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妄想王者  作者: 熊曽
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第一話   自我(メイドマニア)の発露

 目を閉じ、意識を集中する。増太のイメージの中で白と黒の霧が混じりあい、それが複雑な文様を描きながら人の形を作っていく。黒を基調として、白はその一部を覆うフリルやレースとなり、やがてメイド服に身を包むリリーの姿がまぶたの裏にくっきりと浮かび上がった。

 目を開けると、リリーがこちらを見つめていた。

「お呼びですか? マスター」

「一緒におやつでも食べようと思って」

 心の中で、リリー可愛いよ、はぁはぁ……、と呟きながら、増太は建前を口にした。そもそもリリーは物を食べるということはない。おやつなんて口実にすぎず、実際はいつも増太がプリンを一人で食べながら会話をするだけである。

 それでもリリーは素直に嬉しいようで、きらきらとした笑顔で喜んでいる。

「いいんですか? 私なんかがマスターのティータイムにご一緒しても」

「もちろん。今取ってくるから」

 断られないのは分かっていたが、それでも女の子がお茶のお誘いに快く同意してくれるのは嬉しいものである。早速おやつを準備しようと立ち上がる。

「それと、今日も可愛いよ、リリー。 白いニーソが眩しいね」

 去り際にそんなことを言ってみた。やはりメイドマニアとして、そしてマスターとしてこれだけは言わねばなるまいという奇妙な義務感にも駆られつい本音が出てしまったが、言ってから流石に恥ずかしくなった。

「も、もうっ。マスターったらぁ」

 彼女の照れる姿を瞬間的に堪能したのち、増太は階段を駆け下りていった。





 リリーを召還する作業にはもう慣れていた。強くイメージする、それだけの事である。

 事故から一週間。増太は毎日のようにリリーを呼び出していた。


 初めはあの飛行機事故だ。墜落の瞬間、増太の必死の呼びかけに応えて現れたリリーが、その命を救ってくれた。


 次にリリーと会ったのは、病院のベッドの上だった。病室では両親が増太の目覚めを待っていた。彼が無事に目を覚ました時、母はたまらず泣きだした。父も少し涙ぐんでいた。そしてその後ろにさり気なくリリーが立っていた。

「マスター、無事だったんですね。よかったぁ」

「リリーちゃん!?」

「「え?」」

 増太の声に、父と母も思わず後ろを振り返る。そして不思議そうな顔をして、増太に向き直った。

「おい、大丈夫か? 増太。どこか具合が悪いのか?」

「先生、増太の様子が!」

 ドアのそばで見守っていた医者が、母に呼ばれて近寄ってくる。

「増太君、大丈夫かい? 君は助かったんだよ? 具合の悪いところがあるなら、遠慮せず言ってごらん」

 そこで増太にはすべて理解できた。見えていないのだ、彼らには。

「いえ、なんでもありません」

「そうかい。ならいいんだ。――少し、記憶に混乱があるのかもしれません。検査では異常が見つかりませんでしたが、一日だけ様子見で入院させてはどうでしょう」

「そうですね。お願いします、先生」


 夕方、増太は病院の屋上に出た。少し蒸し暑いような、それでいて肌寒いような八月の夕暮れ時。病院を取り囲む林の向こうに見える街は、黄昏の情緒を湛えている。

 まずは周囲に人がいないのを確認し、そのまま座りこむ。咳払いして、改まって尋ねてみる。

「あの、リリーさんって、いったい何者なんですか?」

 漫画のキャラに対しては「リリーちゃん」などと馴れ馴れしく呼ぶが、生身の女の子を前にしてはそれも出来ないのが増太の性分だった。思わず敬語で会話する。

「と、言いますと? 私はマスターに仕えるメイドですよ?」

 リリーも増太の隣に正座した。手は行儀よくそろえて膝の上に置いている。

「えっと」

 具体的には何から聞いていいのか分からず、とりあえず無難な所から質問した。

「どうして俺の所に、来てくれたんですか?」

「それは、呼ばれたからです」

「確かに、呼びましたけど……」

 どうも話がかみ合ってない気がする。

 それに対し、リリーは少し不安そうな顔をした。

「もしかして私……迷惑、でした?」

「いや、決してそんなことはないんです! ただ、気になって」

 あわてて否定し、質問を続けた。

「君はどこから来たんですか?」

「えぇっと、あんまり良く解らない、です。ごめんなさい」

「そう、なんですか」

 あまり申し訳ない顔で言うので、こっちも申し訳ない気分になる。


「えと、こっ、これからどうするつもりなんですか?」

 これが増太にとって、最も気になる質問だった。増太は一人のメイド好きとして、ある答えを望んでいた。それはとても馬鹿らしい期待にも思えた。しかしそもそも、現実離れしたこの状況である。もしかすると、もしかすれば期待どうりの答えが返ってくるのではないかと思えた。

