祈り
鳥の囁きすらも聞こえない、静かな森の中を走り去る一台の馬車。
その馬車の中には、真っ白な衣装にベールを身に纏った、女神の様な少女、メルーナとメイドのロセが、ただ静かに座っていた。
「…お嬢様、あまり緊張なさらなくても大丈夫ですからね、ロセが着いてます」
「…はい」
結奈は疲れきった顔をしながら、短い返事をする。
………
結奈が馬車から降り、前を向くと、そこにはポツンと、教会が一つだけ建っており、周りには馬車が三台ほど止まっていた。
教会の入り口には一人だけ人が立っており、まるで何かを守っているようだった。
「…どうです、お嬢様、何か思い出せそうですか?」
「…ごめんなさい、何も」
ロセが少しだけ悲しそうな表情をするが、すぐに結奈の背中を優しく擦りだす。
「大丈夫ですよ、ゆっくりで良いですからね」
「…ありがとうございます」
「どういたしまして、では参りましょうか」
ロセはメルーナの手を引き、共に教会へと向かう。
「…ごきげんよう、軍団長」
ロセは入り口に立っている、ガタイの良い、鎧を着た男性に話しかけ、メイド服の裾を掴み礼をする。
結奈もロセの真似をし、ゆっくりと頭を下げる。
「ごきげんよう、メルーナ様、ロセ殿」
そう言い、軍団長と呼ばれる彼も胸に手を当て頭を下げる。
「お嬢様、この方は我がレミーラ王国の軍団長、【アルバン・ルイル】様です、聖女が祈りを捧げる時、侵入者が現れないように、外を見張って下さいます。」
「あ、えっと、よ、よろしくお願いします」
「お任せください、このアルバン・ルイルが、メルーナ様をお守りいたします」
「あ、ありがとうございます」
結奈はアルバンの威圧感に驚きながらも礼を言う。
「お嬢様、そろそろ中へ入りましょう、では軍団長、よろしくお願いいたします」
「えぇ」
アルバンが教会の扉を開け、二人は教会の中へと入っていく。
「メルーナ!」
「…ルイゼン」
「お久しぶりです、王太子様」
教会に入ると、目の前には長い通路のみがあり、そこにはルイゼンが、壁に寄りかかって、メルーナの到着を待っていた。
ルイゼンの姿を確認したロセは再度メイド服の裾を掴み礼をする。
「お久しぶりです、ロセさん」
「はい、お久しぶりです」
二人はお互いに頭を下げ合う。
「…あの、すみません、この祈りって何人体制でやるんですか?」
結奈は首を傾げながら、質問する。
「そうですね、大体5人体制ですね
女王陛下に王太子様、外にいるグランドマスターに、私、そして主役のお嬢様様です」
「な、なるほど...」
少ないっちゃ少ないが、多いと言えば多い。
微妙な人数だ。
「母上は既に、お二人の到着を待っておりますよ」
「それは大変、お嬢様、行きましょう」
「は、はい」
三人は皆が待っている場所へと歩みを進める。
すると、結奈の隣にルイゼンがぴったりとくっついてきた。
「…メルーナ、毎年言っているが…その、とても美しいよ」
ルイゼンは頬を赤らめながら、メルーナを華美だと褒める。
「…ありがとう、ルイゼン」
結奈はルイゼンから目を反らしながら感謝を伝える。
「王太子様、祈りの場に女王陛下がいらっしゃるんですよね?」
「あ、はい」
ロセは大きな一つの扉に手を当て、ルイゼンに正しいかを問う。どうやら、二人が話をしている間に、望みの場所へと着いたらしい。
ロセは大きな扉をいとも簡単に一人で開けてしまう。
扉の向こうには、真っ白で汚れのない室内に、綺麗に吹き出す噴水、そして大きな、まるで女神のような形に掘られた石像。あまりにも清らかな雰囲気の教会に、結奈は目を奪われてしまった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「……!あ、はい!」
結奈は周りをよく見回しながら足を進める。
「あら、とても素敵なお姫様が来たわね」
結奈は声が聞こえた方を向くと、そこには、この教会にすら負けない、とても美しい女性がスラリと正しい姿勢で立っていた。
「…遅れてしまい、申し訳ございません、【女王陛下】」
(女王陛下、この方が…)
ロセは女王陛下に対し、深々と頭を下げる。
「そんなにかしこまらないで、大丈夫よ」
女王陛下は優しく微笑み、ロセの顔を上げさせる。
「…それにしても、メルーナちゃん、まさか記憶を失くしてしまうなんて…いったい何があったのかしら…」
「…あはは」
結奈は無表情で笑ってみせる。
「あまり、無理はしないようにね」
女王陛下はメルーナを気遣う。
(…その優しさが痛いなぁ~)
「では、お嬢様、そろそろ祈りの準備を…」
「えっ!あぁ、はい!」
(マイナスな事考えてる場合じゃない!!)
結奈は深呼吸をし、ロセに祈りをする場に案内される。
「お嬢様、ここに来て正座で座ってください」
「はい…」
結奈は言われるまま、地べたに座り込む。
「手を胸の前で組んで」
「はい…」
「後は祈るだけです」
(それが一番分からん!!)
結奈は心の中で、汗をかきながら一生懸命考える。
祈る…どうすれば……魔法を使うとか…?
いや、でもそんなんで祈れたら聖女なんて誰でも成れるだろうし…あ、そうだ!…レ、レミーラ王国!平和になれぇ!!…なんて…
その瞬間、結奈は目映い光に包まれた。
「…流石だよ、メルーナ、記憶を失くしていて何も分からないにも関わらず、この国を想い祈る事が出来るなんて…やっぱりメルーナこそが真の聖女だよ」
ルイゼンはうっとりとした顔でメルーナを見つめる。
「…やはりいつ見ても素晴らしい光景ですね…」
「…ですね…」
女王陛下とロセが光に包まれるメルーナに釘付けになる。
結奈は訳が分からず混乱していると、頭の中に知らぬ声が響いた。
《…新たな聖女よ、上手くやるのだぞ》
(…?!な、何?!何の声?!)
結奈は頭の中に響く人ならざる声に驚きを隠せずにいると、結奈を包んでいた光はスゥーと消えていった。
「…んぇ、えっと…」
「流石です、お嬢様」
「ロセさん…」
「ちゃんと、出来てましたよ」
「本当ですか?!」
結奈はその言葉を聞くと、ほっと肩の力を抜く。
「お疲れ様、メルーナちゃん」
「あ、ありがとうございます、女王陛下」
「お疲れ様」
「…ありがとう、ルイゼン」
結奈は何がなんだかよく分からなかったが、【聖女】としての仕事をこなせたため、少しだけ、結奈の肩の荷が降りたような気がした。




