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誤解の恋愛コレクター

 俺を気遣っているのだろう、八月に入って、やけに隆太からの誘いが増えた。

 邪険にするのもなんだ、と思い、やつの家を訪ねると、こりもせず安いウイスキーを数人で回し飲みしている。

「遅いぞ、洋平」

 隆太の巨体が、げっげっと笑った。

「なに酒なんか飲んでんだ、隆太」

 よく酒なぞ飲む気になるものだ。その無神経さに、怒るより呆れた。。

「聡一があんなんなったばっかりだ、ってのに」

「だからだよ」 と隆太は肩をすくめた。「飲まなきゃやってられねぇんだ」

「四十九日、だっけ? 喪とかいうヤツ、せめてその間くらいは、ちっとは慎しめ」

 隆太が笑う。「喪に服するなんてガラかよ、俺たちが」

 言われて見れば、確かに。暴走族なんかは、その辺り結構マメだと聞いたが、隆太のどこを探しても、その手の知性はかけらも見えない。

「詩織ンは? 俺は美人のいない飲み屋に用はねぇぞ」

「さけ飲むと、怒って帰っちまうんだ」

 せっかく俺がチャンスくれて修復した仲なのに、もう破局か。

「なに、美人なんか、これから呼べばいいんだ。おい、こっち座れよ」

 しかたなく畳の上に腰を落とすと、隆太は長いコードでつながった黒電話を持ってきた。ダイヤルをジーコジーコ回す、アレだ。

「ここに、生徒名簿がある」

「前置きはいい。なにやらかす気だ?」

「女の家に電話しろ」

「はあ?」

 隆太が言うには、こうだ。

 俺には、俺を慰める彼女というものがいない。これは精神衛生上も健康面で言っても問題アリだ。いつまでもフラフラとあっちの女、こっちの女なんてやってないで、一人に決めてしまえ。

