退院と報告へ
病室でさらに2日過ごしたが、検査以降は目立った事は何もなかった。アルタットやメイルディアはもとより、レミアータとも会うことはできていない。
アルタットとメイルディアは怪我こそ少なかったが、逃げ回っていた期間の精神的な疲労が大きかったこと。そして、何よりも今まで詳細不明だったアメジーナの一族であるという点が重要視され、警護が厳しくなっていることが会えない理由だ。
レミアータについては治癒薬での強引な怪我の治療が目立ち、それにより体内の生命力の巡りが悪くなっていて会うことができない。つまりフィリアと同じく、ほぼ面会謝絶で入院中というわけである。
そんなこんなで、一番最後に助け出されたフィリアが最も早く退院することになった。
彼女もレミアータと同じような症状が出ていたのだが、日頃から体内の魔力、生命力の操作に意識を向けていたので、回復が幾分か早かったわけだ。
「それじゃ、お世話になりました」
「はい。これからはもうちょっと身体にも気を配ってあげてね」
医療塔の出入り口で、自分の担当についてくれていた主治医の女性――名前をリーネシア=ミュリファという、に頭を下げる。
フィリアの礼を受けながら、リーネシアが冗談混じりに笑みを浮かべた。
「あ、それと、アメジーナの子たちのことだけれど」
「は、はいっ」
顔を上げたフィリアへ、思い出したようにリーネシアが重要なことをさらっと口に出す。
フィリアとしても、あの兄妹がどのような扱いを受けるのかというのは口に出さないだけで気になっていた。
出会ってからまだ短い時間だったとはいえ、それでも護りたいと思うくらいにはなっていたのだ。気になっていても当たり前だろう。
もちろんアメジーナの一族ということで、悪いようにはされないとは思ってはいるが、心配なことに変わりはない。
「それで…、ふたりはどうなるんでしょうか?」
「そうね、期待させておいて申し訳ないんだけど、まだきちんとした待遇は決まっていないの。ただ、陛下は王都に残ってもらって技術を磨いてもらいたいと考えているそうよ。議会の方も、まだ未熟な人間を積極的に使おうとは思っていないみたい。だからね、たぶんだけれど王都の鍛冶屋で修行をさせることになるかもしれないわ」
「鍛冶屋で修行ですか。それならアルくんも頑張れるかも」
アルタットが父親の跡を継ぎたいと思っていることは、ちょっと見ていればすぐに分かる。父親を心から尊敬しているからこその想いなのだろう。
「そのあとは国専属の鍛冶師になるかもしれないけれど、まだ若いからそのあたりは追々、ね。妹さんの方もお兄さんと同じところに住めるようには手配するそうよ」
「そうですかっ。良かったぁー」
素直に話していることはないだろうが、アメジーナの鍛冶師としての力が無いメイルディアのことは、アルタットの事以上に心配していた。
アルタットに対する人質のような立場で、引き離されていたこともありえた。最悪の場合だと、アメジーナの力を持つ子供を産むことができるメイルディアは、どこかの貴族に嫁がされて子供を産むことを強要されることもあったかもしれない。
それらのようにならなかったのは、王族の力が議会よりも強かったからだ。そして現王、リュシオル=エイン=リフェイルが温厚な人柄だということも大きい。
つまるところ、メイルディアは人質としての意味合いは確かにあるが、ふたりを一緒に住まわせるというのはかなり良い扱いと言えるだろう。
「住む場所とか詳しい処遇が決まったら王宮から連絡が行くそうよ。だから貴女はもう少しゆっくり休みなさい。退院するとは言っても、お店を開けるのはあと1日2日は待つこと。いいわね?」
「うぅ、はい…」
お客さんには申し訳ないが、ドクターストップがかかっては仕方がない。
フィリアは一旦帰ってから、そのあと改めて依頼の報告と足りない物の買い出しに出ることにした。
正直、まだ本番ではないとはえ、季節は夏になっており、家に残しておいた食材の安否が大変きになるところだ
日持ちのしない薬剤などの商品もおいてあるので、店の損害もそれなりに出ていると覚悟したほうが良いかもしれない。
