姫は雪と共に泡になる
チュッ…と優しいリップ音が結奈の頬から聞こえてくる。
華奏は愛おしそうに唇が触れた頬を指でなぞる。
「…結奈ちゃんは可愛いね、この世の誰よりも可哀想で大好き♡」
華奏は瞳にハートを浮かばせながら結奈を見つめ続ける。
結奈はそんな様子の華奏を人形のように見つめる。
「…んふふ、何か食べたい物とかほしー物とかあったら言ってね?何でもあげるから♡」
「…大丈夫です」
結奈はロボットのように呟く。
「もー!恋人同士なのに敬語はおかしーでしょ?結奈ちゃんったら♡」
「…はい」
結奈は恋人同士という言葉を否定することが出来なかった。
結奈は異常な程に愛を欲し、華奏はそんな結奈を異常な程に愛する。
そんな関係に結奈は多少の心地よさを感じていた。
が、それと同時に精神は限界を迎えていた。
サーカンスに拐われた時も、結奈の精神は壊れ、死を望んでいた。
しかしあの時はまだ、マシな方だったのかもしれない。
サーカンスは結奈を馬鹿にし、利用しようとした、そちらの方が明確な敵意が見えて結奈も相手にしやすかった。
だが華奏が結奈を監禁しているのは愛情が故の行動、結奈も邪険に扱うことが出来なかった。
結奈が求めていた愛の行為も何度やったことか。
華奏はそんな事を無表情で考える結奈を見つめ、サラサラの髪を撫でる。
(…このまま、ずっとこのまま。
愛され続ける、見てもらえる、精神的にも肉体的にも満たされる。
嬉しい…嬉しい筈なのに……
愛ってなんなんだろ、悪意がある監禁より、愛故の監禁の方がこんなにも苦しいだなんて…
…フフ、愛情が苦しいことなんて、最初にこの国に転生した時に何度も体験したじゃん…)
結奈は愛を望む。しかし、いざ愛を向けられるとその愛に苦しむ。
これが俗に言う蛙化現象なのだろうか。
結奈は更に身体の力を抜き、自身に好意を抱いてくれていた人物達を思い出す。
…あぁ、リリーナちゃん、ルイゼン…
もし、私が転生してなかったら、華奏ちゃんがいなかったら、あんなことにならなくてすんだだろうに……もっと生きてられたろうに、もっと様々な事を体験できたろうに…
結奈は自身が存在したせいで起こった悲劇を悔やむ。
やっぱり私なんて…
「…ねぇ、華奏ちゃん…」
「!なぁに!結奈ちゃん!」
華奏は名前を呼んでもらえたことにテンションをあげる。
「今の私って…生きてる意味あるのかな…
だって、レミーラ王国には新しい聖女が産まれたし、誰も私を探さない、それに、大切な人達は私がいたせいで自由を失った…
今の私に命を持つ権利なんてないよ……だから
私を死なせて…」
やっぱり、こんな事になるならサーカンスに監禁された時に死んでればよかったんだ…
結奈は無表情で涙を流す。
そんな結奈の言葉を聞いた華奏は、結奈の両手を優しく自身の手で包むと、まるで聖女のような表情を浮かべた。
「…結奈ちゃん、結奈ちゃんは死にたいんだね… 分かった、良いよ。
一緒に死のう」
華奏は困ったように微笑む。
「本当はもっと結奈ちゃんとラブラブしていたかったけど…結奈ちゃんが死を望むならアタシも一緒に逝く。
結奈ちゃんがいない人生なんて、そこらのクソゲーと一緒だもん。
どうする?どうやって死ぬ?どこで死ぬ?」
華奏は結奈に寄り添うように言葉を並べる。
「…ありがとう、華奏ちゃん。
私ね、私を愛してくれる人に殺されるのが最後の願いなの」
「そうなんだね、なら尚更、アタシも一緒じゃないとね…だって、その願いを叶えられるのはアタシしかいないからね。
…そうだ、ねぇ、結奈ちゃん。
実はね、この森の奥にはとっっっても綺麗な湖があるんだよ、結奈ちゃんには負けるけどね」
「…フフ、ありがとう」
「!」
結奈は初めて華奏に笑顔を向けた。
「…じゃあ、今から行く?」
「うん、案内、お願いね。
私の初めての恋人さん」
結奈はもう吹っ切れていた。
今から死ぬのだ、どうなろうと、どうでもよかった。
この感情も二度だった。
………
「…綺麗」
「でしょーー」
華奏は自慢げに胸を張る。
実際、湖はガラスのように綺麗だった。
暗闇の空に浮かぶ無数の星が反射して写っていた。
「後悔はないね?」
「…うん」
結奈の心臓がバクバクと鼓動する。
今、結奈の目の前にあるのは美しい湖ではなく【死】なのだ。
望んだ死。
これで解放される。
しかしそんな気持ちとは裏腹に結奈の足は竦む。
「…じゃ、逝こっか…愛してるよ結奈ちゃん。
来世でも結ばれようね」
そう言うと、華奏は結奈の腕を引っ張り、夜の冷たい湖へと飛び込んだ。
「ゴポッ…ゴフッ…ア"」
二人はどんどん湖の底へと沈んでゆく。
水を十分に含んだドレスは重たくなり、苦しみの抵抗を妨げる。
結奈の意識が少しずつ掠れていく中、華奏は結奈の頭を掴み自身の顔付近へと近づけ、愛のこもった甘い口づけをする。
「…本当に愛してる」
その言葉は泡になり消えていった。
………
「サ、サーカンス様、ようやく我が愛しのフメル王国へと帰ることが出来ましたね、この時をどれ程待ち望んだこ―」
「そういうのはいりません」
「も、申し訳ございません!」
サーカンスはようやく仕事が一段落したため、数年ぶりにフメル王国へと帰ってきた。
「……はぁ」
サーカンスのため息に秘書は酷く肩を揺らす。
「ねぇ」
「は、はい!」
「城に戻る前に、神聖の森に寄っていって下さい」
「え?で、ですが、あそこは数年前に誰かの仕業により入れなくなって―」
「あぁ、もう大丈夫ですよ。
森の中を見れるようになったので」
「へ?」
秘書は首を傾げる。
「あそこは本当に厄介でしたよ。変に立ち寄ると気分は害す、しかもあの森全体を覗き込むことが出来なくなっていた。
…どうりで見つからない訳だ。
…とりあえず、もう大丈夫なんで寄っていって下さい」
「…分かりました」
従わなければ首を跳ねられてしまう、秘書はイエスとしか言えなかった。
「……追跡魔法かけててよかった。
お陰で死体がどこにあるかすぐ分かる……どこのどいつか知らないですが、本当に厄介なのが中に入っていましたね」