 一度としてフラフラした覚えのない俺は、もう少しで隆太をぶん殴るところだった。

「あのな、このさい、はっきり断言しとくけど、俺は女で遊んだりしたことは、金輪際一度として一切ない。恋愛も知らんし、恥ずかしいけど言ってしまえばドーテーだ」

「なーにを白々しいこと言ってやがる。この、恋愛仕掛け人が」

 なんだ、そりゃ。

「お前のツボを押さえた手練手管で結ばれたカップル、けっこういるんだぜ。ありゃあ、男心と女心を熟知してなきゃ真似できねぇ」

 手練手管ってなんだ? 人をお節介焼きのおばさんか、スケベおじさんのように言わないでくれ。

「ともかく、お前もそろそろ身を固める時期だ。一人に絞れ。というわけで、狙い目の女をピックアップしといた。それが、これだ」

 名簿のあちこちに、赤やら黒で丸印がついている。

 この女はどうだ、あの女はどうだ、と喧々諤々の隆太たちを想像して、俺は頭痛がした。

 俺をダシにして遊びたいだけか、お前ら。しかも、なんという稚拙な遊び。女の心を無視した告白ゴッコなぞ付き合う気はない。

「帰る」

「まあまあ、待てよ」

「告白ゴッコに付き合う気分じゃねぇんだよ」

 一人でいると、聡一がいなくなった現実をどう受け止めればいいのか、わけもわからず混乱して頭をかきむしる。そんな時に、くだらない遊びなんかやる気が起きるわけがない。

「だから、待てって。お前の気持ちもわかるけどよ、たまには、パーッと馬鹿な真似してみるのも、気分転換になるぜ?」

「聡一はパーッと馬鹿な真似して死んだぞ」

「暗い、その切り返しが暗い。いいから座れ。今から一時間だけでいいから、聡一のことは頭からどけろ。お前が辛気臭い顔してたら、周りのヤツまで気が滅入る」

 人をここに呼んだのは誰だ。

 しかし、これも隆太なりの善意なのか、と思い直し、俺は座り直した。

 隆太が水割り片手に生徒名簿を指差す。

「ほら、俺のお勧めは七組の川口だ。かわいい上にフリー、適度に遊んでいるが、俺たちの意見では、あれは処女だ」

 俺はため息混じりに反論した。

「馬鹿言え。川口なら八組の飯田とラブラブだ。飯田の友達が川口に惚れてるせいで、おおっぴらに付き合えないが、ンなもん、見てればわかるだろうが」

 おおお、と部屋の中のむさい野郎どもが声を上げた。

「さすが恋愛コレクター、見る目が違う」

 やめろ、わけわからんあだ名をつけるな。

「じゃ、五組の住岡」

「中川と堀田と三井がマジ狙いで競ってる。そんなトコに入れるか」

「お前なら勝てる」

「勝てる気しねぇし、下手にうまくいってみろ。盗人みたいなもんだ。住岡にも、中川たちにも悪い。俺はヤだね」

 飲め、飲めと言われて、一口グラスに口をつけた。

 あの夜以来、酒は一滴も飲んでいない。飲めないと言った方がいい。ビールのような軽い酒でも、飲もうとすると心が拒絶する。それはたぶん、恐怖だったのだと思う。

 だが、隆太たちを前にして、怯えて飲めないなど言えるものではない。当時の俺を構成する唯一のパーツ、くだらないプライドがそれを許さない。

 俺は意を決して、ウイスキーの水割りを飲み込んだ。

 胃が蠕動して、飲み込んだものを押し上げる。吐き出しそうになるのを、無理矢理飲み下し、最後にゲップを吐いた。

 やがて、一杯が二杯になり、三杯になる。酔いは俺の頭の中からイヤなことを払いのけ、気分をハイにさせてくれる。時折り、背中に聡一の冷たい体温を思い出して、心臓がはねるように脈打ったが、死というイメージが持つ恐怖も、酒は遠ざけてくれた。いや、麻痺していただけか。

 いつしか、隆太たちのペースの乗せられて、生徒名簿をあれやこれやといじくっていた。

「先輩いっちゃうか? なあ、洋平。お前、最高何歳の人と経験した?」

「だーかーらー、俺はドーテーだー」

「やっぱ二十歳越えると違うもんなのか?」

「人の話を聞けー!」

「俺、まだディープなキス、一度もしたことないんだよなー」

 誰かが陶然とした顔で言うと、隆太が偉そうな顔で「あれはいいぞぉ」 とふんぞり返った。

 俺は思わずグーでヤツの頭を殴っていた。

「なにしやがる!」

「詩織ンを汚すな。このヘンタイめ」

「お前に人のこと言えるのかよ、この恋愛デストロイヤーが」

「何度言わせる。俺は恋愛知らずのドーテーだ。二度と言わすな。無茶苦茶恥ずかしいんだぞ、この告白。それと、プライベートなことをベラベラ喋るのは、恋人に悪いと思わんのか貴様」

 とは言え、喋りたい年頃だ。俺だって、この前あかねを抱き締めたこと、誰かに話したくてしかたがない。なのに言えないこのジレンマ。悩みもなく能天気にかまえる巨体を見ていると、むしょうに腹が立ってくる。

「大穴狙って、一組の加藤はどうだ? この前、名崎の阿呆がコクってフラれた」

「ありゃ、別に好きな男がいる」

「誰かはわからないだろ。もしかして」

 全員の顔が俺を向いた。

「俺? あり得ない! 俺のことを好きな女が、この世に一人としているはずがない!」

「なに言ってやがる」

 隆太が笑っていた。

 こいつはこいつなりに、仲間を従える頭分としての容量がその巨体にあるらしくて、いつの間にか俺の性格を察したらしい。

「いつも偉そうにしてるくせして、案外気が小さいんだな、洋平」

 びくっときた。

 実際に気は小さいが、気が小さいと思われるのはイヤだ。この辺りが気の小さいところなのだろう。

「加藤か、よーし、いいぞ、加藤だな」

 加藤なら百パーセント確実に断られる。あいつには密かに心に思う相手がいるのだから。この際だ、一発玉砕かまして、このくだらない遊びを終わらせてやろう。

 名簿を奪って、俺はダイヤルを回した。


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