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白銀の星、黄金の月

 俺のあかねへ対する気持ちは、百パーセント完全に隠し通せているはずだ。

 誰にも気付かれてないはずだ。

 なのに、なんで、加藤の口からそんな言葉が飛び出すのだ?

「な、なな、なになになにを言い出すかないきなり」

 加藤は、視線を滑り台の辺りに移し、一言もない。

「かすみ、なんか勘違いしてんのか? そりゃあ、あいつとは仲いいけど、バンドやってりゃ馴れ馴れしくなるもんなんだ」

 加藤、無言。

「だいたい、あかねにはカレシがいるだろ? この俺が、人の恋人に横恋慕するわけねぇじゃねーか。わっはははは」

 無意味に笑ってみたが加藤からは反応がない。

 なにか言えよー。ニセモノの笑いってのは、引っ込めるタイミングが難しいんだぞ。

 俺の笑い声が尻つぼみになって消えた頃、加藤のすらりとした横顔が、ちょっと下を向いた。

「もっと、真面目に話して」

「俺は真面目だ」

「そうじゃなくて」

 彼女の目がこちらを見るのが、正直怖かった。瞳を見つめられたら精一杯の虚勢を見破られそうに思えたからだ。

 だが、俺の目を覗き込んだ加藤の表情に変化はなく、とび色の揺れる瞳もそらされたりはしなかった。

「なんでそんなにうろたえるの?」

「かッ、考えてもいなかったことをいきなり言われたからだ」

「さっきの相談話はなに? 別れ話の前フリとかじゃないの?」

「馬鹿言うな、あれは、本当に、隆太の知り合いのろくでなしの話だ」

 そう、ここにいるロクデナシの。

「お前も、なんなんだ、急にあかねなんて。突拍子もないこと言うなよ、ビックリしたぞ」

「突拍子なくなんて、ない」

 彼女の目頭に涙がたまるのを見て、俺は無様に慌てふためいた。

 泣く場面か? ナニに対して涙している? 俺には理解ができん。

「ちゃんと話して」 と、いつもの加藤らしからぬ厳しい口調で言われて、俺は背筋がピーンと伸びた。

「あかねは友達ちだ。それ以上だと思ったことは、一度としてない。恋愛感情まったくナシ」

「あたしのことは、好き?」

「もちろん、かすみが好きだ」

「あたしが一番?」

「その通り、一番だ」

 俺は堂々と胸を張って嘘ついた。

 恋人から一番好きだと思われたい、それは別にエゴイズムでもなんでもなくて、ごく当たり前の気持ちなのだろう。だから、その点を保障するのは、おそらくとても大事なこと。

 などなどと、嘘をつく言い訳が頭の中をだらだらと回っていた。

 しばらく見つめ合ってから、「よかった」 と加藤はうつむいた。その拍子に、涙の雫がきれいな肌をスッと流れる。

「聞いて、よかった。ずっと、怖かったの」

 張り詰めた糸が切れたように、彼女は泣き出した。無防備に、子供のように、感情の抑制がきかないとでもいうように。

 ほとんど条件反射的に、俺は加藤の小さな頭を胸に抱き寄せた。

 細い肩のかすかな震えが、半そででむき出しの俺の腕に届いた。

 今まで彼女をとらえていた不安。あかねがあれほど気遣っていた理由がこれか。最も身近にいた俺が、真っ先に気付かなければならなかったのに、その努力を怠っていた、それがこれか。

 不安を取り除けるのなら、ずっと抱き締め続けていたい。それは、偽らざる本心だ。

 だがしかし、ああ、俺は嘘をついた。この行動すらも、もしかしたら、彼女にとっては嘘とうつるかもしれない。

 この、背筋を揺るがす罪悪感はなんだ。ほとんど恐怖に近く、心臓を鷲づかみにして放さない。

 全部本当のことをぶちまければ、どれほどラクだろう。俺が世界で一番大好きなのはあかねだ。加藤、お前は二番以降、しかも一番にぶっちぎりで離されている。この恋愛は嘘で塗り固められていて、俺はお前を騙してる。

 だが、それはけして言えないこと。

 加藤のためではない。

 この人に、嘘つきと罵られたくないから。あかねに蔑まれたくないから。自分の気持ちをひた隠しにしてきた脆弱な心を、すべて認めさらけだしたくないから。

 けっきょく、嘘は自分の弱さを隠す卑怯以外のなにものでもないのだろう。そんなことをしたって、どんなに嘘を上塗りしたって、隠した心が強くなるわけでもないのに。

 体にしがみつく加藤かすみという女性を、好きになればいい。嘘でなくせばいい。

 そんなふうに思っても、ただ卑怯と臆病の誤魔化しにすぎないと、わかってはいた。



 この日、俺たちはキスをした。

 覚えているのは、ヤバイくらい甘い吐息、柔らかな唇のぬくもり、なぜか全然しょっぱくない涙の味。漆黒の空を背景にして浮かぶ、白銀の星、黄金の月。

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