サプライズ
広すぎるホールに響き渡る優雅な音楽。
華美なドレスに身を包む乙女達に、グラスに注がれた渋いワインを飲む紳士達。
しかし、皆何処か浮き足だっており、何かを非常に楽しみにしながら、秘密の主役であるメルーナに目線を向けていた。
(………そんなに見ないでよ)
チクチクと突き刺さる視線にメルーナ、もとい結奈は顔を伏せながらあまり好きではないワインを飲み干す。
「ルーちゃん」
結奈がワインの渋さに苦しんでいると、袖を軽く引っ張られ、隣からはっきりとした声が聞こえてきた。
「ん?あ、リリーナちゃん!」
結奈は久しぶりのリリーナの姿にテンションを上げる。
「久しぶり、リリーナちゃん!そのスーツ似合ってるよ!」
「本当?ありがとう!ルーちゃんもドレス凄く似合ってる!」
二人はキラリと輝く指輪が付いた手を握り合う。
「最近忙し過ぎて全然家に帰れてなぁーい!」
「お願いだからほどよく休んでね…」
結奈は社畜時代を思い出す。
リリーナは現在、軍団長になるための試験的なものをやっているらしく、忙しい日々を必死で駆け抜けているようだ。
「…ねぇ、ルーちゃん。わたし今からルーちゃんが全部感づいてる前提で話し進めるけどさ、ルーちゃんは正直どう思ってる?」
リリーナは真面目な顔で話し出す。
「…全部気付いてる前提で話すね。
…正直嫌だなって思ってる。でも、もう手遅れっていうか、こんな大勢が見てる中で私は【NO】とは言えない 」
結奈は苦笑いを浮かべる。
「…最低な事言っていい?
わたし、ルーちゃんが正式に一人だけのルーちゃんになるの嫌だ。許されることなら今からでも暴れまわって全部壊してやりたい」
「そうなったら私も一緒に暴れようかな」
二人は見つめ合い笑い合う。
ふと、今まで鳴り続けていた音楽がぴたりと止まった。
皆の視線がさらにメルーナへと注がれ、結奈は心臓が張り裂けそうになった。
ホールの中心に目をやると、顔をラズベリーのように赤く染めたルイゼンがメルーナをしっかりと見つめていた。
結奈が少しだけ目線を反らすと、かなり遠くの方にグイユが一人佇んでいた。
グイユは見られていることに気付くと軽くこちらに手を振った。
「…フフ」
それに合わせて結奈も気付かれない程度に手を振り替えした。
「……ルーちゃん、わたし、国王陛下がルーちゃんに何かしでかしたら、容赦なくルーちゃんを奪いに行くからね」
「…フフ、ありがとうリリーナちゃん、大好き」
結奈はリリーナに愛に満ちた表情を向けた後、すぐに深呼吸をし、ルイゼンの元へと震える足で向かう。
コツ、コツ、と静かな空間にヒールの音だけが響く。
「…ごきげんよう、国王陛下」
「あぁ、ごきげんよう、メルーナ嬢」
結奈はここ数年で鍛え上げられた美しいカーテシーを披露する。
「…メルーナ、ひとつ、君に謝りたいことがある、俺は結局、この瞬間まで君の記憶を取り戻すことは出来なかった。申し訳ない」
「…いえ、むしろ今まで取り戻そうと奮闘して下さりありがとうございました」
結奈は思ってもいない言葉を吐き捨てる。
「最近はとてもショックだったさ。
早く君の記憶を取り戻さないとって焦ってた、けど、俺の焦りはすぐに消え去った。
君は変わらなかった。
記憶を失っても、君は清く優しい、俺の知ってるメ《・》ルーナのままだった」
「………」
「それで俺は思ったんだ、たとえ記憶を取り戻せなくとも、また君との新しい思い出を作ればいいのだと。
それに、俺達の愛の力はとても偉大なんだ、何があっても二人なら何にも怖くないさ。
事実、数年前に君が拐われた時も何とかなっただろう、これも全て俺が君を想う、君が俺を想う愛の力なんだ」
ルイゼンは興奮した様子で愛を語る。
「俺はこれから、もっと君との愛を深めて行きたい、メルーナ、俺の妻になってくれ」
妻になってくれ、その言葉にホールは一気に騒がしくなった。
結奈は覚悟を決め、喉に突っかかっている【はい】という言葉を絞りだそうとしている時、城のすぐ近くに生えている大きな木にフードを深く被った女性が城の中を不快そうに見つめていた。
その女性は高い天井についてある豪華過ぎるシャンデリアに向け、魔法を放った。
結奈がルイゼンを見つめ口を開こうとしたその瞬間、パリン!と窓が割れたかと思えば、何かがシャンデリアに当たり、ギギッと小さな音が聞こえた。
「ルイゼン!!!」
バリ!ズド!ガッッシャーン!
グイユが叫んだと思えば、大きな何かがホールのど真ん中に落ちた。
しーんとホールが静まり返ったが、すぐにおぞましい悲鳴が響き上がった。
「イ"ヤ"ァァ!!!!!」
蜘蛛のように逃げ惑う人々。
砕け散ったシャンデリアの下にはドロリとした薔薇が咲き誇っており、花びらは様々な人へと付着していたが、一番花びらに愛されていたのは結奈だった。
結奈は何が起こったのか、いきなりの事に脳が働くのを止めていた。
騒がしいはずのこの空間も、結奈の中では静寂そのものだった。
「何事だ!!」
「国王陛下が!!」
「…間に合わなかった…」
結奈はシャンデリアの側でへたり込む大臣達や周りをよく調べる兵隊達、ショックを隠せていないグイユをぼーっと見つめていたが、すぐに結奈の視界がガクンと激しく動いた。
「ルーちゃん、ちょっと荒く扱うからね!」
リリーナはそう言うと、結奈を自身の肩に乗せ、込み合っている扉を無視し、驚異の身体能力で割れた窓から外へと出ていく。
結奈がシャンデリアの犠牲になっていなかったのは、どうやら危機一髪でリリーナが手を引いてくれたからのようだ。
結奈は揺らされながら、プツッと意識を落とした。




