吸血鬼の見た空
――主人公の吸血鬼は、人間のフリをしながら、日本を旅している。
仲間の吸血鬼には、うまく人間社会に溶け込んでいる者もいたが、彼は人との付き合いがどうにも苦手だ。そんなわけで定住することもなく、ふらふらとあっち行ったり、こっち行ったり。
吸血鬼だから、昼間は、トンネルの中や橋の下という、あんまり日の当たらない場所で眠っている。起きているのは、夕方から翌朝までの、夜の間――
そんな話だった。
主人公が出会うのは、深夜の住人。コンビニの店員や、トラックやタクシーの運転手、暴走族に、ホームレス。どこかユーモラスで、なぜか切なくなるエピソードが並ぶ。
物語は途中で終わっているから、この主人公・・・・・・人間を見下しながら、どこかで羨望の眼差しを送る若き吸血鬼が、その後どこへ歩き出すのかはわからない。だが、途切れた部分までを読んでみても、人間的(?) 成長が窺える。
最後のページの、最後の一行の、最後の文字は、「 だった。この吸血鬼は、味噌をつけたきゅうりを差し出すホームレスのおっさんへ、なにを言うつもりだったのだろう。
絶対に完結しない物語。
聡一の人生と同じく、途中でぶつりと途切れたシロモノ。
なんとなく、わかった。今まで、この小説を読もうとしなかったワケが。未完の詩に対しても感じた違和感が。
未完の小説は、聡一の死の、象徴だったのだろう。
今になっても、友人の死を飲み込めていない。けっきょく、俺は逃げたいと思う前から、逃げていた。目を閉じ、耳をふさいで、全力で逃走していた。
人間的成長を遂げる吸血鬼の真っ正直さが、俺にはまぶしかった。
別に旅する吸血鬼に感化されたわけじゃない。
ただ、物語の続きを見たいと思っただけだ。
俺は、小ぶりなリュックに適当な衣服とタオルとを詰め込んで、必要と思われる懐中電灯やライターなどの小物を用意した。
吸血鬼はふらふら歩いていたが、徒歩はいかにもたるい。
誰にもなにも言わず、早朝、俺は自転車で駆け出した。
――続きを見たいだなんて、自分を誤魔化す言い訳だと知っている。だが、逃げ出すためには、言い訳が必要なんだ。他者に対しても、自分に対しても。
そう、俺は逃げ出したのだ。
まさに、無責任極まりない「家出」 だった。