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俺からチケット買ってくれ

 梅雨のはずなのにカラッカラの晴天が、俺の汗を搾り取る。

 南恵良和のライブハウス、ボートクラブ。マネージャーの小木さんは、中太りで笑顔のやさしいおっさんだ。

「今月は洋平くん見れないのかと思って、がっかりしてたんだよ」

 事務所で、小木さんが笑顔で迎えてくれた。

 中学時代から、俺たちは一ヶ月一回のライブをノルマとしていた。回数こなさないと、上手くなりっこない、という聡一の意見だ。

 ところが、先月のライブの後、来月、つまり今月の予約を入れようとして、当の聡一が待ったをかけた。

――新曲ができるまで待て。

 それで待ったが、けっきょく新曲は完成せず、苦し紛れのカヴァーだった、ということは書いた。

「一緒に組むバンドは、誰なんですか?」

 電話では、そんな細かいところまでは聞いていなかった。

 下手に超人気バンドと組まされた日には、やりきれない。多くの客の白い視線が気になって、俺は実力の半分も出ないに違いないし、トラウマになりかねない。全員がパンクバンドだったりしても同様だ。

 ちなみに、ボートクラブでは、一日四組のバンドが演奏をする。ラストは大抵実力派や人気バンドが出演し、俺たち小物は一番か二番だ。

 初出が中学生だったということもあり、小木さんには他バンドとの組み合わせにいつも苦労してもらっている。

「プライドとカゲロウ、それにワールドワールドチルドレン」

 肩の力が抜けた。

 前者二つは俺たちと同じ高校生バンドで、最後は多国籍と言うか無国籍というか、ジャズ、ラテン、ボサノバからロックまでこなす、超絶テクニックを持った百パーセント趣味というお兄さんお姉さんだ。三つとも、共演の経験がある顔見知りだった。

「でも、いいのかい? チケットさばくの、大変じゃないか?」

 キャンセルの出たのが来週の火曜日。あと五日しかない。

「大丈夫ですよ。せっかく連絡いただけだんだし」

 なんだか、小木さんは俺たちにやさしい。いや、小木さんにとっては俺たちは客だし、他のバンドにも同様に接しているが、なんだか俺たちには、特にやさしいように見える。

「ありがとうございます」

 軽く頭を下げたが、心の中ではもっと深く頭を下げた。

 こういう人を、裏方と呼ぶのかな?

「じゃ、これ、用意しといたチケット」

 小木さんは笑っていた。



 そう言えば、バンド名をまだ言っていなかった。

 茜色の空。

 それが俺たちバンドの名前。

「横文字なんか当たり前すぎてヤ」

 というあかねの発案による。

「それじゃ、あかね一人のバンドみたいじゃねぇか」

 という俺の反論に、当時中学生だったあかねは、発展途上の胸を張った。

「悪い?」

 このチタン合金め。開き直られると、さすがに歯が立たない。

 当時は別の中学だった俊介が、おずおずと間に入った。

「いいんじゃないかな、それで」

「どうしてだよ?」

「ボーカルは確かにバンドの顔だ。それに、あかねを限定しているわけでもない。茜色は夕日の色、情緒はあるよ。たしか、緋色とも言ったと思う」

「和風なのもいいな」

 今度は聡一が言った。

「ありきたりな英語並べるより、いいんじゃねぇか? だいたい、俺たちみたいなデキの悪い頭が、辞書ひっくり返して考えた陳腐な英単語より、身近な日本語で一発勝負だ」

「一発屋は嫌だ」

 俺の抗議は封殺された。

 かくして世にも珍しい和風バンド名と相成ったのだ。



 ライブハウスからは、千二百円のチケット五十枚を渡される。希望を言えばもっと刷ってくれるが、俺たちは五十枚売るので精一杯だ。

 このチケット代六万円を、出演代ということで、ライブ終了後にライブハウスへ渡す。売れなかったら、もちろん自腹。

 人気バンドなら、それ以上のチケットをさばいて、余剰分からギャラが出る。実にうらやましい。

 バンド内で内部分裂の起こる唯一の瞬間が近づいていた。

 俺は、小木さんからもらったチケットを手に、俊介の部屋へ向かった。

 ノルマは一人十二枚。二枚余るが、これは最終的に余力のある者へ回すと決めてある。

 俊介の部屋で待っていたメンバーが、固唾を呑んでチケットの分配を見つめた。

「一枚、二枚・・・・・・」

 四つに分けた束を前に、俺は時計を見上げた。

「十秒前。・・・五、四、三、ニ、一」

 ゴーの合図とともに、全員の手がチケットをふんだくった。

 脱兎のごとく、四人が部屋を飛び出していく。

 問題は友達の重複だ。

 チケットを買ってくれる友達は、たいがい、他のメンバーの友達でもある。こうなれば、早い者勝ち、先に十二枚完売させた者の勝ちだ。

 俊介には余裕がある。中学時代の友人というツテがあるからだ。だが、甘い。

 俺はソッコーで公衆電話に飛びついた。

 ――九十年代前半にはPHSや携帯電話がそれほど普及しておらず、俺も持っていなかった――

 ライブで知り合った、俊介の知り合いの女に電話をかける。

「もしもしー、俺、洋平。実は今度の火曜にライブがあってさぁ、え? ああ、そう、もう俊介から聞いた? いや、ならいいんだよ。絶対来てくれよ」

 別の男へ。

「もしもし、俺オレ、ほら、ライブ見に来てくれたじゃ・・・・・・あ、そう、もう俊介に聞いたの、いや、いいよ、はは」

 公平を期すために、俊介は自宅の電話を使ってはならない、というルールのはずだ。いったいどうして。

 はっ、として自分の友達関係に電話してみた。

 見事にあかねと聡一が売り込んだ後だった。



 しかし、そんな大騒動も、高校に入ってからは、ほとんど儀式にすぎない。

 けっきょく最後は、みんなチケットを買ってくれるのだ。

 高校にもなれば、バイトをして、ある程度の金を自由にできるようになるし、時間的にも束縛がなくなる、という理由だろう。

 ・・・・・・まあ、友達の多くは、中学時代から金も時間も自由にし放題だったが・・・・・・

 五十枚以上売れる時は、その分、ほんの少しずつだけど、買ってくれた全員にキャッシュバックしていた。

 俺たちの場合、チケットを買ってくれるのはみんな友達で、客ではない。無料ライブというわけではないけれど、俺たちが利益をあげるなんていう話はもっての他だった。



 問題は月曜日に起こった。


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