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六畳一間のなんとやら(短編)

作者: いずも閑人

暇つぶしに書いた作品です。

※この作品はフィクションです。実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません。


 「―――さて、どうする」

 たまに学校に行きたくなくなる時がある。

 いや、たまに――いや、ここ最近は何かにつけて学校を休もうかと考えていることの方が多くなってきた。それは例えば寝坊して遅刻しそうになったとき、または出席したくない授業のある日だったり、そうでなくても特に何もない日も、とにかく学校を休む手立てを考えていることが多くなった。熱がある、おなかが痛いといった体調不良をそれにする時もあれば、開き直って寝坊したとか道行く人を助けていたとか、産気づいたおじいさんを助けていたなどと論理的に矛盾しているものまで滅茶苦茶にでも理由をつけて学校に行かなくても済むように、また遅れてやってきてもそこまできつく言われないような言い訳を考えている。

 しかし、これが高校生ならまだしも、二年生過程の専門学校に通っているという場合では、一日学校に行かないだけで大きく進捗具合に影響する。

 専門学校はその道の専門技術を少しでも多く学び、その能力と技術を証明できる資格の取得を目指すことに比重を置いている教育機関だ。また学校の知名度を上げるのに有効な就職率、就職内定率を上げることにも力を注いでいる。そこに通う学生は資格取得や技術の獲得のために日夜勉強している。カリキュラムももちろんそれに合わせたものを採用しており、一日休むと次の日には思いもよらないところまで内容が進んでいるなんてこともザラにある。一年生の時点ではまだ基礎的な部分しか勉強しないので数日休んでもすぐ遅れを取り戻すことができる。だが、二年生ともなると応用も兼ねた勉強内容に変わっていくので一日の差が非常に大きい。ここで差を取り戻すための努力も何もしなければ資格取得どころか授業についていくことさえ難しくなる。

 なのに僕はこうして学校をさぼっている。

 まだ成績優秀で一日の遅れをあっさり取り戻せるだけの地頭と図太さがあるか、すでに企業から内定をもらっているか、高位資格でもあれば学校をさぼる余裕もあるだろうが、残念ながら僕はそこまで優秀でもなければ図太くもない。内定を貰ってもいない。おまけに成績は下向の一途をたどっており、資格ひとつ取得するにも苦労している状況だ。

 つまり落ちこぼれたのである。

 部屋にぽつんと置いてある四角いデジタル時計の数字を見た。そろそろ二コマ目が終わる時間帯だ。今ならまだ、学校へ行っても遅れた分は取り戻せそうな時間だ。

 ――――――と、一コマ目の始まりと終わりの時間の時も思った。

 正直言うと、今から学校に行きたくない。

 何故なら今から学校に行くと、遅れてやってきた言い訳を考える作業が生じる。また、僕が所属しているグループにだだっ広い休憩室か教室の掃除を命ぜられるからだ。教室の決め事で、遅刻者がいればその遅刻者が所属するグループが掃除をするという決まりになっている。そうなると、「お前が遅刻したせいで掃除することになった」という嫌な目線が刺さる目に遭う。この決まりさえなければ、言い訳を考えるのも少しは楽になる。

 しかしこれではまるで高校生活の場が専門学校に移っただけだ。自主的に勉強するために入学した学校でこんな子供みたいなクラスの規則を設ける意味は講師の自己満足以外にあるのだろうか。ない気がする。

 なぜ、十九歳の学生の自主性を重んじないのかはなはだ疑問だ。

 このあたりは自主性があればかなりの範囲で好き放題できる大学生がうらやましい。

 大学生は時間は有り余っているうえ何回か講義をすっとばしてもそこまで文句は言われないし、単位さえ落とさなければ大卒というカードを手に入れられる。拘束されない自由とは羨ましいものだ。もちろん大学や学部にもよるだろうが。

