第22話 成り上がりに疲れたら『一撃ざまぁ短編』を書け!
こんにちは、雨宮 徹です。本作では、一般的な創作論を書きつつも、私のオリジナルを混ぜて唯一無二の創作論集を目指します。第二十二回は「成り上がり小説の新しい形について」です。
■成り上がり小説の弱点
成り上がり小説ですが、一般的には「追放されるが、後で見返して『ざまぁ』する」という形式です。成り上がり系の物語、つまり「落ちた主人公がのし上がる話」は、一定の人気を誇るジャンルです。しかし、このジャンルにはひとつ大きな弱点があります。それは「インフレ地獄」です。
最初に大きく落としてから始めるため、あとはどこまでも上げ続けるしかありません。人気が出れば出るほど、より過激に、より大胆に、成り上がり方をエスカレートさせる必要があるのです。作者としても、いつか「これ以上は無理」と感じてしまう時が来るでしょう。そんなときに提案したいのが「ざまぁを連作短編にする」という手法です。
■短編で「一撃ざまぁ」を目指す
成り上がり小説が読まれる要因として、「後半に必ずスカッとする」というものがあります。この「スカッとする感覚」ですが、長編でしか成立しないわけではありません。短編でも十分に成立します。それも、連作短編だと効果は絶大です。
一話完結(連作短編)形式なら、読者も「今回はどんなざまぁが来るのか」と、気軽に楽しめます。冒頭で「イラッとさせるエピソード」を提示し、最後に「スカッとする逆転劇」で締める。読者の感情を丁寧に導き、満足度を最大化する構造です。
しかも、これなら毎話ごとに「イラッ→ざまぁ」で完結するため、インフレの必要がない。それぞれの話が独立していても、同じ快感を読者に提供できます。
たとえば、こんな概要の小説があったとします。
・主人公はギルドの受付嬢だが、毎話の冒頭で無能な冒険者に絡まれる。
たとえば「俺、ドラゴンハンターなんだぜ」と自慢話をされたときは、心の中では「狩ってるのF級だけだろ」など毒舌です。誰もが社会で感じる理不尽に対して、内心思っていることを読者に見える化しています。この段階で、読者にも小さなフラストレーションが生まれます。そして、最後には知恵などで、「ざまぁ」する。先ほどのドラゴンハンターならば、ドラゴンを狩るのに失敗すれば名声は地に落ちます。
最後にスカッとするというパターンが分かっていれば、読者の楽しみは「いかにドラゴン狩りを失敗させるか」という一点に集中します。ポイントが明確になることで、通勤中などのスキマ時間でもサクッと読めるのも大きなメリットです。
■ 共感は「実体験」から生まれる
現実の中で、「上司に理不尽に怒鳴られた」「納得のいかないルールを押し付けられた」「口下手で反論できなかった」――そんな経験、誰にでもあるはずです。
それを創作に昇華しましょう。現実で言い返せなかった分、小説の中では堂々と論破する。黙らせる。やり返す。すると、読者もこう思うのです。「わかる、それあるわ」「よし、やってやれ!」と。作者の怒りと、読者の怒りが一致したとき、作品は一気に読まれます。この手法は「共感」を呼ぶぶん、あくまでストレスの昇華が目的であることを忘れないでください。怒りや悲しみを全部受け止めようとすれば、心が壊れてしまいます。だからこそ、フィクションの中で整理していくことが大切です。
読者は「スカッとしたい」と思っています。自分ではできない分、小説の中で登場人物にやり返してほしい。長編で成り上がるのがつらいなら、まずは短編で「一撃ざまぁ」してみてはいかがでしょうか。
■備考欄:ざまぁ。スカッとする逆転劇。読者の皆さんに快感を与えるために、私は日々、現実世界のドブ底から「怒り」と「理不尽」を掬い上げています。でも、浄化しきれなかった毒が、少しずつ私の指先に残っている。小説の中で無能な冒険者を論破するたび、現実の私の部屋に、その「無能な誰か」の吐息が満ちていく。
ざまぁという快感は、実は猛毒です。読者がスカッとする瞬間、その裏側で、私が肩代わりしたストレスが黒い泥となって、私のキーボードから溢れ出している。ほら、この文章の端々に、黒いシミが見えませんか? それは私が飲み込んできた、誰かの「怒り」の残滓です。私の心が壊れるのが先か、それとも、この「ざまぁ」という連鎖が、世界を飲み込むのが先か。




