘を繰り返していたので森に着いたのは予定よりも2刻ほど遅く、14の刻を少し過ぎた頃だった。
「少し、休憩かなぁ…」
フィリアが周囲を見回すと、森の入り口のすぐ近くに丁度良い大きさの岩があった。ひとまず彼女はその上に腰をおろことにする。
「とりあえずお昼ご飯食べて、少しお腹を休めたら森に入ろうっと」
ポシェットに手を入れて、お昼のために用意しておいた携帯食料を取り出すと、彼女は躊躇いもなくそれを口に含んだ。
携帯食料自体は、もそっとした何とも微妙な食感で、味もお世辞にも美味しいとは言えない。
だがさすがのフィリアも、自身のあの壊滅的な料理を2食続けて食べたくはない。家でならば仕方がないのかもしれないが、外に来てまでお弁当という形で用意するのはやめておいた。
しかしそんな微妙な味の携帯食料でも、フィリアが作った料理よりはマシという事実は悲しい話だ。
「なんにしろ、マッピングのためにも森の中を歩き回らないと様子も探れないしね。崖の下にあるって言ってたから、まずはその崖を見つけるところからかな」
しっかりと食事を摂り、そのあとにお腹が慣れるまでさらに少しの休憩を挟む。
上を向けばそこには一面の青空が広がり、目には鳥たちが飛び回っている姿が映った。
「すっごく良い天気~。こんな良い天気だと眠くなってくるよー…」
明け方や夜はまだ冷えるが、春先の今は昼になるとだいぶ暖かい。昼寝をするには丁度良い気候なのは確かだ。
家であれば間違いなくそのまま熟睡する自信があるフィリアだが、ここは安全地帯とは程遠い草原。見渡した限りに敵影がなくても、油断すれば何が起こるか分からない。
昼寝はまたの機会にすることにして、今回は欠伸だけで済ました。
「お腹もこなれてきたし、そろそろ行きましょうっ」
岩の上から飛び降り、危なげなく着地する。そうして彼女は森の中へと向かって行った。
◇
一歩踏み込むとそこはフィリアが知るかつての森とは全く様相が変じていた。
大地は所々が隆起し、地割れがはしっている。遠目からでも木が何本も倒れているのが確認できるほどだった。
「うわー、これは想像以上だよ…。ボルドーさんの言ってた通りだけど、まさかこんなになってるなんて。これじゃもうまるっきり知らないとこだよー」
見た限りでは足場が相当に悪いため、ただ進むだけでも難しいかもしれない。
しかし最も気をつけねばならないのは魔物との戦闘時だろうとフィリアは予測している。
地形自体が変わっているということは、記憶に齟齬が生じているということだ。
なまじ過去の地形を覚えているために無意識のうちに、昔はあったはずの安定した足場に移動してしまう恐れがある。そこが今も使えるのなら問題ないのだが、下手をすると地割れなどで動きを阻害されるような場所になっているかもしれない。
そんな足場での戦闘行為など自殺しに行っているようなものだ。バランスを崩して転倒でもすれば、間違いなく命に関わる。
「ここは慎重に、だけど探索に時間もあんまり掛けていられないから、素早く動く必要があるかな」
唇に右の人差し指を当てつつ思案すると、フィリアは杖を取り出した。
「エラス アルゥ。風よ、我が身に」
――《エラス》 司る力は風。
呪紋を唱えると、彼女の周りに一瞬だけ風が吹き、まるでその身を護るかのように包み込んだ。
移動力上昇と転倒防止の力を与えられた風の魔法だ。
「さてっと、それじゃ探索を始めましょー!」
片手を元気よく上に向けて突き上げ、気合を入れる。
風の力で軽くなったその身を躍らせ、彼女は森の中を軽快に進む。草を掻き分け、崖が見えればそこを覗き込み、洞窟を探し回る。
ときどき探索の途中で発見する、この森だけに生えている薬草やきのこ、植物の実などを集めておくことも忘れない。
「そう簡単には見つからないかぁ…。それはそうだよね、そんなにすぐ見つけられるなら、今頃もっと大騒ぎになってるだろうし」
一人で納得すると、さらに森の奥へと向かう。
しばらく辺りを見渡しながら歩いていると突然、フィリアの《戦時直感》のスキルが迫る危険を察知させた。
「わぷっ。あ、危なかったぁ!」
寸前のところで姿勢を低く下げたところへ、彼女の頭上を糸の塊が通過していった。
《戦時直感》のスキルは戦闘に関すること、いわゆる殺気というもの限定で、使用者に迫る危険を察知するスキルだ。フィリアはこの森に入ってからこのスキルを常時発動状態にしていたので、そのことが幸いしたと言える。
すぐさま、臨戦態勢に入るフィリアの視線の先には1本の木。しかしそこには、1メートル近くもの体長の大きな蜘蛛が掴まっていた。
蜘蛛の正体はポイズリーレニエ。一般的にレニエ系と呼ばれる魔物で、見た目は蜘蛛その物だがその大きさが通常のそれとは桁違いに大きい。その見た目から多くの女性からはもちろん、一部の男性からも非常に嫌われている。中には姿を見ただけで気絶してしまう者すらいるほどだ。
フィリアもできれば遭いたくないと思っている類の相手だが、とりあえず取り乱すほどのものではない。
とはいえ、
「ぃや――っ! いや、うわっ、気持ち悪いっ」
さすがに気持ち悪いと感じるのは変わらないので、叫び声くらいは上げる。
だが、逃げると執念深く追い続けてくることでも有名なレニエ系の魔物だ。仕方ないと思いつつも、彼女は杖を構えて戦闘状態に入ることになった。
ポイズリーレニエはレニエ系の中では下位クラスに分類される。その理由としては、他のレニエ系と比べて動きが遅いことが挙げられるだろう。しかし、どんなに弱いと言われていたとしても相手は魔物、決して油断して良いものではない。
特徴は『ポイズリー』、つまり毒から取られた名のとおり、強力な麻痺毒を持っていることだ。
最初にフィリアへ吐いてきたように、毒を染み込ませた糸を獲物に当てることで獲物を麻痺させて、動かなくなったところを生きたまま食べる。
しかし逆に考えると、糸にさえ当たらないように気を付けていれば素早い相手ではないので倒すことは難しくはない。
「エラス アルゥ。風よ、刃となれ」
いつ糸を吐かれても回避できるように、ポイズリーレニエを視界に捉えたままでフィリアが魔法を発動する。
彼女の前方に風が集まり、いくつもの不可視の刃を作り出す。そうして刃となった風は、フィリアが片腕を振るうように合図を送ると同時に、ポイズリーレニエに向かって放たれた。
見えない刃に回避行動の遅れたポイズリーレニエは、そのまま8つに体を切り裂かれて掴まっていた木から外れると、地面にバラバラになって落下した。
ポイズリーレニエが息絶えてることを遠目から確認したフィリアは、ゆっくりとその死体に近づく。
「うぅ~…、だ、大丈夫。これはもう死んでる、これはもう死んでる。動かないなら大丈夫よ、そう大丈夫…っ」
ポイズリーレニエの体液は解毒薬の材料になるため、まるで呪いの言葉のように大丈夫と繰り返しながら、フィリアはそれを採取する。
何も知らない人が見れば、顔を背けて立ち去ることが想像できる光景だった。