井浦にはすまないと思う
たぶん、野々村の言葉はきっかけに過ぎなかったのだろう。
それまで、エネルギーが溜まりにたまっていて、いつ破裂してもおかしくはなかった。
かつてはあかねの存在が、今では加藤のやさしさが、その暴走を食い止めるタガになってくれていた。だが、それでも、いつかは破裂するはずだったのだ。
だから、それが学校の中で、教師に向けた怒りであったのは、ただの偶然だ。
気付いた時には、井浦が俺の体を壁へと押し付けていた。
「落ち着け、馬鹿な真似はやめろッ」
井浦の声が遠くで聞こえる。
野々村は、半ば腰を浮かした状態で、驚きを隠せない表情をドアと俺との間で往復させていた。
俺はなにか叫んでいた。たぶん、人を罵る言葉、この野郎、とか、タコスケとか、そんな他愛ない言葉だったろう。
後で聞いたら、俺はずいぶん井浦を殴ったらしく、井浦も、俺を押さえるために手を出したそうだ。
当時は、落ちこぼれ学校の中のおちこぼれを教師が殴った程度で、話題にはならない。しかも、正当防衛のうえ、俺を押さえる方法が他になかった。にもかかわらず、井浦はなにがしかの処分を受けたと聞いた。
まあ、とにかく、あれほど巨大な風船が割れたのに、ちっぽけな事件で終わったものだ。俺は不完全燃焼で数日くすぶっていた。
もっとも、ちっぽけな事件、というのは俺の個人的な感想で、現役生徒が学校内で教師を襲い殴ったのだから、学校側からすれば大きな事件だ。しかも、生徒は問題児のうえ問題を起こしたばかりで問題継続中である。
聡一、お前の気分がなんとなくわかる。なるほど、こういう気分だったのか。
ごく当たり前のように、俺は退学処分となった。
野々村へ、いや、あの学校の教師へ頭を下げて謝罪する気持ちなど、これっぽっちもわかなかった。退学けっこう、こっちからやめてやらぁ、ぐらいの勢いだった。