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ようこそ、異世界へ


誤字脱字など、気が付きましたら報告お願いします。


 「無事で無傷なのが一番なのに……なんだろう、この気持ち……」


 そんな呟きが、黒髪の青年、玲の後ろから聞こえてきた。振り返ってみると1人の少女、フェルがなんとも言えない顔で立っていた。


 容姿が整った美しく金色の髪と碧色の瞳がとてもよく似合う。そして黒いマントが白い肌をより一層白く見せている。


 「……

 (うぉ、本当にこんな綺麗な人いるんだ……)」


 玲は心の中で呻く。フェルの服装の事をスルーする辺り、彼の思考回路は少しショートしているのかもしれない。


 「えっと、こんにちは?」


 黙っているのはマズい、そう判断した玲は直ぐに返事を返した。


 「聞かれても困るんだけど」


 「……」


 どうやら玲はファーストコンタクトの取り方を間違えたらしい。彼の額に、冷や汗が浮かぶ。


 少しの間、沈黙が続く。

 「……ま、無事そうで何よりね。大した怪我も無いようだし」


 その沈黙は長くは続かず、フェルによって話は再開した。


 「え? あぁ、そういえばそうですね……」


 玲は言われてはじめて気付いた、400m上空から落ちて無傷ということに。鈍感過ぎるだろう。

 いや、鈍感というより天然と言ったほうが良いかも知れない。


 「そう言えば、貴女の名前は?」


 「人の名前を聞くときは自分から名乗るものじゃないの?」


 話をしようとした玲だか、再び失敗したようだ。

 全くこの男は常識などがなっていない。


 「ぁあ……、すみません。僕の名前は……」


 「ちょっとストップ」


 「は、はい!?」 


 また何かしてしまったのか!? と頭を抱えたくなる玲。ビビりまくる玲を見て、呆れながらフェルは言う。


 「とりあえず、その丁寧な口調やめて欲しいんだけど」


 「……はい?」


 「それよ。今後、私に対してそんな畏まらなくて良いから。そんなに偉くないし……」


 フェルが少し顔を赤くする。どうやらフェルは先程ような扱いを受けた事が無いだけで、まんざらでも無さそうだ。


 「あぁ、ごめん。じゃあ普段の口調でいい?」


 玲は、少し迷ったが言葉を崩すことにしたようだ。


 「ええ、そっちの方が話しやすいし」


 「じゃあ改めて。

 俺の名前は大神 玲だ。」


 玲も慣れている口調に戻った効果があったのか、最初にあった緊張のようなものは無くなっていた。


 ここに来て、玲はようやく自己紹介を始める事ができた。



 「オオガミ レイね? じゃあレイって呼ばせて貰うわ」


 「うん、それで良いよ。ところで君の名前は?」


 「私の名前はフェル。

 ……ちょっと事情があって苗字は名乗れない」


 そう言ったフェルに僅かに影が出来る。

 玲はそれに気付いたが何も言うことは出来なかった。そういう事情に、出会って直ぐの人間が首を突っ込んでいい話では無いと判断したのだ。


 「……」


 会話が途切れ、空気が重くなる。


 「……えっと……、さて!

