彼女のちょっとした無茶
久しぶりの自室での目覚めはさっぱりとしたものだった。太陽の位置から、8の刻くらいだろうか。
ここ数日の生活で、体内時計がズレてしまった。いつも起きていた時間よりも若干遅く、完全に寝坊だ。
「うわっ、大変っ!」
今日はお店の再開準備日に当てる予定だったフィリアは、慌ててベッドから飛び起きた。
「午前中は掃除して、午後から在庫チェックと品質チェック。えーと、それから足りない物の買い出しとかに行って、あとは荷物の受け取りにも向かわないとっ」
やることは山積みだ。ここ数日分のツケが回ってきたのだから当然と言えば同然だが。
フィリアは洗面所に駆け込むと、身だしなみを整え始めた。
予定よりも少しばかり時間が押してしまったが、掃除を終えた彼女は在庫チェックに当たっている。
店内の品物自体のチェックはもう済んだので、今は裏手の倉庫内のチェック中だ。やはりというか、いくつかの日持ちがしにくい物は駄目になってしまっていた。
「はぁ~、勿体無い勿体無いよぉー」
涙ながらにアウトな商品を他の廃棄商品と一緒にまとめていく。これだけでいくらの損害が出ているのか、考えるのも憂鬱だった。
「あとで帳簿から引いておかなきゃ」
頭の中で試算は出ているので、それを確認する作業も残りに加わる。
最近はお客も来てくれるようになって、品物も売れてはいるのだが、入荷商品と薬品の材料費だけで相当な額がかかっているので、儲けはまだまだ少ない方だ。
しかも、ときどきはこうしてお休みにしてしまっているので、お店としてはちょっと問題である。
「はふぅ…、わたしも《身体強化》を学んだ方がいいのかなぁ」
廃棄品の中でも重たい物が詰まった箱を運び出してフィリアが息を吐く。
彼女は魔法使いだけに魔力の使い方には慣れているのだが、それに対して生命力の運用には不慣れなのだ。
生産系のスキルに関してはまだ体内運用が単純なだけに問題ないのだが、戦闘系や《身体能力強化》のような補助系はまったくできない。
速度上昇などは風魔法で代用可能だが、腕力に関してはそうもいかないのが面倒なところか。
「ええっと、あとはー……」
フィリアが次の荷物に取り掛かろうとした時に、家の呼び鈴が鳴らされた。
普通なら家の裏手にいる彼女には呼び鈴の音など聞こえないのだが、急なお客に備えて魔法で少しばかり細工をしてあるので、倉庫からでも音が聞こえるようになっている。
「お客様? お店閉まってるのに誰だろう? っと、その前に…【ヴィヴィ 2003 赤の箱】」
フィリアは倉庫の扉を閉じてから、侵入者防止用の魔法発動コードを呟いた。
無事に魔法が発動されたことを確認したフィリアは、はーいと聞こえないながらも返事を返して、パタパタとフィリアは家に小走りで戻る。
玄関まで行って、覗き穴から誰が来たのかを確かめると、彼女は急いで扉を開けた。
「レミさん!? どうしたんですかっ、まだ入院中だったんじゃ!」
「フィリアさん、数日ぶりですね。今は忙しいですか?」
扉の前に立っていたのはレミアータ。まだもう少しは入院しているはずの人物の姿に、フィリアは目を丸くする。
「あっ、はいっ。じゃなくて大丈夫です! 良かったらお茶でも出しますよ?」
「ありがとございます。それではお言葉に甘えさせて頂きましょう」
フィリアはリビングルームまでレミアータを通すと、早速お茶の支度を始める。
レミアータも慣れたもので、たまにフィリアの自宅に招待されたときに座る、いつもの椅子に付いた。
「ありがとうございます」
お茶とお茶請けを置かれてレミアータは微笑む。出されたお茶は香りの良い紅茶だ。
「いえいえ。ミルクと砂糖もありますけど、レミさんは使わないんですよね」
「はい。私は紅茶に関してはそのまま頂きますので」
「わたしは途中からミルクを入れたりするんですけどねー」
レミアータは実は貴族の娘だ。しかし、跡取りは別に存在するので、騎士になることには反対されなかったらしい。
ただ、貴族としてのマナーは学んだらしく、お茶の飲み方ひとつとっても優雅さがある。
「それで、レミさんはまだ入院してなくても大丈夫なんですか?」
それぞれがお茶を一口ずつ飲んだところで、フィリアは本題を切り出した。
「ええ、そうですね。正直に言ってしまいますと、もう2、3日は休んでいなさいと言われましたが、流石にこれ以上は体が鈍ってしまいますから。スキルは使えずとも、剣を振るくらいはできるので訓練は可能です」
「あはは、訓練は可能って言っても、休んでなさいって言われたら駄目じゃないですか」
レミアータはいつもは冷静だが、時々このように意味が分からないことを言ったりする。そこが愛嬌といえば愛嬌なのかもしれないが。
「それで、退院を早めてまでうちに来たのは何でです?」
「そうですね。単刀直入に言いますが、フィリアさん、貴女が王女殿下に貰ったベルトをなるべく付けるようにしてください」
