リフェイルの大平原【※多少の残酷表現あり】
サブタイトルにもありますが、多少の残酷表現があります。
グロ、ではないと思います…。
朝から途中に休憩を挟みつつも4刻ほど歩き続けた頃、ようやっと『リュリダーヒロビアの塔』が目の前いっぱいに広がるくらいには近く来た。今のところ、野党や魔物に襲われることもなく、のんびりと来ることができたので出だしとしては幸先がいいだろう。
途中でいくつか薬草類やハーブ類を見つけたので、採りすぎないように注意しながら採取をしてきた。採取した素材は保管器に入れはしたが、ポシェットの中にはまだまだ余裕があるので大した荷物にもならない。
さらにもう少し塔へ向かって進めば、塔の攻略者や一攫千金狙いの冒険者たちが集う麓の町に着けるのだが、フィリアの目的地はそこではないので町の姿を見ることはないだろう。
「はぁー。とりあえずここら辺で塔の衛兵さんたちに連絡を入れないと」
ポシェットに手を入れて伝音器と集音器を取り出すと、2つをコードで繋いで連絡の準備をする。ナンバーは長いので普通ならメモか何かに写したものを見ながら入力するのだが、魔法使いであるフィリアは暗記ものは得意分野だ。さして特別に思い出すような動作もなく、あっさりと記憶にあるナンバーを入力するとスイッチを入れて起動した。
「えーと、もしもし? そちらは『リュリダーヒロビアの塔』兵士詰所でしょうか? 聞こえていましたら応答をお願いします」
僅かな沈黙。恐らくすぐに反応できる位置に兵士がいないのだろう。
その予想はどうやら当たっていたようで、すぐに応答の声が返ってきた。
「はい! お待たせして申し訳ありません! こちら『リュリダーヒロビアの塔』兵士詰所で間違いありません。そちらのお名前をどうぞ」
歳若そうな女性の声だ。もしかしたら連絡専門の人間かもしれない。
「Dランク冒険者、フィリア=グランツェリウスです。ミュントイルス衛士詰所に伝えたとおり、塔の付近に到着しましたのでそちらに連絡をしました」
「フィリア=グランツェリウスさんですね? えーと、はい! 確認しました。では、これからの予定をお願いします」
打てば響くような個気味良いタイミングでの返事は話していてとても気持ちのいいものがある。
フィリアは気を良くして機嫌良く答える。
「塔の西門より北東へ1キロほど離れた森あたりで素材採取を行います。付近で野営を行う予定です」
「了解しました! 森の中は魔物も多いので気を付けてください」
業務用のお世辞かもしれないが、心配されて悪い気はしない。フィリアもそれは同様で、伝音器を繋ぐコードをいじる指先にそれが現れている。
「ありがとうございます。では通信を終了します」
スイッチを切ると、微かに残っていたノイズも消えて静かになる。
フィリアはポシェットに2つの器械をしまってから立ち上がり、塔の門の位置などから森へ方向を割り出すと、目的地へ向かって歩き出した。現在は9の刻を少し過ぎたあたりなので、今から少し早足で進めば12の刻前には森に着けるだろう。森に入る前に昼食をすませば、残った時間は探索に割り当てられる。
歩き出してすぐに草原の向こうに何か動く物体を見つけた。それもどうやら1つではなく、動いている位置関係からして複数のようだ。さらに目に意識を集中して眺めてみれば動く物体は魔物のようで、青い体色をしているのがわかる。フィリアは記憶の中からこの付近の魔物生息図を引っ張り出して、条件の合うモノを照らし合わせてみたところ、あれはブルーフィオだと判断する。
ブルーフィオは俗にフィオ系と呼ばれるゲル状の魔物の一種だ。名前のとおり、体を形作っているゲルの色が青色をしている。
フィオ系の魔物はゲル状の体の中央に生命核と呼ばれる本体があり、それさえなんとかすれば倒せるという弱点が世間一般には知られている。