幸運だったのは、目が回るほどの高額な医療費がかからなかったこと。これは近うちに王宮の魔法研究室に出向いて、数日間働くことと引き換えに安くしてもらった。
「リーネシア先生、ありがとうございました」
「はい、お大事に」
改めて、軽く頭を下げてからフィリアは医療塔に背を向けて歩き出した。
城門で警備している衛兵に身分証明書と、退院書類を提出して確認の上で城から出してもらう。
そのまま自宅兼お店に向かって中央通りを抜けていく。途中の脇道に入り込んで、そこから細長い路地を抜けた先に数日ぶりの我が家が見えた。
「はぁ~。帰ってきたよー」
予定していたよりも長い外出になってしまった。おかげで店の前に砂やら何やらが溜まってしまっている。
明日にお店を再開するにしても、まずは少しばかり掃除しなければならないだろう。
「だけど、それより先に依頼報告っと」
ブルガリ商会の方にはすでに連絡を入れてくれているらしい。とはいえ、それで報告が遅れていいというわけでもない。なるべく早くに品物の受け渡しなどはした方が良いのは当たり前だ。
フィリアは家に入って、予備の冒険者時の装備に着替えると改めて家を後にした。来た道を引き返すように、再び中央通りに出ると真っ直ぐに冒険者ギルドに向かう。
昼時を過ぎているので、大体の冒険者は既に仕事で街を出ている。わりと空いている集会所を抜けてカウンターに足を進めた。
「コーネリアさんっ、こんにちは」
「あらっ! フィリアちゃんじゃなーい。入院したって聞いていたのだけれど、もういいのかしら?」
ギルドカウンターの顔なじみ、実際のところは友人と言っても差し支えない付き合いがあるコーネリアに話しかける。
今日はどうやらカウンター業務の日だったらしい。フィリアとしては、当たりの日だ。
だが、入院のことを知られているとは思わなかった。さすがに自称情報屋なだけはあるかもしれない。
「はいー。もう大丈夫ですっ。あ、でもまだお店はダメだよって、お医者さんには止められてますけど」
「そうなの? それなら無理しちゃダメよ? 私も心配なんだから」
「えと、ありがとございます」
心配していたというのは本当のことだろう。軽い調子の中にも気遣いが感じられた。
「それで、今日は何の御用かしら?」
「あっと、そうそう。そうでした。今日は依頼の報告に。ブルガリ商会様から受けていたアンバル鉱石の採掘と運搬の完了報告をしたいのですが」
「えーと、ちょっと待っててちょうだいね。えっと、――――ああ、これね。あったわ」
依頼書を確認したコーネリアが、クエスト受注用紙の写しをカウンターに置く。
「受け渡しには依頼者のブルガリ商会から確認する者を立ち会わせること、ってあるからちょっと依頼者に連絡するわね」
コーネリアは手際よく脇に置いてある伝音器と集音器を引き寄せると、商会のナンバーを入力する。
1コールで繋がった場所に、これまた簡潔に用件を述べて確認者を呼び寄せた。
「今から来るそうだからちょっと待ってちょうだい」
「はーい。ありがとうございます」
フィリアはカウンターの横にある椅子に腰掛けると、コーネリアと他愛もない雑談に興じた。
忙しい時間帯だと、ゆっくり話している時間もないのだが、今は空いているので問題ない。
そうして数十巡も話していると、ギルドにブルガリ商会の制服を来た男性と女性のペアが現れた。
女性の方は、依頼の詳細を聞きに来たときに説明をしてくれた相手だ。
フィリアがふたりと挨拶をすると、コーネリアが見計らったように個室へと3人を案内する。そこでバッグから取り出したアンバル鉱石を並べて、状態と質、そして量の確認が行われた。
結果として、どれにも問題はなかったが、依頼期間ぎりぎりとなってしまっためにボーナスは無し。ただ、報酬が減ることもなかったのには安心した。
スムーズに受け渡しと報酬の受け取りを終了したフィリアは、コーネリアに礼を言ってギルドを出た。
コーネリアは。近いうちにまたお店に顔を出すと言っていたのでお茶菓子でも用意しておくのもいいかも、とフィリアは背中を伸ばす。
「買い物が終わったら良い時間だね」
夕焼けに赤く染まる空を見上げて、フィリアは商店が並ぶ区画に方向を変えた。
遅くなりましたっ!