 そろそろここから離れましょう。さっき大きな音を立てちゃったから、魔物が寄ってるかもしれないし」


 フェルは少し重くなった空気を拭い去るように、明るい声を出した。

 玲も今はこれに便乗するしかなかった。


 「魔物?」


 「うん、最近この辺りに凶暴な魔物が目撃されてるの。そいつに襲われたりしたら一溜まりもないわ」


 「そっか……でもさ。多分、もう遅くない?」


 「えっ?」


 フェルは彼のセリフの意味が理解出来なかった。しかし、その意味は直ぐに分かる事になる。


 なぜなら、森の奥から体長5mにもなる巨大な狼が姿を表したのだ。

 毛の色は灰色で、毛並みのそれは柔らかそうではなく、むしろ全身を守る鎧の様な毛だ。


 「……嘘。なんでユドラルの森に《グランドウルフ》が……」


 フェルは思わず後退る。


 「グランドウルフってこの犬の名前?」


 緊張感の無い玲の質問にフェルは答えを返さない。いや、返す余裕が無いのだ。


 異世界の知識の無い玲には分からないが《グランドウルフ》は、この世界においてはかなりの上位種だ。


 《グランドウルフ》の戦闘能力はとても強い。その気になれば都市の1つくらい、一晩で壊滅させる程だ。


 だが、彼女の焦燥の理由はそこでは無かった。


 「(なんでユドラルの森に……!?)」


 グランドウルフは名前からもわかるように、草原に住む魔物だ。しかし、このユドラルの森には草原など無いのだ。また、グランドウルフは本来群れで行動する種だ。

 しかし、目の前には一匹しかいない。もしかすると見えないだけで、既に群れに囲まれているかもしれない。


 ゴクリ、とフェルが喉を鳴らす。緊張と恐怖で口の中がカラカラになる。

 周囲の音がまったく聞こえなくなる。逆に、自分の心臓の脈動がバカみたいに大きく聞こえた。


 『……グゥゥ』


 しかし、どうした事かその魔物は一向に襲ってこないのだ。そして周囲にグランドウルフが気配を潜めている様子も無いのだ。


 フェルが違和感を感じ始めた時、変化が生じた。

 グランドウルフが地面に倒れ伏せたのだ。


 「……あ、この犬、ケガしてる!」


 場違いなセリフに、フェルは危うくたたらを踏みそうになるがケガ、という言葉に反応した。


 倒れたグランドウルフの左の後ろ足を見ると、確かに怪我をしている。それもかなり酷い怪我だ。もはや二度と機能しない事は明白だ。


 傷口から推測するに恐らく、同じ種族の動物に食い千切られたのだろう。


 「……でも、一体どうして……?」


 グランドウルフは狼という種の中では最強の地位にいる存在だ。

 傷口から見て、傷を負わせたのは同種の動物。つまり狼だ。

 必然的にグランドウルフに怪我を負わせられる存在は同じ狼、つまりグランドウルフしかいない。


 このグランドウルフが群れの中での争いに破れたのならここにいる説明がつくが、しかしグランドウルフは仲間割れでここまでの怪我を負わせる事はないはずだ。

 だからフェルは目の前のグランドウルフがなぜこれほど怪我を負っているのか分からない。


 「……この狼、もう死んでる」


 フェルは狼に近寄り、体を触りながら状態を確かめた。

 それを聞いていた玲はポカンとした様子だ。


 「えっと、つまり勝手に死んじゃった?」


 「えぇ、とりあえず直ぐにここから離れましょう」


 フェルは周囲を見回す。もしかしたらグランドウルフに怪我を負わせた獣が、このグランドウルフを追ってこの辺りにいる可能性がある。

 勿論、色々疑問に思うところはあるが、まずはこの場所から離れるのが賢明だと判断した。


 フェルは箒に跨り、宙に浮こうとする。が、一向に浮く気配が無い。


 「……まさか……魔力切れ……?」


 どうやら、玲の安否の確認を急いだため、魔力を使い過ぎたのが原因だった様だ。


 「? どうしたんだ?」

 魔力切れの原因を作った張本人が不思議そうな顔をしている。


 「最悪よ、歩いて森を出なきゃならないみたい」


 「……俺は空を飛べないんだけどなぁ」

 フェルは玲を軽く睨んで歩き始めた。

 その後を玲は追う形で歩きだす。


 「……なんで着いてくるのよ……」


 フェルの忌々しげな質問に玲は


 「いや、だって俺、この世界に来たばっかだし」


 サラッと、爆弾発言をした。


 「……は? この世界? ……へぇぇ」



 「げ、ミスった!」


 玲はどうやら今になって発言の失敗に気付いた。

 フェルはダルそうだった表情を一転させ、興味津々といった感じで目を怪しく輝かせていた。


 フェルは魔女である。

 魔女とは自然のあらゆる現象を理解し、それを魔法として行使する種族だ。

 あらゆる自然の理解とはすなわち研究である。

 そんな彼女の前に謎の塊が表れたのだ。

 その表情はまるで新しい玩具を見付けた子供の様な表情だ。

 しかし、今となっては後の祭り。今更後悔しても遅いのだ。


 「さて、ちょっとその話聞かせてくれない?」


 「いや、でも多分信じれる話じゃないよ?」


 玲は本当の話を伝えて良いのか、と考える。そもそも異世界から来た、と言う突拍子も無い事を信じれるとは思わなかった。

 話そうとはしない玲を見て、フェルは大きな独り言を呟いた。


 「そういえば、私の家ね。部屋が1つ余ってるんだけどねぇ」


 フェルは、それはそれはとてもいい笑顔で、玲の顔を見る。

 行き場が無く、どちらが北か南も分からない玲に取っては、とてもいい条件だ。


 したがって……


 「お話しましょう、だから俺を泊めてください!」


 玲は一瞬で落ちてしまった。










 それからしばらく、玲は歩きながら自分が置かれた状況を説明した。


 「なるほど。つまりレイは神様の落とし物の回収を任されたのね?」


 「……その通りで」


 突拍子も無い話だ、とフェルは思った。確かに、玲が「信じれない」、と言ったのも頷ける。