今回、複数で群れているブルーフィオもそれは変わらず、おそらく戦闘になったとしても落ち着いて、弱点狙いで対処すれば問題なく勝てるはずだ。
そこでようやっと向こうもこちらに気づいたらしい。5匹ほどがまとまって、ぴょこぴょこ飛び跳ねながら向かってくる。
平野は広くて目視での安全確認ができることが利点だが、それは相手方も同じことで、隠れることができないゆえに魔物にも見つかりやすいという難点でもあった。
「ブルーフィオかぁ…。魔法薬に使うんだよね。ちょうどいいし、倒して素材を手に入れいていこうかな」
最終的には上級魔法薬と上級治癒役は販売する予定だが、まずは前もって試作品をいくつか作る必要がある。
試作用の素材も発注すればいいのかもしれないが、節約できるところは節約したいと考えているフィリアは、なんとも都合よく向かってくる魔物たちから必要素材をいただくことにした。
接敵まではまだ少し時間があるので、先に罠でも仕掛けておいて相手の数を減らした方が楽になりそうだ。
そう判断したフィリアは腰から杖を取り出して呪紋を唱える。
「グラァー アルゥ。凍てつく力よ、留まれ」
――《グラァー》 司る力は凍結、《アルゥ》 司る力は下級の指定。
それはさながら歌うような軽快さであたりに響いた。そうして一瞬だけフィリアの5メートルほど前方が薄く、そして青白く光るがすぐにまた何事もなかったかのように元の状態に戻る。
呪紋陣破棄での魔法の発動ができることからも、フィリアはかなり優秀な部類の魔法使いということが分かる。
準備がちょうど整ったところへ、まるで示し合わせたかのようにブルーフィオたちがやってきて、そのままフィリアに向かって一直線に向かってくる。
そうして先ほど彼女が何かした場所へとそのうちの2匹が差し掛かったとき、その2匹に突然、異変が起こった。
ゲルで出来た柔らかそうだった体が、まずは体表から凍りだして、あっという間にそれが全身に及ぶ。罠にかかった2匹はフィリアの下にたどり着く前に完全に凍結して動きを止めた。
それを見た残りの3匹は寸前のところで罠の前に急停止する。しかし、そのために3匹の動きが一瞬だが完全に止まった。
「グラァー アルゥ。凍てつく力よ、走れ」
3匹の動きが止まったのを捉え、その隙を逃さないようにフィリアは次の魔法に取り掛かる。
詠唱を変化させることによって、たとえ使用する呪紋は同じでも全く違う結果を生み出すのが魔法だ。
今度はフィリアの周りに氷の矢が生み出された。彼女はそれを、残った3匹へ向けて投射する。
放たれた氷の矢は、まるで吸い込まれるかのように残りのブルーフィオに命中した。そうして最初の2匹に続いて矢が当たった3匹もすぐさま凍りついた。
「命中確認! 敵、ブルーフィオ5匹は完全に沈黙を確認っと」
フィリアは結果をあえて口にして確認することで、意識的に油断をしないように自身を戒めた。
まだ学園にいた頃、戦闘後に確認を済ませずに気を抜いたことがあり、そのことについて散々ネイトから注意されたことがあった。それからというもの、戦闘後の口頭での終了確認は彼女の習慣になっている。
「さてさて、粘液さんを頂きましょう~」
フィオ系の魔物の体液は本来、弱らせた状態で少しずつ回収する。先に生命核を抜いてしまうと液体で構成された体があっという間に崩れてしまうからだ。
しかしフィリアが今回やったように凍らせてしまうとその回収は容易になる。凍らせたフィオの体は固形となるため、保管器に移すのも手間がかからない。
もちろん氷が溶けてしまえば息を吹き返して活動を再開するが、その前に粘液を集めて生命核を砕いてしまえば問題ない。
「大体こんな感じ? 5匹分ってなると結構採れるねぇ」
そうしてフィリアが手に持っている保管器の中には、大量に砕かれたブルーフィオの体液が集まっている。
その量に満足すると彼女は、氷が溶けて反撃を受ける前に、すぐさま生命核を打ち砕いた。