エピソード 0
「おい、アーレンさん、どうすんのこれ」
目の前には爆散したトレーラーと、中に乗っていたであろう人物二人も焦げて横に倒れてたりする。
その隣には、全高5mくらいの最低野郎が乗りそうな感じのメカニカルなロボットが立っていた。色はサンドベージュ、二足歩行だが外部ロケットモーターによる短時間の浮上は可能で、クローラーでローラーダッシュ的なこともできる上に無骨な近接武器のみで構成された武装。
男のロマンを感じる機体ではあるが、今回は俺はそれに乗っていない。
トレーラーを貫いた右腕のパイルバンカーが冷却と潤滑を兼ねる油を滴らせながら収納され、俺の声掛けに対して頭についている複眼が中距離モードに切り替わりこちらを見てから
「犠牲はつきものです」
と元気のいい、女性の声がヘルメットのスピーカー越しに聞こえてきた。
「いや、まだこの人らには寿命あるから死なないようにという上からのご要望のはずでは?」
「大丈夫です。いっときレイヤー被せて生きてることに偽装しますから、その間に対策考えましょう!」
そう言ってからゆっくりとそれは降着姿勢をとる。
胸元にあるハッチが開き鉄棒の逆上がりをするような感じでアーレンは飛び出してきた。
青いウサギ耳をつけた、華奢な体のラインがわかる肩の出た服装と、短パンに膝上ロングのブーツを身につけ、全身薄青い衣装と髪色と目の色をした少女だ。ロボットのコクピットに入るような服装ではないが、いつもこの格好でいるので問題はないのだろう。
表情だけは申し訳なさそうな顔をしているが、多分反省してない。
今回の始末はどうしたものか、とため息吐いて自分の体を見下ろす。
そこには銀色のメカニカルなスーツに覆われた体がある。
全身を銀色のスーツで覆われている俺の姿だが、昔の宇宙刑事的な雰囲気が否めない。
頭は偏光ガラスのヘルメットなので全身銀ピカではない。
ロボットにパワードスーツ、それが今の日本の地方都市の風景の中にいるのだから違和感はものすごくある。
道路周辺のマンション、家々からは多くの視線が向けられ、爆風で吹き飛ばされたガラスなどはそのままになっている。
俺もめちゃくちゃ見られてるが、ロボットの方も撮影されてたりしてものすごく目立っている。
全く隠蔽してないので国道で謎のロボットがトレーラーを襲ったみたいな絵になってるはずだ。
全く、アーレンは人目とか地球産の機械の脆さをもっと自覚してほしいものだ。
すぐに今回の不始末をなんとかする方法を指示する
「偽装するより、ポータル開け、放り込んでむこうで再生してこっちに戻せばよかろ」
「頭いいですね、その方法がありましたね」
「基本的にレイヤー使うしか頭に詰まってない奴にはひらめかんだろうよ」
と言いながらアーレンにポータルを開かせ、そこに爆殺された二人の遺体を丁寧に放り込んでもらう。部位に取りこぼしがあると大変なので爆殺した本人に責任とって回収してもらおう。
俺は、周辺住民や記憶媒体に「見なかったことにしてもらうように」暗示をかけることにした。
漫画のように「隠蔽魔法」とか「隠蔽領域」とか展開できないので事後に対応するしかないのが面倒だ。もちろんSNSに上がったものも全て消していく。
トレーラーの単独事故が起こり爆風で近隣住居のガラスが割れた、みたいなニュースになっていくだろう。運転手たちは今は死んでるけど軽傷になる予定。
あらゆる記憶媒体と、人や動物の記憶情報に上書きをしていく。鳥や獣の記憶を読む奴もいるので念には念を入れて。流石に虫については認識が異なるので、そこまで行う必要はない。
人間の記憶も基本は生体電流による電子的な情報なのだから上書きは理論上は可能だ。だが、その情報が他のものに連結してることが多いので、オリジナルの記憶を消すと他の人間の認識に支障が出る場合がある。
なので、夢のような感じで元の記憶を押し込んでから記憶情報の上書きを行う。人間の情報はレイヤー構造なので、最も見えている部分を強くしておくと下に潜り込んだものはあまり表に出にくくなる。消えているわけではないのでそこにつながる他人との共通認識も維持されたままだ。
ただ、人によってはレイヤーが元々薄っぺらい人間もいるので、後でそういう人たちが何かの拍子、たとえば脳波がデルタになるとかシータになるとか、レイヤーが曖昧になる状態になった際にうっかり思い出して、電波系な情報をSNSに流し始める可能性はある。
世の中の陰謀論のいくつかは、この記憶情報の偽装に失敗した人がいたんで漏れてきたのだろうと推測できるが、俺はその辺、ちゃんと対応してると思う。
昔からオカルト、SF、そういう本を読んできたし、社会人としての大人の認識も持ってるからな。どの辺りの意識のレイヤーに働きかければいいかもフィクションの中で学習してる。
デジタル機器の場合は人類の魂のようにレイヤー構造ではないので単純に上書きできるから楽だ。
範囲は大体300m範囲で、念の為半径1kmに記憶の上書きを行っておく。
今回の仕事も、ターゲットの記憶情報に紛れ込んでいるほか星系からの情報網「ATLAS・ネットワークにつながるプログラム」を排除することだったのだが、勢い余って爆殺するのはどうかと思う。
プログラム排除するついでに死ぬ予定ではない人も排除してしまうと明かに、それを仕込んだ側から不審に思われて後々面倒なことになるだろうに。
アーレンはもっと人間というものを知ってもらわないといけんな。
と夕日に染まる空を眺めながら考えてしまうが、なんでこいつの教育係をしないといけないのか、というのも上に問いただしたいことはある。
「人は運命には逆らえませんから」
とは誰のセリフだったか、昔読んだ本に書いてあったような気がするが、これも運命なのだろう。
影響のある範囲の記憶改竄、操作を終えて一息ついてから、オレンジ色の空を見て思い出した。
「あ、このパターンは冷凍みかん必要じゃないか」
死んだ二人が無事にこの世に戻ってくるために重要なアイテムを手にするため、俺は変身を解いて駅へと走った。
その金で今日は晩飯を食う予定だったのに。
アーレンはアイス抜きだな
そんなことを考えながら暮れなずむ駅の売店へと駆け込んでいった。
くそ、ホームの売店じゃないと買えないから入場料も取られるやんか。




