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あるいは人生最良の夏休み

 公園での馬鹿騒ぎは、問題が起きなければ学校側も無視を決め込んでいたはずだ。しかし、死者が出てしまっては、世間の目も父母の圧力もある。なんと、ニュースにまでなったぐらいなのだから。

 そこで、参加者は全員夏休み中は原則自宅待機、反省文プラス課題の上積み、が命ぜられていた。

 とはいえ、自宅待機など、みんな屁とも思っていない。聡一の退学騒ぎのような微妙な問題でもあれば違うが、今は自由な夏休みなのだ。

 そういうわけで、自転車に乗って外出するということに関しては、なんら抵抗はない。しかし、だ・・・・・・

 誕生日の早い俺はもう単車の免許が取れるのだが、いかんせん金がない。親だって、最後に俺へ小遣いくれたのは、何年前だろう。バイト代は日々膨れ上がる借金の返済で、むなしく消えていく。

 聡一への借金がチャラになったのは、むしろラッキーだった。

 と、バチ当たりなことを考えては、自分の心に跳ね返ってくるなにかしらの衝撃に襲われた。

 この衝撃はなんだろう? 友人の喪失をあらためて実感してショックなのか? 最低の考え方だな、と自分へ怒っているのか?

 ともかく、そんなくだらないことでも考えていなければ、俺はペダル一つこぐこともできない状態だった。

 イヤだ。行きたくない。帰りたい。寝ていたい。

 しかし、チタン合金の命令は俺にとって絶対だった。

 ああ、くそぅ。

 二駅隣の駅前にあるオープンカフェ、珈琲長屋。あかねと加藤は、車道から丸見えの好位置をキープして、俺を待っていた。

「遅い!」

 言われて腕時計を見るが、約束の時間はまだ来ていない。

「こっちは十分も前に来てんだから」

 そっちの都合か? 約束とか無視か?

 なんだか、いつものあかねらしくもない。

「遅刻はしてないだろ」

 と例のごとく無理して胸を張り、それから、俺は恐る々々加藤へ目を向けた。

 恐ろしく赤くなった顔がそこにあった。学校で出くわしたら、間違いなく保健室へ連れて行く。しかし、今は・・・・・・

「ああ、加藤、昨日はゴメンな、いきなり、あんな・・・・・・」

「はいはい、話は座ってゆっくりやりましょ。すみませーん、紅茶追加、ミルク二倍で」 と注文してから、あかねは加藤に顔を寄せてひそひそ「こいつ珈琲飲めないお子ちゃまなの。普段偉そうにしてるくせに、ねー」

 なにが楽しくて、そんなに嬉しそうな顔をしていられるんだ? どうしてそんなに、ハイテンションでいられる?