 遅刻しても何も言われることはないなんてなんと素晴らしいことか。

でも、それぐらいなら最初からさぼらないで時間通りに学校に行けよ。という意見。

 ごもっともです。

 まあ、いつもならまた何か理由を考えて休んでしまうところだが、残念ながらこの日はそうはいかない三つの事情がある。

 まず一つは携帯電話。

 阿呆なことに、携帯電話を教室に忘れてしまったのだ。

 端末には個人情報をはじめあまり人に見られたくないデータが山ほどある。お気に入りには何件か他人に見られたら社会的に終わりそうなページをブックマークしてしまっている。が、そんなことはあまり問題ではない。僕の懸念は携帯電話の着信音だ。おそらく端末はマナーモードに設定されているとは思うが、うっかり設定し忘れて授業中にメールや電話の着信音が教室中に鳴り響くなんてことがあったら大問題だ。休んでいても迷惑をかけるはた迷惑者になってしまう。しかも、学校への連絡手段がないということはこの二コマは無連絡無断欠席として扱われてしまう。無連絡無断欠席は就職を控えた二年生過程の二年生の就職活動に大いに影響するだろう。ゆえに迅速に携帯電話の回収に乗り出す必要があるが、こちらから友人に端末の確保を頼みたくても連絡が取れない。それすなわち自らが学校に出向く以外に回収する方法はない。

 もうひとつはアルバイトだ。

 僕は家の近くのコンビニでアルバイトをしている。時間帯は夜。問題なのは、科のクラスメイトの一人がバイト先と同じ市内で一つ離れた区域に住んでいることだ。その距離直線距離で約四〇〇m。行こうと思えば行けなくもない距離だ。さて、そのクラスメイトが体調不良で学校を休んでいた奴が元気にコンビニで働いている姿を見てどう思うか。僕に待ち受けるのは最悪のパターンだ。とりあえずクラスメイトとバイト先に冷たい目で見られ、間違いなく学校にも知れ渡るだろう。これを回避するには学校の人間が来店しないか、特に体調は悪くないが体調の悪さを装って誰かに出勤替わってと頼むか、今からでも学校に行って元気な姿を見せることしかないだろう。

 三つ目は、今月末に決まっている企業へのインターンシップだ。

 結構な手順と手間をかけてやっと獲得した企業のインターンシップ、しかもその企業はかなり優良そうな企業で、できることならそちらに就職したいと思えるぐらいの。そんな企業のインターンシップ参加権を獲得している自分が学校を無断欠席していると企業に知られたらそこでも白い眼で見られ、就職はまず不可能だろう。それを避けるためにはとにもかくにも学校へ行き勉強しなければならない。学校に行って言い訳でもなんでも話せばダメージは抑えられるのだから。

 こうしてみると、学校をさぼるメリットよりデメリットの方が大きいうえ面倒事が多い。

 それをわかっていて、なぜ僕は学校を休もうとかたくなのか。

 理由は簡単、先のとおり、「お前のせいで」と言われるのがいやなのと、いちいち言い訳を考える作業が面倒なのと、先生からそれを突っ込まれ説教されるのが嫌なのだ。

 それと、このまま休めばとりあえず時間だけはできるので、本を読むなりDVDを観るなり好きに時間を使いたいとも思っている。

 僕は他の人より劣っている自覚はある。どうせ劣っているんだから一日学校に行かなくったって状況は大して変わらない。学校に行ったところで授業よりネットに集中する、ならば学校に行こうが行くまいがやることは同じ、それなら時間は自分の好きなように使ってしまいたいと開き直っている部分もある。

 論理的でもなんでもない感情の赴くままに行動する、まるで小さな子供のようだ。

 いや、まだへらへら笑って理由を話してごめんなさいと素直に言える子供の方がまだマシか。

 こうしている間にも三コマ目の終わりが近づいている。

 今からなら、まだ間に合うかもしれない。

 それでも僕は学校へ行きたがらない。どうも僕は行動することに対しての損得勘定や物事の優先順位をつけられる人間ではないらしい。面倒だ、いやだという感情が先行してしまいすぎている。この場合、言うまでもなく学校に行くことが優先順位も損得勘定の観点からも最もいいものだろう。が、それでも行きたがらない僕は果たしてなんなのだろうか。

 そういえば、優先順位について高校時代の部活の顧問に言われたことがあった。

 かつて僕は高校時代、陸上部に所属していた。その時の先生から「優先順位をつけて動け」「お前は自分に酔っている」と言われたことがある。

 先生すみません、まだ優先順位を付けた行動ができません。

 あとまた、こうやって自己分析みたいなことを数時間かけて行っている僕は相当酔っているに違いない。なるべく長く酔えるように呑んだくれは次々とちびちびと酒を呑んでいく。やがてやってくる二日酔いも、泥酔も気にしないままに。

