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空にはなにが見える

 おそらく、俺は最も愚かな選択をしたのだと思う。

 奈美の言葉が、それは最初の言葉から最後のそれまで全部が頭の中から離れず、悶々とした挙句にとった行動。

 俺は、バイトの帰りに、加藤を呼び出した。

 たまに二人で落ち合う公園には人気がなく、夜気に冷えたベンチが夏の終わりを告げていた。

「相談したいことがあってさ」

 俺は、ない頭ひねって考えたシナリオを、必死になって思い出した。

「いや、実際には、俺が相談受けたんだけど、今いち、わかんなくて」

「なに? 洋平くんがわからないことなんて、珍しいね」

 そいつは過大評価だ。世界は、俺にとって理解不能だ。

「ある男が、あれだ、そう、隆太だ、あの馬鹿のことなんだが」

 いかん、練りに練ったシナリオが破綻した。隆太じゃなくて、その取り巻き連中の一人、だろ。

「いや、隆太の知り合いの男なんだが、こいつが悪いやつで、好きでもない女をとっかえひっかえするヤなヤツなんだ」

 ふうん、と加藤は俺の顔をまじまじと見つめた。

「ヤなヤツなんだ?」

「おおお俺じゃないぞ」

「そんなこと言ってないでしょ」

 加藤の笑顔に促されて、俺は「それでだな」 と続けた。「女の立場から見て、どうよ、そういう男?」

「その男の人、相手からお金とか取るの?」

「そんなことはしない。らしい。ただな、隆太が言うんだよ。好きでもないのに付き合うなんて、相手を傷つけるだけだ、男らしくない、ってな」

「うーん」

 加藤は唸って、星空を見上げた。

 その横顔を見て、俺はどきりとした。いつものあかねの仕種が、そこに重なったからだ。

「相手の女の子にもよるんじゃない? それでも幸せな子はいるよ」

「そういうもんか?」

「男の人の場合、どうなの? 好きだと思われてない女と付き合うの」

 せき髄反射のような感じで、俺はあかねと付き合う自分を想像してしまった。

 毎日がハッピーだ。ばら色の人生だ。

「そういうもんか」

「納得しちゃった?」

 加藤は笑って肩をぶつけてきた。

「実際には複雑よねー。相手の気持ちを、ほとんど疑心暗鬼状態で、毎日確かめずにはおけないと思う。はっきり、好きじゃない、って言われたらショックだし・・・そうでなくても、今日あたしを好きになった? 今日も駄目だった? って感じで、期待と不安と絶望と自信喪失で揺れるの」

「・・・・・・不幸せじゃねぇか、それは」

「付き合っていれば、いつかは、この人はあたしが好きだ、って自信もてるようになるだろうけど」

 加藤は首をかしげた。

「あ、でも、考えたら、付き合い始めって、普通はその状態よね。片方が相手を好きになって、告白して、付き合い始めたら、もう片方は、始めのうちは好きじゃない、ってことに」

 話を複雑にしないでくれ。ただでさえ、シナリオは薄っぺらいのだ。

「ま、けっきょく、好きな人といられるのは、幸せだ、ってこと。相手の気持ちを疑って疑心暗鬼にかられるのだって、考えてみれば、幸福の副産物なんだから」

 ふむ。なんだか、奈美の言っていたことと、違う結論に達しそうだぞ。

 無理して好きになるか、別れるか、なんていう二者択一、いらないということだな。

「だけど」

 不意に、加藤は笑顔を消して、また夜空を見上げた。

 白い喉が街灯に照らされて、妙に・・・・・・そう、なまめかしい。

「その男の人には他に好きな人がいるのに、好きでもない人と付き合ってるのだとしたら、話は違う。それじゃ、誰も、全然幸せになれないと思うから」

 む、いかん、シナリオにないシチュエーションだ。他に好きな子がいたら?

「・・・・・・その時は、どうすればいいと思う?」

「付き合ってるカノジョのために、別れてあげるべき」

 ・・・・・・ちょっと待て。

 シナリオにはないのに、やけに身近に感じるシチュエーションだと思ったら、そいつは俺たちの関係に似ているぞ。酷似と言っていい。

 加藤は、俺が好きらしい。いまだに信じられないんだが。そして俺は、加藤を好きなわけではない。

 好きか嫌いか、って言ったら好きだ。いい子だし、やさしいし、一緒にいて楽しいし。なにより美人だ。

 だが、俺は・・・・・・

 未練たらたらにチタン合金を思い出して、思わず冷や汗をかいた。

「そうか、その子のためか」

「そう、そのカノジョのために」

 いかん、混乱してきたぞ。

 好きな人と付き合う、イコール幸せ。でも相手には好きな人がいる、この場合別れる。なぜだ?

