思い出す希望
フィリアが蛇の男に邂逅する数刻前に時間は遡る。
平原でアルタットとメイルディアのふたりと合流したレミアータは、伝音器を使って連絡を王都の騎士団と連絡を取っていた。
その伝音器と集音器は元々、フィリアの物だ。崖から3人が落ちる前にレミアータが借りていたものである。
不幸中の幸いか、アリヴィードとの激戦で、外装はぼろぼろになってしまったが、通信機能自体が壊れることは無かった。
『それで、フィリア師は敵に捕縛されたってことかい?』
伝音器の向こうから聞こえるのは、カイオールの声だ。
団長のアームズは、南で大量発生している大型魔物の討伐遠征で王都を離れている。そこで今の責任者は副団長のカイオールとなっているわけだ。
カイオールはレミアータから聞いた状況から、何かしらの手を打つことを考えていた。
「これは予測でしかありませんが、アルタットくんたちを狙っていた相手は、私たちを襲撃した相手と同じ格好をしていました。
そこから考えて、指示を出している相手も同じでしょう。それならばフィリアさんは殺さずに連れ去ったと考えた方が妥当かと思います」
『なるほどね……。だが、彼女の遺体を確認したわけではないだろう?』
「……はい。フィリアさんが消息を絶った位置にはまだ向かっていません。私自身のダメージも深く、また、保護したふたりをこのまま置いていくわけにもいかないと判断しました」
カイオールの放った『遺体』という単語に、最悪のことを想像してしまって、レミアータは一瞬だが言葉に詰まった。
本当ならば今すぐにでもフィリアと別れたという場所に向かいたい。そしてそこで何か手がかりを掴めたら、とレミアータは焦っていた。
『焦るなよ、レミアータ。今回の君の判断は正しい。すぐに近くを巡回している団員に連絡を回すから、君たちはそこで待機だ。いいね?
ロニール師にも協力を仰ぐ。彼女は王女殿下の恩人でもあるから、放っておく訳にはいかないからね』
戒めるような口調で自制を促すカイオールの指示を聞いて、レミアータは歯噛みしつつも了解と返した。
確かに今、彼女が動いても事態は何の進展もしない可能性の方が高い。それどころかさらに悪化することもあるはずだ。
それくらいのことを考える冷静さはレミアータにも残っていた。
『一旦通信を終了する。30巡ごとに定期連絡をしてくれ。もちろん何か緊急なことがあった場合や重要なことに気付いた場合も同様だ。それでは、一時通信を終了するよ』
「承知しました。通信を終了します」
その言葉を合図に、伝音器からの音声は途絶えた。
「レミ姉ちゃんっ。フィリア姉ちゃんは大丈夫だよな?」
「……ここで、待つ?」
通信が切れたと同時に、今まで邪魔にならないように黙っていたアルタットたちがレミアータを質問攻めにする。
「……近くで巡回している騎士が応援に来てくれます。それまではここで待機となります。それと、フィリアさんはきっと無事です。彼女を信じましょう」
最後の言葉だけは、レミアータのそうであって欲しいという願いが含まれていた。
アルタットたちもそれに気付いて不安そうになったが、指摘せずに黙って頷く。
「応援さえくれば、フィリアさんと別れた場所の様子も確認できます。それに王都の方でも宮廷魔道士の方が搜索に協力をしてくれるそうですから、きっと大丈夫ですよ」
「……宮廷、魔道士さん? フィリアお姉ちゃんみたいな不思議なことができる人?」
宮廷魔道士という聞きなれない単語にメイルディアが首を傾げる。
その様子にレミアータは知らなくても仕方がないのかと納得した。なにせ彼女たちは山奥に住んでいる秘された一族である。世情に疎いことも理解できた。
「ええ、フィリアさんは魔法使いです。魔法使いの方々は、数は少ないですが確かにいます。そして、その中でも王宮で魔法に関する役職を貰った方々を宮廷魔道士、という呼ぶのですよ」
「……すごい?」
「はい。きっとすぐにフィリアさんを見つけてくれます」
レミアータは、フィリアの身を心配するメイルディアを安心させるように微笑んだ。
不安な子供を安心させることは、騎士としてはもちろん、今ふたりの傍にいる唯一の大人としての彼女の責任でもあった。
「……うん。きっと大丈夫」
レミアータの笑みを見て少しは安心したのか、メイルディアはほっと息をつく。
「ひとまず休みましょう。応援が来た時に動けないとなっては意味がありませんから」
「……うん」
「分かったよ、レミ姉ちゃん」
3人は近くにあった背の低い木の傍に寄ると、そこに腰を降ろした。
「眠たいのでしたら、寝ても構いませんよ。警戒は私がしていますから」
日が沈んだとはいえ、寝るにはまだいくらか早い時間帯だ。しかし、いつから追われていたのか分からないが、アルタットとメイルディアは相当に疲れているはずだ。
現にメイルディアは、レミアータの提案に首を振りながらも目をしょぼしょぼとさせて、今にも寝てしまいそうになっていた。
「メイ、無理しないで寝てろよ」
「……。ん」
アルタットに頭を撫でられながら言われて、メイルディアはようやっと頷く。そのまま兄の肩に頭を預けて目をつぶると、あっという間に寝息が聞こえてきた。
「アルくんも疲れているでしょう。眠ったほうが良いのではないですか?」
「俺は大丈夫だよ。それに、全部レミ姉ちゃんに任せるのは俺が嫌なんだ」
強がっていることは丸分かりだったが、レミアータはあえてそれ以上何も言わなかった。
「それにしても、何か手掛かりが見つかれば良いのですが……」
眠っているメイルディアの顔を眺めながら、レミアータが溜息を零した。
「手がかりって言ってもなぁ……。あいつらどっから来たのか全然わかんなかったし、なんもしゃべんなかったんだよなぁ」
「そうですね。基本的に魔物は人語を解しませんから、仕方がないと言ってしまえばそうなのかもしれません。せめてあのゴレムスたちに指示を送っていた輩に繋がるものがあれば良いのですが」
レミアータがふと漏らした言葉にアルタットは何か引っ掛かるものがあった。
「んん? 繋がる…?」
様子がおかしくなったアルタットにレミアータが首を傾げる。
「何か思い出したのですか…?」
「ちょっと、ちょっと待ってて。何か思い出せそうなんだ」
何か手掛かりがあるか、とレミアータは表情にこそ出さなかったが、一変に気持ちが高まってきた。
アルタットもその気になることを思い出そうと顔をしかめながら、自身の記憶を辿る。数追の沈黙、そして彼は辿りついた。
「ああっ!!」
「……わっ!」
突然の兄の奇声に眠ったばかりだったメイルディアが飛び起きる。
「……お兄、どうかした?」
「アルくん、何か思い出したのですねっ」
詰め寄るふたりに、アルタットは何度も首を縦に振る。
「そうだよっ、忘れてた! 魔石だよ!!」
アルタットの声に、寝ぼけ眼だったメイルディアも瞳を大きく見開いた。
「……あっ、特定波長魔石」
「そう! そうだよっ、それがあんじゃんかよぉー!」
表情を明るくしたふたりが、顔を合わせてはしゃいでいる様子にレミアータが慌てる。
「ちょっ、ちょっと待って下さいっ。おふたりが何を言っているのか分からないのですが」
「ああ、レミ姉ちゃんっ! あったんだよっ、手掛かり! それもとびっきりのさ!!」
レミアータの瞳を見つめて、アルタットが希望に満ちた瞳を輝かせた。