「ベルトって、あの魔石の装飾があるやつですよね? なにか理由が?」
赤い魔石の付いたベルトを思い浮かべて、フィリアは首を傾げた。
正直に言って、あれは冒険者側の依頼をこなすとき用に調整してある。デザインこそ普段遣いでもおかしくないような物になっているが、装備類を取り付けるようにあちこちいじったこともあり、毎日使うには少々面倒だ。
「はい。実は今回フィリアさんを発見できたのは、あのベルトのおかげと言っても過言ではありません」
「え? ベルトで発見ってどういうことです? 確かにあの魔石は特定波長の魔石でしたが、そんな特徴は聞いたことないですよ」
婚約者に渡す特別な石という意味はあるものの、それも一般市民には馴染みのあるものではない。
まして、持っている相手の居場所を特定できるなんて機能があるなら、上級階級の皆様は今頃大慌てになっているはずだ。
「私も初めて聞いたのですが、アメジーナの一族では割と一般的な話だったようです。アルタットくんが言うには、特定波長の魔石から出ている魔力は例えるならば頑丈な糸のようなものらしいのです。
細くて少し確認した程度では弱々しく見えるそうですが、実のところ魔力を練りこんでいるらしく、その密度は相当濃いそうですよ。」
「う~ん…、なるほど。でも魔力の密度が濃いってことは分かりましたけど、それが何で居場所の特定に繋がるんです?」
「その波長は弱いもので数キロ。強いものに至っては数十キロに渡って観測できるそうです。波長の強い弱いは元の石の大きさによって変わるそうですが、ベルトについていた魔石は元がだいぶ大きい物だったようですね」
「―――つまり、あの波長を観測してくれたおかげでわたしは見つけてもらえたってことですか」
結論を聞いてフィリアは感心した。特定波長の魔石にそんな力があるとは思ってもみなかったのだ。
「アメジーナでは鉱石を合成するときに特定波長の魔石を混ぜ込むと、魔力の波長自体が鉱石同士を繋ぎ止める紐の役割を果たすらしくてよく使っていたそうです」
「なるほどー。今回はその偶然にほんとに感謝ですね」
もしアメジーナの一族がその技法を使っていなかったなら。
もしアルタットたちがそれを知らなかったとしたら。
今頃はまだ捕まったままだったかもしれないと、フィリアは本当にこの巡り合わせに感謝していた。今なら本気で神様を信じてもいいかもしれない。
「とは言いましても、そう簡単なことでもなかったのですが」
どこか遠いところを見るような目でレミアータは溜息をついた。
「どういうことです?」
「特定波長で居場所が特定できると言いましても、その波長自体がどんなものか。そしてそれを追える人間はいるのか、というのが最大の問題点でした」
「あ、そういえばそうですね。どうしたんですか、そういうの」
「王宮に連絡を取って、人員を確保してもらったのです。波長の特定自体はシャールロット殿下に個別に連絡を取って頂いて、石のオリジナルを用意してもらって解決しました」
さらさらと述べる内容にフィリアは目を見開く。まさか王女様に直接連絡を取るような大事になっているとは思っていなかったのだ。
いくらシャールロットと友人であるとはいえ、その関係はあくまで非公式のもの。そして自分は冒険者であることを考えれば、今回の動きは異例と言っていい。
「皆さんにはご迷惑をおかけしてしまったんですね……」
「仕方がありません。それにそこまで気に病む必要は無いでしょう。殿下は友人を助けることは当然だと仰っていましたし、波長を追ってくれた魔法研究室の面々は実に楽しそうに作業していましたから」
慰めてくれるレミアータに、しかしフィリアは机に突っ伏すような形で落ち込む。最近はどうにも失敗ばかりの内容で、落ち込む具合に拍車をかけていた。
「……色々と大変でしたが、結局はフィリアさんを心配している人間は多くいるというわけです。皆に何かを返したいと思っているなら、きちんと自分の身を心配することが一番良いでしょう」
フィリアの戦い方などは慎重そうに見えて、意外と危険なやり方だ。それを改善するように、とレミアータは釘を刺す役割を負ったわけである。
「………そう、ですね。そうですよね、今回のことで嫌になるほど実感しました」
「はい、気を付けてください。―――あ、それともしそれでも足りないと考えたなら、手紙くらいは届けますから仰ってくださいね」
にこりとレミアータは実に楽しそうに微笑んだ。
「とりあえず今のがベルトを普段もつけて欲しいっていう理由ですか」
「ええそうです。実際今回の事件の犯人も確保できていませんから、万が一、またフィリアさんが攫われたときに対処をしやすくするためですね」
レミアータの心配ももっともだ、とフィリアは話を聞いてしっかりと頷いた。
遅くなってしまってすみません…。




