史上最大の作戦
「署名を集める」
俺の言葉に、全員が「はい?」 と口を揃えて聞き返してきた。
「今日の騒ぎは隆太たちが大元で、聡一は関係ない。怪我させたとはいえ、指の怪我は下手な手の突き方したヤツが悪いんだし、第一、あいつは俺を殴っている。あいつの方が悪い」
いつもと違って、俺の部屋だ。
あかねの友人、俺たちの仲間、総勢十二人。まあ、急の召集ということだから、こんなものだろう。まだこれからやって来る予定の者もいる。ただ、騒ぎの時、どさくさにまぎれて消火器噴射をやって、自宅待機食らってる馬鹿が、友人にはけっこういて、これが少し痛い。
「正当防衛みたいなもんだ。それに、入学して二ヶ月半で退学なんて、ひどすぎる」
「いつも簡単に悪事がバレる聡一も、悪いと思うけど」
詩織が実にまっとうなことを言う。その通り、正論だ。バレたやつが悪い。
「だが、二ヵ月半でいったい人間のなにを判断できるっていうんだ? ピッチャーだって初球ホームラン打たれても降板しないぞ」
「たとえがわかんない」
「けっきょく、なにをすりゃいいんだ?」
「時間はいーのかー?」
やかましい、黙れ。
「明らかに学校側の横暴であり、聡一という人間を試してもらうため、チャンスを与えるのが正当だ。と、説明して、署名をもらってくるのだ」
「だから、署名ってなんなのさ?」と俊介。
「ここに、全校生徒の住所が載っている生徒名簿がある」
「・・・・・・嫌な予感がするなぁ」
「一軒一軒回り、さっきの説明をして、納得してもらえたら、名前と印鑑、もしくは母印をもらう」
「この雨の中で、かよ!?」
叫んだやつへ、俺は大きくうなずいた。
「時間がない。明日の朝一で、校長室に持っていきたい。早ければ早いほど、けっこうなインパクトになるはずなんだ」
「・・・・・・なんか、セコくね?」
「そこぉ! セコくないぞ。これは世間一般で弱者が訴える方法の一つとして認められたアレだぞ」
「それで、聡一は助かるの?」
あかねが不安そうに訊ねる。
「わからん」
しかし、校長へ直に生徒の声を届ければ、トップダウン式の、教師への圧力となるはずだ。
「さっき先輩に電話したら、よほどのことでないかぎり、退学処分決まるまで、時間かかるもんらしい。だから時間はあるけど、もたもたせずに、一晩でこれだけ署名を集めました、って提出した方が、案外」
心を動かす教師がいてもおかしくはなかろう。
作戦が理解できたようなので、区割りを始めようとした時、部屋のドアをノックする音がした。
母が、気味悪そうに部屋の中を覗いてから、迷惑そうに玄関を指差した。
「お友達」
玄関へ行ってみると、隆太が馬鹿でかい体を窮屈そうにして立っていた。
こんな時に昼間の続きか?
「聞いたぜ、聡一のこと」
隆太はうつむいている。
「退学だって? 俺があんな騒ぎ起こしたせいで」
「その通りだ。だからお前の顔は見たくねぇ。帰れ」
「そうはいかねぇよ。なんかやるんだって? 俺にも手伝わせてくれ」
「人手は足りてる」
だいたい、隆太は騒ぎの首謀者なのだから、当然自宅待機を命じられているはずだ。こんなところにいていい人間じゃない。
「仲間も来てんだよ」
隆太はなかなか引き下がらない。よほど責任を感じているのか。仲間を怪我させた聡一のために? 昼間殴り合いをした俺のところへ来るほど? 正直、俺だったら、いくら責任を感じても、こうも素直に悪かったと認めはしない。
と、頭の中でピコーンと光るなにかがあった。
そうか、そういうことか。
「・・・・・・しょうがねぇ。お前一人だけ、責任とって働いてもらう。仲間は帰せよ、自宅待機中だろ」
「相変わらず、偉そうなヤツだな」
隆太は内心の喜びと不安を隠せない顔で、玄関を出て行った。
貴様の魂胆はわかっている。
部屋へ戻るなり、隆太の来意を伝え、それからおもむろに区分けを始めた。
「このマンションと水戸台駅までは、俺と俊介がやる。あかねと奈美ちゃんは矢田川駅まで。海越方面に朝湖方面は、それぞれ出身のやつな。水戸台地区は、泰男、杉原、お前らと、あとは詩織ンと・・・・・・隆太だな」
「えー! あたしヤだ」
「反論は許さん。リーダーは俺だ」
「横暴」
「うるさい。隆太の巨体をカバーできる美人は、お前ぐらいしかいないんだよ。なッ、今度メシ奢るからさ」