 ・・・・・たぶん、お見合いを勧めるおばちゃんとか、仲人役のおばちゃんとか、夫婦喧嘩を取り持つおばちゃんとか、そういう役に没頭して遊んでいるのだろう。

 ああ、帰りたい。

 椅子をなるべくあかねと加藤との等距離に移動させ、丸テーブルに腰かけた。

 あかね一人が張り切っていて、俺と加藤の間には重い空気が漂っている。

「なぁに緊張してんのよ、二人とも。らしくないぞぉ」

 お前こそらしくない。いつものペースに戻ってくれ、その方がまだやりやすい。

「加藤」 しかたなしに、俺は口を開いた。「お前、好きなひとがいるんだろ? 中学からの片思い」

 加藤が小さくうなずく。

 そんなわけはない、俺なわけがない。一晩中自分に言い聞かせてきた。絶対違う、なにかの間違いだ、と。変に誤解して恥をかくのだけはゴメンだぞ。

「あかねが勘違いしてんだよ。それが、俺のことだ、って」

「なんて言い方すんのよ、ようちゃん。あんたねぇ」

「そうだろうが、俺に恋する乙女がこの世に存在するはずがない」

「うあ、本人前にして、なにその言い草。サイテー、なんて傲慢、なんて世間知らず!」

 ふむ、いつもの調子に戻ってきたぞ。

 いや、ただの売り言葉に買い言葉か・・・

「あたし」 

 不意に、加藤が俺たちのやり取りに割って入った。

「やっぱり、帰るね」

「ちょっと待って、かすみ」

 あかねが左手で加藤を押さえ、そして右手を振りあげた。

 いつだったか、聡一の頬を襲った張り手の音より、ずっと透き通った音がした。ここが屋外だからだろうか。

 ひっぱたかれた頬へ触れてみた。

 たいして痛くないもんだな、と思ったのも束の間、後からじんじんと痺れるような熱が襲ってきた。

「かすみに謝って」

 なんでだ、どうしてだ、という疑問符が浮かぶ前に、俺は反射的に「ゴメン」 とつぶやいた。

 顔見知りのウェイトレスが、変な顔してカップを置いていく。

 あれ、なんか変だぞ。湯気が出てるぞ。

「おい、あかね、この炎天下にオープンカフェでホットかよ?」

「あれ、あたし、アイスって言わなかった?」

 訊かれた加藤が、うんとうなずく。

「あー、まあ、いいじゃないの。暑い日の鍋、寒い日のアイスクリーム、とかって言うでしょ?」

 言わない。もし言うとしても、熱い鍋は発汗作用を「期待」 したものに違いなく、くそ暑い青空の下、汗だくだく流しながらホット・ティーをすするのとは意味合いが異なる。



 やたらハイテンションのあかね主導で、どうやら話はまとまってしまったらしい。

 俺は加藤と付き合うこととなった。

 なぜだか、俺と加藤の幸せを祝うあかねの顔を見ていると、泣きたくなった。

 ・・・・・・なぜもくそもない。わかっている。

 その笑顔が示すもの。それはあかねと俺との距離。絶対に埋めることのできない溝。友人という名の拒絶。

 一パーセントの可能性にすがりつく恋だったのだ、と今さらながらに気付いて、自分が情けなく、同時に哀れで、滑稽でさえあった。

 これは、いい機会だ。

 そう、百パーセント、完全にあかねへの未練を断ち切る、素晴らしいチャンスだ。



 あかねが帰って加藤と二人きりになると、どうにも会話が続かなくなった。

 どうにかしなければ、と頭をフル回転させていると、ふと、彼女は言った。

「あかね、無理してたね」

「あン?」

 無理矢理なハイテンションのことか?

「・・・・・・聡一のせいだろ。ああでもして笑ってないと、うじうじしちまうからな。そういうの、人に見せるのイヤがるんだよ、あいつ」

「洋平くんもそうなの?」

 似たようなものだが、俺の方がタチが悪い。

「こんな時に、付き合うとか付き合わないとか、話すの、おかしいよね。そんな気分じゃないでしょ?」

「いや、俺は別に。つーか、付き合え、って先に言ったのは俺だぜ? 聡一のことは、いつまでも悲しんでたってしかたない。あかねが無理して笑うのも、それを知ってるからだ」

 あかねが、こんなに早く、そう割り切ったとは思えない。俺だって何ひとつ悟ってはいない。加藤へ言ったのは、世間一般でよく耳にする、ありきたりなセリフを並べただけの上っ面。

 だが、口で言った途端に、ああそうなのだ、という、割り切るというのとは違う、あきらめに似た感情がちらりと見えた。

 その感情を受け止めてしまえば、なにかを失ってしまうだろう、という、言葉ではなくひどくおぼろげな予感があった。

 ともかく、恋人ができるなんて、人生初だ。聡一のことも、その他のことも、きっと紛らわせてくれるに違いない。

 加藤を利用するようで、やはり俺は卑怯者には違いないが、今まであかねを恋したように、加藤を好きになればいい。

 独善的で、独りよがりな決断だった。



 翌日から、俺はなるべく毎日、加藤と会うようにした。

 二人で原宿へ出かけ、加藤の耳にピアス穴をあけるためクリニックに寄った後、金もないから安物のシルバー・アクセサリを買い、帰ってからわざと黒く変色させて息巻いた。

 ――加藤の18金ピアスは購入済みだった。

 シンバルを泥沼に埋めるのを、泥だらけになりながら手伝ってもらった。

 ――金属を腐食させてシンバルの音を変える、と雑誌に書いてあったのだが、見事失敗。数日後に掘り返したシンバルをわくわくしながら叩いたら、一発で割れてしまった。慌てふためく加藤の姿がおかしくて、俺は腹を抱えて笑った。

 夜中の土手で花火をしていると、対岸でも花火をしている人がいる。なにがきっかけだったのか、打ち上げ花火を投げあう事態になり、怯える加藤を背中にかばって、導火線に火のついた花火を掴んで、頃合を見て投げ槍の要領で投擲した。

 ――弾(打ち上げ花火) が底をついて、急いで近くのコンビにへ急行すると、同じく弾を購入する隆太とばったり会った。。お前だったのか、と殴り合いに発展したのは余談だ。

 間違いなく、楽しかった。女と付き合うのって、こんなにハッピーな気分だったのか、と今までの人生を振り返って損した気持ちだった。

 いつもそばにいてくれる、俺のことを好きなひと。少々の無理でも言えば答えてくれるし、常に俺の周囲に気を配ってくれて、どんな話も笑顔で聞いていてくれるひと。

 それは同時に、俺自身も、彼女へ気を配らなければいけない、ということでもあったが、それは苦にならなかった。

 好きだから、ではない。・・・そういうのに、慣れていたからだ・・・


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