聖女の役目
お昼時、結奈は珍しく、誰にも見つからないような校舎の裏で、一人味の無い小さなパンを食べていた。
「……」
結奈は疲れきった表情をしており、目の下には大きな隈が見えた。
(…私って何なんだろ…)
結奈はそんな事を考えながら、唯々パンを口に入れ続ける。すると近くから草を踏む音が聞こえてきた。
結奈は咄嗟に音が聞こえた方を振り向いた。
「あ、こんなところにいたんだね、メルーナ」
そこにいたのは嬉しそうな顔をしたルイゼンだった。
「!!メルーナ…どうしたんだい?やつれてるじゃないかい!」
ルイゼンの嬉しそうだった顔は一瞬にして心配の顔に変わった。
「心配ありがとう、私は大丈夫だから」
嘘、全然大丈夫じゃない
結奈は薄ら笑いを浮かべる。
「本当?」
「うん…」
「そうかい…キツくなったらすぐに言うんだよ」
ルイゼンはそう言いながら、メルーナの手を握る。
「…ありがとう」
結奈は少しだけ顔を赤く染めたが、またすぐに顔を歪ませスルッとルイゼンの手を突き放す。
ルイゼンは悲しそうに下にうつむくが、すぐに顔を上げメルーナに話しかける。
「……ところでメルーナ、そろそろ教会に向かい祈りを捧げる日が近付いているが大丈夫かい?」
「祈り…?」
「あれ、教えて貰ってないのかい?」
「う、うん」
(祈り…そう言えば、最初にお父様お母様がそんな事言ってたような…)
「そっか、じゃあ俺が説明するよ」
【聖女は年に一度、教会へと向かい神様に祈りを捧げなければいけない。そして、聖女が祈りを捧げる事により、このレミーア王国は、神様の力で病や飢えに苦しむ事は無くなり、民は平和に暮らす事が出来る。
しかし、もし一度でも祈りを捧げる事が出来なかった場合、神様は激怒し、王国を護る存在から、王国を破壊する存在へと変わり果ててしまう。】
「という言い伝えがこの王国にはあるんだよ」
「な、なるほど…」
一歩間違えればそこにあるのは沢山の死、どうりで皆聖女を崇め称えるわけだ…
結奈はそんな事を考えつつ、自身に聖女としての大役を果たす事が出来るのか?と不安を感じる。
そもそも祈りを捧げるとはどういう事なのか…【偽物】の私にそんな事出来るのか?結奈は思考をぐるぐると張り巡らせる。
「…不安かい?…いや、不安に決まってるよね…」
「う、うん」
「大丈夫だよ、祈りの捧げ方を覚えていなくとも、俺がその場で全力でサポートするよ、だから安心して?」
「…うん」
安心して?何を安心すればいいの?……違う、こんなこと考えたいんじゃない、ルイゼンは記憶をなくしたメルーナに優しく接してるだけ、むしろ感謝するべき。
……あぁ、嫌だ、見たくない、こんな私は私じゃない。
「…ありがとう、ルイゼン、色々と教えてくれて」
「どういたしまして」
結奈はいきなりすくっと立ち上がり、何処かに行こうと足を前に出す。
「メルーナ?何処に行くんだい?」
ルイゼンも立ち上がり、結奈の近くに歩み寄る。
「…ごめん、ルイゼン、一人になりたいな」
結奈は振り返り苦しそうな顔で笑う。そんなメルーナにルイゼンは、咄嗟にメルーナの手を掴む。
「…ルイゼン、一人になりたいな」
「…ごめん…だけど、今君を一人にしたら、君が何処か遠くに消えてしまいそうだから……
メルーナ、君は記憶が無くなってから、どこか【歪な感じ】がする…」
「!!…」
「どうしたんだい?…頼むから俺を頼ってくれ…」
ルイゼンは消え去りそうな声で懇願する、しかし…
「…大丈夫だから、本当、何もないよ…」
結奈はルイゼンが差し出した手を振り払った。
「…メルーナ…」
「…また今度ね…ルイゼン」
結奈はルイゼンに背を向け、歩き出す。
ごめん…ごめんなさい、ルイゼン。
私は貴方が望む【聖女】なんかじゃない。
今の私は【聖女】なんかとはほど遠い、歪んだ存在。
今の私に貴方の隣は見合わない。
私は、貴方の【聖女】を崩したくない。
それに、貴方のその愛情は私が貰っていい物じゃない。
痛い、苦しい、気持ち悪い……
…貴方の愛情は嬉しい、メルーナがとても羨ましく感じる程。だから嫌だ。
…もし、その愛情が私に向けたものだったら、私はどうしようもないぐらいに幸せを感じていたと思う。だけど、現実は違う。
少なくとも今の私は【メルーナ】になりきれていない。
だから、いつか貴方が望む【メルーナ】になりきれるようになりたい。
そうすれば、今私に向けられる愛情も、素直に受け入れることが出来るかもしれない。
あぁ…やっぱり、私、自分の事しか考えてない。
相手の事なんて二の次、その考えが相手を困らせる。
…こんな自分勝手な私が【聖女】だなんて。
きっと、私に合ってるのは聖女じゃなくて【悪女】の方だと思う、なんでよりにもよって、聖女なんだろう…
「…メルーナさんも可哀想だな…こんなやつに体好き勝手されてるんだからさ」




