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自由という意味オーケー

 監視つきで聡一はマンションに釘付けにしている。監視でもいなけりゃ、自宅待機中でも飛んできそうだったからだ。

 聡一の穴は、あかねのギターで埋めた。

 最悪のライブだった。

 初めてのライブでは、俺は緊張と無理なフォームのせいで、最後は汗だくの肩で息するほうほうの体だったが、今日はもっと悪かった。

 ついつい赤井の姿を探して真っ暗な客席を見回し、そのたびにミスってあかねに睨まれた。曲順も間違えるし、MC――曲と曲の合間にボーカルが客席へ声をかけるセリフ――も忘れて勝手に演奏を始めてしまったり。

「落ち着いて」

 ぼそっ、と俊介が声をかけてくれるのは、俺が絶不調の証だ。

 最後にはほとんど自棄になって、シンバルよ割れろ、とばかりにスティックを振り回していた。



「終わりの方は、良かったぞ」

 ワールドワールドチルドレンのお兄さんに、なぜか褒められた。

「最初はどうなるかと思ったけど、最後の方はいつもより自由自在って感じで良かった」

 慰めになってないよ、お兄さん。あれは、火事場の馬鹿力と言うか、恥も外聞もなく暴走した結果というか。

「なんでライク・ア・バージンなのよお!」

 怒れるお姉さんがきた。



「じゃ、次の予定は、まだ組まないんだね」

 小木さんに言われて、俺は悄然とうなずいた。

 事務所の中だ。ステージではまだお兄さんお姉さんが演奏中で、できればかぶりつきで見たいのだが、小木さんに呼ばれたのだ。

「聡一の処分が、いま言ったように、いつ出るかわからないんです。その内容も。だから」

「うん、そうか。しかたないな」

 小木さんはギシリと椅子に音を立て、来月の予約表を叩いた。

「来月も来てくれるかな?」

「え、もちろんですよ、俺たち、このライブハウスで育ててもらったようなもんで」

「そう言ってもらえると、凄く嬉しいよ」

 小木さんは、本当に嬉しそうに笑う。

「たくさんのバンドを見てきた。初心者から熟練者まで。今演奏してるワーチルなんか、ほんと古株だよ。ただ、君たちの場合、ちょっと違うんだな」

 椅子を勧められて、俺は腰かけた。

「そりゃ、俺たちはまだ未熟だし」

「そうじゃない。いや、そういうことかな? きみたちは本当に未熟だ。だけど、もっともっと未熟な、赤ん坊のような頃の『茜色の空』 を知っている者にとっては・・・・・・いや、これは失言だった。赤ん坊とは失礼だな」

「いえ、まあ」

 そう思われてもしかたないかもしれない。何と言っても、要たるドラムが俺だ。

「そんなもんですよ」

「初めはそうだった。けどね、一ヶ月に一度、見る度にどんどん上達していく。今は、コピーが半分オリジナルが半分ぐらいの曲構成だね。曲作りも、確実に成長している。なんて言うのかな、人が成長していく姿っていうのは、大人にとっては、なによりも楽しみなことなんだよ。今のきみたちは、立派なバンドマンさ」