隆太が、馬鹿な男だというのは確かだ。あんな騒ぎを前後見境なく起こすのだから。しかし、気持ちはわからんでもない。恥をしのんでこんなところまでやって来るほど、詩織にホレてしまっているのだ。別れて自棄になって馬鹿をするのも、なぜ消化器か理解できないが気持ちはわかる。
チャンスは作った。後は、いいとこ見せるなり、熱く抱擁するなり、お前の好きにしろ。俺の知るかぎりでは、そこまで詩織に惚れこんだ男はお前だけだ。少しは応援してやるぞ。
「いいかあ、聡一のことを知っているか確認し、こちらの話を聞いてもらった上で、署名をもらえ。脅しとはったりと暴力と誘惑は禁止だ。サツの職質には誠意を持って当たれ。以上」
多くの生徒にとっては、迷惑この上もない夜になったことだろう。
携帯電話が急速に普及し始めていたとはいえ、まだ高校生の全員が持つことになるなど、考えられない時代だった。特に俺のようなアナログ人間は、ポケベルさえ携帯していなかったのだから。
PHSを持っている者が移動支部になり、状況報告は逐一俊介のポケベルへ届いた。
「やっぱり、たいしたもんだね、洋平は」
「ああ、今回に限って言えば、我ながらナイスアイデアだ。俺って、実は頭いいんじゃねぇか?」
「いや、アイデア自体は、たいしたことないよ」
いつもやさしい俊介に言われて、俺は思わず傘を落としそうになった。
本気で凄いと自分を褒めていた俺は、いったいなんだったのだ。
「その日のうちに思いついて、即実行っていう行動力は凄いけど」
「だろ?」
「だけどね、一番凄いのは、そんな些細なことじゃない」
いいよ、慰めなんかいらないさ。たしかに、誰でも思いつくアイデアかもしれない。マイナス要素をろくに考えもせず実行に移したのは、俺の迂闊さに他ならない。
「気付いてる? さっきから、ポケベルに入る報告が増えてるんだ」
雨で濡れている俊介の髪が揺れていた。
「みんな、要領よくやってんだろ」
「そうじゃないよ。増えてるんだ。人数が」
「??」
「わからないかなぁ。ま、それも洋平のいいとこなのかもしれないけどね」
いいかい、と俊介は雨の雫へ手をかざした。
「誰だって、こんな雨の中、歩き回ったり、チャリで回ったり、したくないよ。だけど、みんなが、まあ文句ぐらいは言うけど、駆けずり回ってくれるのは、なんでだろう? それも、どんどん人数が増えてる」
「聡一のカリスマ性かなんかか?」
「そうじゃないと思うな。まだ入学して二ヵ月半だよ? その間に、聡一を理解できるとは思えない。いろいろと、複雑な男だから」
「じゃ、なんなんだ?」
「みんな、洋平が言い出したことだから、手伝ってくれるんだ」
さっぱり話がわからない。俺のなにがなんなのだろう。
「みんな気付いているのさ。いつもより気落ちしてる時に、さり気なく声をかけてくれる洋平のこと。ちょっと顔色が悪い時、気遣ってくれる洋平のやさしさとか」
「ばッ、馬鹿言え」
恥ずかしさのあまり、俊介の肩をどついていた。
「それこそ、あれだ、たかが二ヵ月半、って言うか、俺はそんな気ィ遣ったりしてないぞ。変だなーと思った時に一言二言いうくらいで」
「そんなちょっとした一言が嬉しいんだよ。だからさ、みんな、集まってくれるんだと、俺は思うね」
たぶん、顔は赤くなっていたと思う。
俊介は過剰に俺を褒めすぎだ。いや、不当におだてている。金は出ないぞ。カードで負け過ぎて、俺は今や借金王なのだから。
俺は当たり前のことをしていただけだ。
他人の様子を探るのは、得意だ。たぶん、人の顔色を窺いながら生きてきたせいだろう。子供の頃には父の顔、母の顔、あかねと出会ってからは彼女の笑顔、気難しい聡一。
自分の弱さをひた隠すために、必死になって虚勢を張るようになっても、それは変わらない。相手をよく観察しなければ、虚勢は張れないものだし。
そう、これはやさしさとか、そういう類いのものではない。他人に嫌われないように、うまく付き合っていけるように、そのための、自分のための方策であり、擬態。
後書き
これははたして恋愛小説なのでしょうか?
書いている私が疑問に思うのですから、みなさんはより一層感じているかと。
やはり、未熟な私は、苦手なジャンルに手を出すべきではなかったのでしょうか・・・・・・
しかし、いろいろ今後の展開を考えておりますので、なんとか、お付き合いください。