つながっていた人たち
身近な存在で、聡一ほど尊敬した人物はいない。
正直に言えば、あこがれてさえいた。
俺にはない、詩作や作曲の才能、小説まで描く想像力と文章力、なにより、他者の目など気にしない、己が道行く生き方が羨ましかった。
そんな人間が、これほど呆気なく、バカバカしく、アホくさい死に方をするなんて、思ってもいなかったし、
信じられない
通夜は、マンションの集会場でおこなわれた。
俺はオレンジジュースを片手に、一晩中、呆然として棺の前から離れなかった。
なにを考えていたわけでもないし、思い出にひたっていたわけでもない。ほとんど思考停止のまま、時折り立ち上がって、棺の窓を開けた。
聡一の顔がある。青いというより、土気色の表情で、眠っている。
眠っている? 違う、これはそいうんじない。
これは聡一じゃない。
反射的にそう考えて、体が震えた。
なんだ。
目の前にある、この精巧な人形はなんなんだ?
人間だとは思えなかった。ガラスケースに収まった人形の方が、遥かに人間らしいと思えた。
魂、という言葉が頭に浮かぶ。
魂がどうの、なんて普段考えたことはなかった。だが、今は断言できる。ここに、聡一の魂はない。
体が震えた。
なら、聡一の魂はどこへ行った? この、聡一の顔をした肉の塊はなんなのだ?
そしてふたたび座り込み、思考停止で、写真の中の笑う聡一を眺めた。
時々、あかねや俊介が様子を伺いに来たようだが、目に入っていなかった。
死。
あまりにも受け入れがたい、現実。
葬儀の合間、俺はあかねと俊介に連れられて、集会所の裏へ向かった。
あかねは目を真っ赤に腫らせていて、涙の量を想像させた。俊介の目も赤かった。
しかし、俺は涙が出ない。なぜだろう。
「そういや、奈美ちゃんは?」
今朝から顔を見かけていない。訊ねると、あかねはマンションを振り返った。
「あたしの部屋で寝てる。泣いて、倒れての繰り返し」
「大丈夫かな。心配だな」
「・・・・・・奈美の心配より、ようちゃんは大丈夫?」
俺のなにが心配なのだ? 友達の死に涙一つこぼさない冷血漢だぞ。
「ようちゃんのせいじゃないよ。必死で走ったじゃない。あの時のようちゃんより早く走れる人は、いない」
なにを言っているのだろう? と考えて、ああ、きっとあかねは俺を気遣っているのだ、と気付いた。
「救急車を呼んだら、間に合ったかな?」
「そんなこと・・・・・・」
「冗談だ。過ぎたことさ。取り返しのつかないことだ。悔やんでもしかたない」
心ではなに一つ割り切っていないくせに、知ったような口を叩いて、俺はあかねの肩へ手を置いた。
「お前は大丈夫か? 顔色悪いぞ。なにも食ってないだろ。散々泣き喚いてカロリー消費したんだからな、このままじゃぶっ倒れちまう。おばさんが作ったおにぎり、食べて来いよ。俺は平気だ。お前は自分の心配をしろ」
俊介、お前もだ、と俺は笑いかけた。
「俺を心配するような顔はやめろ。お前に心配されるほど落ちぶれちゃいねーよ。飲んだくれて死んだのは、あいつの自己責任だ。あいつが悪いんだ。お前のせいじゃねぇよ」
あかねに殴られるかな、と思って下半身に力を入れたが、張り手は襲ってこなかった。
なんて無様で無意味な死に方だ。
急性アルコール中毒。一気飲みのしすぎだと? ハメはずして意識飛んで、そのままポックリか。
俺が他人であったなら、指差して、腹抱えて笑う死に方だ。
誰かが責任を感じるなら、聡一自身か、飲み会を仕切っていた俺であるべきだ。だから、俊介、お前まで重荷を背負ったような顔をすることは、ない。
途切れ途切れに説明しているうちに、あかねの目に涙が溢れてきた。
俊介が、怒りにも似た表情で俺を睨む。
「自分だけが悪いと思って内にこもれば、そりゃ気持ちいいだろうね」
「俊介、違うよ、ようちゃんの言いたいことは、そういうことじゃない」
「わかってる!」
きっと、俊介も、整理のつけようがないあからさまな現実に戸惑い、混乱しているのだろう。
俺はつぶやくように言った。
「誰がなにを言ったって、もう、聡一とは会えないんだ」
グッ、と俊介が拳を握り、踵を返して去っていた。
あかねが、涙をたたえた目で、不安そうに俺を見上げる。
そんな目で見るな。自分の気持ちを抑えることが、できなくなる。
「ようちゃん」
「なにも言うな」
声を出せば、胸の内、腹の底、手足にいたるまで溜まりにたまったエネルギーが、解放されてしまうような予感があった。
くそぅ。自分を抑えられない。
心の中で聡一に一言謝っておいた。すまん、お前をダシにするぞ。
「あかね」
呼んで、彼女の頭を無理矢理引き寄せ、胸に抱き締めた。
「よッ、ようちゃ・・・・・・」
「黙ってろ」
あかねが小さくあらがう。
「こんなことされたら、泣いちゃうよ」
「泣け」
昔、聡一だか俊介だかから聞いた話がある。
怪我や病気は、笑って過ごすと治りが早くなるらしい。人体の神秘だ。
だが、今の俺は、あかねを笑わせることなんてできない。だから。
泣いてくれ。
泣いても、同様に怪我や病気が早く治るのだそうだ。
泣いて、泣いて、チタン合金の心に背負った傷を、早く治してくれ。
お前が笑ってくれれば、きっと俺も、元気になるから。
けどそれは、なんて、独善的で卑怯な考え方だろう・・・・・・
抱きつくなどという馬鹿な真似を前後の見境なくやってしまったものだから、翌日からあかねと顔を合わせづらくなってしまった。大後悔しても後の祭りだ。
聡一がいないので、バンド活動も休止。
後日、報を聞いて焼香を上げに来た小木さんは、俺の話を残念そうに聞いていた。
驚いたのはライブハウスつながりのバンド仲間だった。それほど付き合いがあるわけではなく、ただ同じ場所で、同じ日にライブをしたというだけなのに、後から後から沸いて出るように、聡一の仏壇へと向かっていった。
「天才って、若くして亡くなるんだな」
とお世辞を残した者もいたし、
「気を落とさないでね」
と慰めてくれたお姉さんもいた。
「お前らの成長は楽しみにしてたんだけどな。やめないでくれよ、音楽」
小木さんと同じようなことを言う人もいた。
これほど多くの人に俺たちの音楽を聞いてもらえていたのだと、初めて知った。こんなにも人とつながっていたのか、と。