 小木さん、セールストーク入ってますよ。安心してください。俺たちはずっと、このライブハウスで演奏しますから。

「それで、ちょっと気になってね。あかねちゃんの事だけど。どうしたの?」

 このオヤジもけっきょくそれか。彼女とは、なんにもないんだ。いちいち蒸し返されたら、そのたんびに俺は赤井のくそ憎たらしい顔を思い起こしてしまう。

 ああ、胸の中の風船が膨らむ。

「こういう問題がいざこざになるバンドは、実際あるからね。きみたちのファンとして、ちょっと心配になったんだ。老婆心さ」

「ご心配なく。俺とあかねは、今まで通りの関係です。なんにも変わりません」

 歯を食いしばって言った。



 練習以外では、あかねと話をすることもなくなった。時々スタジオに顔を出す赤井に、スティックを投げつけたい衝動を抑えるのは、しごく大変だった。

 そうして一週間が過ぎた頃。

 聡一の、退学処分が決定した。



 七月は、矢のように過ぎた。

 正直に言えば、あかねのことを考えないようにする生活と、聡一のいない生活とが、恐ろしく無意味で乾燥していて色あせていた。

 とりあえず、署名活動してくれた一人ひとりにお礼とお詫びと謝罪を述べに回った。みんな、力になれなかったことを謝ってくれた。中に泣いた者もいて、こちらが焦った。

 聡一は相変わらず元気だ。無意味に馬鹿笑いしながら、新曲作りと次回小説の構想に余念がない。

 俊介はマイペースに、自分の生活を守っていた。

 しばらくすれば、いつもと同じ生活リズムに戻っていく。聡一など、初めから学校には存在しなかったかのように、みんなが普通に過ごし始める。

 七月半ばに赤井があかねにフラレた、と聞いて、小躍りしたのも束の間、借金の取り立てにきた友人から、新たなあかねの恋人を知らされて呆然自失した。

 俺は、なにもわからなくなった。



 夏休みの初日。

 聡一退学記念パーティーを開くこととなった。

 最初はメンバーだけで、という話だったのだが、署名集めをしてくれた友人たちや、隆太の仲間たち、それにあかねの新たな恋人の友人たちが集まって、けっこうな数に膨れ上がってしまった。

「居酒屋とか?」

「予約してないのに、この人数で行けるかな?」

 当日になって場所に悩む無計画さは、リーダー不在の弊害だ。

「なに言ってんだ、洋平がリーダーだぞ」

 主役の聡一がイライラしながら言った。

「なんで前もって場所確保しとかなかったんだよ」

 ああ、そうだった。面倒な役目は全部押し付けられるのだ。リーダーというより幹事、もしくは雑用と呼ぶべきだ。

誰かが「カラオケとか」 と言うと、「個室に別れるけど、それで・・・・・・」 と同意する者もあらわれる。

 冗談じゃない。

「あかねと聡一がマイクを離さねぇぞ。酔えば殴り合ってでも奪い取る」

 それで何回聡一と喧嘩したか知れない。

俺たちの殴り合いの横で、あかねが平然と歌っていて、俊介がギターの真似をして彼女に合わせていた。聡一が奈美と付き合い始めてからは、殴られて顔が向いた先におろおろする彼女がいて、ぶん殴って振り向くとグラスが飛んできたりした。ほぼニ対一のハンデ戦だ。

 たぶん、もうあんなこともないのだろう。仲良し四人組の一人は退学し、あかねは恋人との甘い生活が忙しいらしい。練習後に俊介の部屋へ集まる習慣も、自然と消滅していた。

 そんなことを考えていると、胸が締め付けられた。その苦しさは、胸板ぶっ叩いてもおさまらない。

「公園に行かない?」

 聡一の隣にたたずむ奈美が提案した。

「前に、ライブの打ち上げで、公園に行ったこと、あったでしょ?」

 そんなこともあったかな。

 一次会は居酒屋、二次会はメンバープラス奈美の五人で、地元の小さな公園で飲んだ。

 聡一が荒唐無稽な将来設計を語り、あかねがケタケタ笑いながら奈美に抱きついて、俊介はバンドの今後の方向性で悩み、俺は砂場で穴を掘った。

「この人数で公園行ったら、確実にサツに捕まっちまうぜ」

「大きい公園なら平気だろ」

 この頃の日本はまだ安全で、狂気への不安はほとんどなかった。だから、警察の取り締まりもそれほど厳しすぎるわけではなく、公園で少々騒ぐぐらいなら、誰も文句を言ってこなかったのだ。

「駄目だ、夏休み初日だぜ、ゾクが集会やってるよ」

 暴走族も大量に存在していた。

「西口の公園なら、大丈夫だ。この前の大量摘発で、スゴロクテンは半分がとこ潰れかけてる。たぶん今は集会やんないんじねぇかな」

 その手の情報ツウが難しそうな顔で説明してくれた。

「じゃ、西口公園な。それでいいだろ、洋平」

なんで俺に振る?


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