 やってきたときは自分の愚かさを恨むも時すでに遅し。

 呑み過ぎた酒を抜くには薬がいるか、痛い目を見ないと酔いを後悔できないのだ。

 さて、どうする。

 一応、いつでも学校に行けるように支度も着替えは済んでいる。

 途中からやってきてまあいろいろ言われるだろうが、遅れた言い訳もすでに考えてある。

 逆に服を脱いで文庫本を手に取り読書する優雅な自分の時間を過ごすだけの用意もできている。

 これだけの時間があったのだ、一日休むだけの言い訳はそのうち思いつくだろう。

 学校へ行くと面倒で憂鬱でついていくのがやっとな勉強の時間が待っている。

 このまま休めば明日言う今日の言い訳が面倒になる代わりに優雅な時間が待っている。

 行くか?

 休むか?

 あれこれ悩んでいるうちに、デジタル時計がとうとう三コマ目の終わり頃の時間を表示した。四コマ目が終われば昼休みに突入だ。引き返せるのもそのまま無視して進めるのもおそらくこれがラスト。

 さて、どうする?




後日談―――死亡フラグ乱立中―――



 結局、あれこれ悩んでいるうちに4コマ目に間に合わなくなる時間にさしかかった。仮に四コマ目に学校にやってきたところで授業は残り二コマしかないし、昼休みに登校するなんてことはそれはそれでさらに気まずい。だったらいっそこのまま学校に行かず、体調不良ということで休んで明日どうにか頑張った方がいいと結論を出した。

早い話が後回しである。

 ちなみに登校した場合の言い訳は「おなかを下していた。薬を飲んで安静にしていたら治ったので登校しました」で通すつもりだった。前回「気絶していた」で通したことがあったので、それに比べたらこれはまだマシな部類であろう。

 五十歩百歩とか言わない。

 というわけで、堂々と学校をさぼった僕は早速ゲームの電源を入れた。おい、本を読むんじゃなかったのかよと言われても、気が付けば体が勝手に動いていたのだからどうしろというのだ。結果、あっさりとラスボスと対面する場面までは進んだものの、ボッコボコに叩きのめされてしまったが。

まあ、ラスボスと初めて戦って負けるのはよくあることだ。あまり気にしてはいない。

 適当にゲームを終えると、携帯電話をどこに置いたか探し出す。そういえば携帯電話は学校に置きっぱなしなことを思い出した。誰も触っていないといいが。仕方ないのでパソコンの電源を入れ、適当にサイトを閲覧する。おいいつ本読むんだよ、と言われてもこの時すでに本を読む行為をする気が失せてしまっていた。適当に適当なサイトを閲覧して、学校でもたぶんやってることは同じだろうなーと思いながら堕落した時間を過ごした。

 それからはどこから出てきたのか、身体に疲れが出てきたので一,二時間ぐらい睡眠をとり、適当な時間に起きてアルバイトに出た。学校関係者や知人は来店してこなかった。

 そんな時間を経て今に至る。

ようやく文庫本を手に取り優雅な読書タイムをエンジョイしている現在の時刻は午前三時。アルバイト終了後に急に読書欲が湧いてきたのだ。

 ああ、読書は素晴らしい。

 時の流れも肉体の疲れも吹き飛ばし物語の世界へと精神を導いてくれる。物語の中で起きた出来事にいちいち心を躍らせ、あとがきの最後の一文を読み読後感を味わう。読書のだいご味だ。

このままもっと本を読んでおきたいところだが、流石に明日は学校に行かなければならない。

 携帯電話の回収に、授業の遅れの挽回、あと就職への影響を抑えるために。

 だがしかしこの時間。深夜三時を回った時間で寝て、果してちゃんと起きて学校に遅刻せず登校できるのかはなはだ疑問である。下手をすればまた遅刻して二連荘もありうる。

 でもまあこのぐらいどうにでもなるだろう。

 最大の問題は、この日欠席した言い訳をまだ考えていないことだから。


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