クリエイターの条件
「クリエイター?」
おばさんの視線がはずれると、俺は我知らず吐息をついていた。
「おばさん、聡一は確かに楽器も上手いし、文才もあったと思うよ。だけど、それだけの人なら、どこにでも、はいて捨てるほどいるんだ。正直に言えば、学校にだってその手のヤツは何人もいる」
おい俊介、正直すぎないか? と突っ込み入れたいところを我慢して、俺は静かに会話を見守った。
「もちろん、そうしたものに長けた人がミュージシャンや小説家になるんだろうけど、たぶん、上手いだけじゃ駄目なんだと思う」
「それは?」
「おばさんは大人だから、こんなこと当たり前だと言うかもしれないけど」
俊介は少し逡巡して、俺とあかねを見てから言った。
「なにかを造る意志と力、だと俺は思う。その手段がギターであったり、文章であったりするけど、基本的に、技術じゃなくて、造りたいっていう強い意志と、それを実現する想像力が必要なんだ」
なんだか、難しい話になってきた。
「その二つがあれば、きっと技術なんて二の次三の次で、どんな下手でも、造り続けていれば、いずれ慣れて上手くなるものなんだとも、思う」
つまり、技術ってのは馴れか? 極端な話だな。
「造って表現をしよう、っていう意志を、聡一は強烈に持ってた。想像力は、中身の良し悪しは人の好みにもよるだろうけど、スケールだけは確かに大きかった。映画を作ったかもしれない、建築家になったかもしれない、それとも別の仕事をしたかもしれない、ただ一つ言えるのは、聡一は、間違いなくクリエイター、なにかを造って表現するひとになったはずだっていうこと」
こっちも正直に言うと、俊介が聡一をそのように評価していたということを、初めて知った。俺が目をそむけている聡一の仮定の未来と、その喪失を、真正面から受け止めているのだということも。
今にも泣きそうなあかねが、笑った。
「無茶苦茶がんばっても、絶対おもてに出さないもんね、聡一。あの意地っ張りは、大物の素質なんじゃない? そうでしょ、おばさん」
「・・・・・・」
おばさんは、なにか言おうとしてから、黙ってうなずいた。
どうにも居心地の悪さを感じて、俺の尻かむずむずした。
相変わらず付きまとう違和感。
シラフで仲間を褒めちぎる、恥ずかしさというか滑稽な気分。
なんだろう、これはなんなんだ?
俺の心中でハテナマークが踊っている最中、おばさんは、つと立って、あらかじめ用意していたらしい品を取り出した。
「あかねちゃん、ボーカルでしょ? これを受け取ってほしいの」
二冊のノート。表紙に描かれた極秘マークが、かすれてしまっている。見覚えがある。紙はよれよれでノート自体がふくれてしまっていた。
「!・・・・・・おばさん、それって、聡一の」
「私には詩のことはよくわからないけど、あの子の作った詩は、わりと好きよ。親の欲目もあるけれど」
「そんな、受け取れません。そんなに大事なもの、それに、なおさら・・・・・・」
「いいのよ。あの子が造って、表現したいと願ったのなら、それを活用してくれるひとに渡した方が、いいものね」
気楽に言ってくれる。
俺にはあかねの心中が察せられた。
ノートを受け取るということは、そこに描かれている聡一の世界を、あかねが代わって表現しなければならない、ということに他ならない。おばさんは、気楽なセンチメンタリズムで言っているのかもしれないが、渡された方の責任は重圧ですらあるに違いない。
「俊介ちゃんには、これ」
そう言って渡したのは、聡一が持つ三本のギターの中で、最も高価なレスポールのコピーだった。
「いや、これは・・・・・・」
俊介が戸惑っている。当然だ、値段は十ウン万円、おまけに、受け取れば、あかねにも素直に受け取れというポーズになる。
「俊介ちゃんは、ギターも弾けるんでしょ?」
「いや、でも、プロのミュージシャンになれるとは、自分でも思ってないし」
「いいのよ。そんな堅苦しく考えないで。ただの、形見分けよ」
おばさんは強引にギターを俊介へ手渡した。
そして、最後に俺を見つめる。
詩、ギター。二人に通ずるアイテムだ。では、リズム音痴のドラマーに渡す代物とはなんだ? あいつはドラムなぞ触れたこともないはずだが。あ、リズムマシンか? これで練習しなさい、ってか?
おばさんが取り出した四角い箱を見て、俺はちょっと首をかしげた。
平べったいプラスチックの箱。どこかで見たな、と記憶を探り、テレビのCMで見た、ラップトップ型ワープロという言葉が飛び出した。
恐る恐る触ってみると、三分の二ほどが貝のように上下に開き、白黒の画面とキーボードとが現れた。
アナログ人間の俺が、最も触れたくないたぐいの機械だ。
「いや、あの、こんな高価なものは、ちょっと」
「ワープロとしては、凄い安物よ。聡一が無茶な使い方するから、もうボロボロ」
たしかに、高価な感じではない。ワープロなど初めて手にする俺でも、なんだかちゃちな印章を持ってしまう、安っぽいプラスチックでできた代物。おまけに、キーボードに書かれた文字が、かすれて消えかかっていたりする。
「それと、これ」
そう言って渡されたのは、三枚のフロッピーディスク。
ほとんど恐怖に近かった。
機械に疎い俺でも、わかる。ディスクというやつは、データを記録するものだ。つまり、その三枚には、聡一の小説が詰め込まれている。
「お、俺には、文才とかないから、しょ小説なんて書けないけど」
「大袈裟ねぇ」
おばさんは笑った。それはもう、無上の快楽でも得たような笑顔だった。
「私はね、あなたたちに歌ってほしい、演奏してほしい、読んでほしい、ただそれだけなの」
それが大袈裟なことなのだ。
固まっていたあかねが、不意に表情をひきしめた。
「おばさん、これ、借ります」
「あげるわよ?」
「駄目。やっぱり、これはおばさんの・・・・・・聡一の家にあるべきだと思う。けど、ちょっとだけ借りて、写さしてもらっても、いい?」
おい、ちょっと待て。それじゃあ、なにか? 俺は、聡一の小説全部を書き写さにゃならんということか?
「それじゃ、俺も一応、このギター、借りるっていうことで」
あッ、俊介、納得するんじゃない。
「洋平ちゃんは?」
むう、考える時間はくれないのか・・・・・・