 さっきの加藤の話からすれば、いつか相手の気持ちを得られる、だからオーケーということだろう? なら、相手に好きな人がいても、いつか自分へ振り向いてくれるからよい、のではないか?

 そう、たとえば、俺の場合、いつか加藤を好きになればみんな幸せ、のはず。

 ・・・・・・なんで幸せになれないのだろう?

 加藤は、ふと、空に向けて手を伸ばした。

「空のなにを見てたのかなー」

 突然話題を変えられて、俺はアン? と変な声を出してしまった。

「なんだ、突然?」

「あかね」

 唐突すぎる名前の登場が、俺を慌てさせた。

「あ、あかねがなんだ?」

「だから、あかね、空のなにを見てたのかな? って」

「知るか。雲とかそんなのだろ」

「じゃ、雲のない日は?」

「そりゃあ」 言葉を捜した。「そ、空だ」

 加藤は、しばらくして視線を下げた。

「最近ね、あかねの真似して、よく空を見上げてたの。だけど、あの子がなにを見てたのか、けっきょく、わかんなかったわ」

「あいつが変なんだ。気にするな」

「あかねは、朝とか昼の空が好きなんでしょ?」

「よく知ってるな」

「だけど、あたしは、星空の方が好き」

「好き嫌いなんて人それぞれだからな」

 加藤の言葉に反応して、いちいち素早く合いの手を入れていた。なぜか、加藤の口からあかねの話題が飛び出すと、怖くなる。

「洋平くんは、昼と夜、どっちの空が好き?」

「夜、そう、夜だな、星空だ」

「へぇ」

 加藤がにやりと笑う。

 なんだ、その意味ありげな笑顔は?

「洋平くん、嘘はいけないよ」

 なに?

「昼間の空はよく見上げるのに、星空はあんまり見ないでしょ」

「あ、あかねの話か?」

「違うわよ。洋平くんのこと」

 なに? 俺が?

 俺の表情を読み取ったのか、彼女は満足そうにうなずいた。

「やっぱり、自分で気付いてなかったんだ、そのクセ」

「クセ? 俺にクセなんかあるか?」

「あるわよ、たくさん。隆太くんに殴りかかる時、必ず首を右に傾けるのとか」

 ろくでもないたとえを出すな。

「割り箸割る時は必ず一度勢いをつけてから、とか」

 細かいところまでよく見ている。

「時々ふっ、と空を見上げること、とか」

「それもクセか? 空ぐらい、誰だって見上げるだろ」

「そう思ってるのは、たぶん本人だけよ。普通、天気を見るとか、そんな場合ぐらいじゃない? 少なくとも、洋平くんは普通の人より空を見る時間が多い」

 普通の人ってなんだ。どの辺りのラインが普通で、どれ以上が異常なのだ。

「そりゃあねぇ、大好きな人がいつも空ばっかり見上げてたら、つられて上を見るクセがついちゃうよねー」

「え? ああ、そうか、俺があんまり空を見てるから、かすみもつられるようになったのか」

 なんだ、そういう話か、とホッと一安心する俺の顔を、笑顔を消して真剣な眼差しの加藤が、それこそ穴があくほどじーっと見つめてきた。

 なんだ?

 これはまさか、あれか? キスしてとか、抱き締めて、とかいう無言のメッセージか? 会話との脈絡がつかめないが、このタイミングでいいということなのか?

 加藤の唇が動いた。

「・・・・・・鈍感」

 え、悩んでる間にタイミングミスった? 制限時間アリなのか?

「あかねのことでしょ」

「な、なんでここで、あいつの名前が再浮上するんだ?」

「もお」

 加藤が牛のように鳴いた。

「なんとか誘導尋問してやろうと思ったけど、もういいわ。単刀直入に聞きます」

「お、おう」

「浦木洋平。あなたは、あかねが好きです」 断定してから、加藤はかわいらしく首をかしげてつけくわえた。「ね?」

 頭の中が真っ白になった。

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