 ところが返ってきたリアクションは、予想外のものだった。

「それってもしかして、私のこといらないってことですか?」

 リリーの顔が、一気に暗くなる。

「そんなぁ、私まだ家事とかお料理とか、何もしていないのに……」

 本当に悲しそうに、そう言った。結果は期待どおり、いや、期待の上をいくものだった。

「ち、ちがうんです! 家に来たいって言うのなら、歓迎します。いや、ぜひうちに来てほしいんです」

 それを聞いて一転、リリーは、ぱぁっと眩しい笑みを浮かべた。

「それじゃあっ」

「うん。よろしくお願いします、リリーさん」


 日は沈み、辺りはもう暗くなっていた。街には明かりがともりだす。一段と強い風が吹き、リリーは肩を震わせた。

「そろそろ戻りますか、寒くなりましたし」

「はい、マスター」

 スカートをはたきながら立ち上がる仕草も、女性に慣れない増太にはとても新鮮なものに見えた。


 屋上のドアを開け、薄暗い階段をゆっくりと降りていく。

「あっ、でもマスター」

 後ろについてきていたリリーが突然声をかけて来た。

「はい?」

 誰かに聞かれると困るので小声で返事するが、その声は階段のホールに響いた。

「そんなに、かしこまらないでください。私のことも、リリーって呼んでください。私はマスターの、メイドですから」

 少し恥ずかしそうに、そう言った。その顔はとても可愛らしかった。

(僕は、マスターになったんだ)

 今になって、その実感が湧いてきた。

(最高じゃないか。最高のプレゼントだよ、神様)

 それと共に、変な意識がほぐれていく。メイドマニアとしての、素の自分が現れる。

「じゃあ、ありがとう、リリー。助けてくれて」

「え?」

「だから、ありがとう。礼を言ってなかったから……」

 キョトンとしてこちらを見返すリリーにどこか恥ずかしくなりつつも、普段は女性に言えないようなセリフが口をついて出てきた。




 場面は戻り自宅の一階。増太は冷蔵庫からプリンを一つ取り出す。今日スーパーで買ってきたばかりの物である。リリーの待つ二階に戻ろうとしたとき、台所の母が声をかけてきた。

「あ、増太。今日あんたにお客さんが来てたよ。ちょうどあんたが外に出てた時」

「客? どんな?」

「なんか背の高い男の子。あんたの同級生かな。少し年上に見えたけど。お見舞いがしたいんだって、事故のこと心配してたよ」

 そう言われても全く心当たりがない。だいたい増太には、わざわざお見舞いに来る学校の友達なんていないはずだった。

「まあいいや。学校に行けばどうせ会うだろうし」

「ああ、それと」

 階段を昇りかけた増太に、母はさらに言った。

「あんた、最近部屋で独り言多くない?」

(ギク……ッ!)

「あ、ああ、あれね? 今よくパソコン使って友達と話したりとか、するんだよね。便利な世の中になったもんだ。ハハッ」

「そう。ならいいけど」

 しどろもどろしながら適当に言い訳し、逃げるようにその場を去った。


 部屋に戻って、リリーと雑談(多少声量控えめ)しながらプリンを食べる。

「マスター、夏ももうすぐ終わりなのに、引き籠ってばかりじゃよくないですよ。」

「そうだなあ。今度海にでも行くか?」

 何となく提案したが、海に行くにしても人のいないビーチを見つけなければ、そこでリリーと会話することさえままならない。独り言をつぶやき、虚空に話しかける変質者として監視員に通報されるのは遠慮したかった。こっそりと、かつ安全に泳げそうな場所の候補を脳内にピックアップする。

「行きましょう! 私、マスターと一緒に海、行きたいです」

(マスターと一緒に、か。可愛いなあ、もう)

「オーケー、じゃあ今週中にも――あ、でも水着はどうするんだ? そのメイド服って着替えられるのか?」

 ちなみに普通の服をリリーに着せると、一般人の目には服が宙を浮いて動き回っているように見える。着替えるとすれば、それは増太の妄想の力によるものでなければならない。

「さあ、どうなんでしょう。試してみますか?」

「おう、やってみる」

 目を閉じて強くイメージする。少し際どくも、メイドらしい清楚さを残した水着。それを着たリリーの姿。

 目を開けると、そこには水着姿のリリーがいた。

「おお、出来た」

「へ? って、いやぁ! なんですかこれぇ。は、早く戻してください!」

(ウヒョォォォォイィィィ!)

 自分の体を抱きしめながら叫ぶ姿の可憐さは常軌を逸している。

「似合ってるじゃんか、リリー」

「い、いいから早くぅ。元に……」

「エー」

「エー、じゃないです!」

「……」

「黙らないで下さいよぉ、マスタァ! ホントに恥ずかしいんですよ!?」

「いや……なんだ? あれ」

 顔を真っ赤にしながら言うリリーを、その時増太は見ていなかった。リリーもその視線に気づき、つられて後ろを振り向く。

「な、なんですかぁ!?」

「おいおい、マジかよ」


 窓の外、いつもと変わらぬ昼下がりの住宅街。その一角に極太のミミズの様な物体があった。毒々しい赤紫色の、艶を帯びたイソギンチャクの様なそれ。すなわち、巨大な「触手」が蠢いていた。

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