 しかし彼女はそれを嘘だとは思えなかった。何故なら、見てしまったのだ。


 上空400mから落下して、無傷だった玲の姿を。

 またこの世界において非常に珍しいとされている、黒髪黒目の持ち主だ。それ以外にも玲はこの世界では存在しないだろうと思われる素材の服を着ていた。

 これだけの条件がそろっているのだ。玲の言っていることは恐らく本当なのだろう。


 「それじゃ、今度はそっちが説明する番だな」


 「え? ああ、そうね。ちゃんと聞いててよ」


 実は、玲は自分の話が終わったらこの世界の事を教えて貰う様に頼んでいたのだ。


 「まず、この場所。私たちが今いるこの森は『ユドラルの森』、と呼ばれているの。

 ここからじゃ見えないけど、この森の中心にはユドラルと呼ばれている世界樹があって、それがこの森の由来になってるって。


 私たちが今向かっているのは森の近くにある街。レクスっていう街よ。

 他に質問は?」


 一通り話し終えたフェルはどこか楽しそうだった。どうやら人にものを教える事が好きなようだ。


 「んっ……と。じゃ質問その1。

 今向かってる、レクスって街はどんなところ?」


 「レクスはギルド街よ。冒険者によって成り立っている街よ」


 玲はギルド、冒険者の単語に首をひねった。何の事か、さっぱり理解出来なかったのはもはや言うまでもあるまい。


 玲の様子を見て、大体理解したフェルは補足を付け足す。


 「冒険者っていうのは、ギルドに登録している人の総称よ。

 ギルドは……そうね。依頼を受けて、それを冒険者に解決してもらう。

 依頼人と冒険者の仲介をするのがギルドの役割よ。」


 フェルの懇切丁寧な補足によりどうやら理解出来たらしい玲は



 「なるほど。 ……じゃあ質問その2。

 フェルは冒険者?」


 明らかに今考え付いた質問をした。

 しかし、意外な事に的を射ていた質問だったようで、フェルは「へぇ、よく分かったね」と感心したようだった。


 「正解、私は冒険者よ。

 でも、つい最近なったばかりだからランクは最低のEなの……」


 どうやらフェルはランクがEと言うことが不満らしい、フェルはバツが悪そうに視線を逸らした。










 さて、そこから大体どれくらい歩いただろうか。


 お互いに異世界の話には興味があったのか。色々な話をしながら2人はひたすら歩いた。

 日がそろそろ暮れてきた。森の中はかなり暗くなっていたとき、ようやく街の灯りが見えてきた。

 灯火が見えた事に安堵したのか、彼らはそこで一旦足を休める。


 「……はぁ……やっと着いたわ」


 「あぁ、何時間歩いたんだろう……」


 フェルの方は疲労困憊といった感じだが、玲の方はまだ余裕がみられる。どうやら身体能力の上昇に伴い、体力も底上げされたようだ。

 「さて、後少しね……」


 「ああ、ようやくだなぁ……」


 お互いに苦笑いしながら再び歩きだそうとした、そのとき


 『グゲゲゲ!』


 と、いう奇声と共に奇妙な人型の生物が群れで表れたのだ。


 玲は、突然表れたその生物に対して生理的に嫌悪感を抱いた。

 全身が黄土色で頭が大きく小さな角が生えていて、また手足は細く短い。大きさは大体80cm程だろうか。


 「……ゴブリンか。魔力が切れてる時に出て来るなんて……」


 ゴブリンは単体の戦闘能力は低い。ある程度の武術を学んだ素手の人間でも、勝利することはできるだろう。


 だが、ゴブリンは常に群れで動いている。 個々の弱さを数で補う戦い方をするのだ。

 その厄介さ、欝陶しさは魔物の中でもかなりの物だ。


 「……」


 玲は、ゴブリンを警戒しながら足元に落ちている石を拾う。

 石にゴブリンの注意を引き付け、その内に逃げるという素人じみた作戦だ。

 しかし、現状ではそれ以外の作戦が取れない玲達だ。


 どうやらフェルも玲の意図に気付いたらしい。フェルは腰を落として、いつでも駆け出せるように意識を集中させる。


 ……ジリジリと、ゴブリンは近付いてくる。

 玲は恐怖を感じていた。

 玲は元々、普通の青年なのだ。このような命のやり取りは生まれてこのかた、一度もした事がないのだ。

 「(……ちくしょう、震えが止まんねぇ……!!)」


 初めての殺し合い。自分たちは逃げるだけだというのに全身から嫌な汗が吹き出す。


 タイミングをミスしたら? 奴らが石に気を取られなかったら? 石を大暴投したら? 


 ネガティブな思考が、頭の中をグルグルと駆け回る。

 1秒1秒が、嫌に長い。

 心臓が暴れ狂うように脈打っている。

 全身が麻痺をしているような、体に力が入りにくい。


 「(……だけどやらなきゃやられるんだ……こんなところで俺は死ねない、死にたくない!!)」


 玲は覚悟を決めた。ネガティブな思考を吹き飛ばすように、ただは自分のするべき事に集中する。


 足を肩幅よりやや大きくに開き、腰と背中、腕。

 その全てを連動させ、出来る限りの力で持っていた石をゴブリンに投げつけた。

 石は、玲の手元を離れ、狙い通りにゴブリンの頭に吸い込まれるように飛ぶ。

 そして……


 『ッゲバッ!』


 石の直撃を受けたゴブリンの頭が、首を離れ宙を舞った。


 「「……はい?」」

 フェルと玲はあまりの出来事に、逃げ出す事を忘れていた。


 どうやら玲の身体能力は玲本人が考えている以上に強化されているらしい。


 仲間の首が遥か後方まで飛んでいった事に、本能的に恐怖を感じたのか、ゴブリンは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 そして……


 数秒後には玲とフェルが、間の抜けた顔をして突っ立っていた。



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