聖女は鈴蘭を吐き捨てる
結奈は冷たく凍える部屋で、何を考えているのか分からないような顔で吐瀉し口を拭いながら、未だに残り続ける感覚に背筋を震わせながら、鎖がついていない手で自身の腹を強く殴る。
結奈がそんなことをやっていると重く冷たい扉が開いた。
「その様子だと傷を残せたようですね。
…そろそろ時間が迫ってきています、私だけの王国が無くなってしまう前えに早く祈ってください。さもなくば今度はそこら辺の家畜の相手をしてもらいますよ」
結奈はサーカンスをギョロッとした目で睨むと、すぐに立ち上がり、サーカンスと目の前へと向かう、すると。
バチンッ!と肌を叩く音が暗い部屋の中で響きわたり、結奈は驚いた様子のサーカンスを見上げ睨み付ける。
「……な」
サーカンスは人に手を上げる事はあれど、上げられた事はないため、珍しく困惑していた。
結奈はつり上げていた目を閉じ、冷たい笑みを浮かべる。
「…ねぇ、サーカンス様って、周りの人達に愛されていなかったのでしょう?、私のように…」
いきなりの言葉、しかしドクッとサーカンスの心臓は脈を打つ。
「…ハッ、いきなりなにを、例えそうだとして貴女になんの関係が―」
「だからサーカンス様はどこか達観したような態度…いいえ、そのように自分に嘘をついているんですね。
愛されていないのを自分は平気だ、そもそも求めていなかった、そうやって言い逃れながら自分に言い聞かせる人生は見苦しくないですか?」
結奈は悪意を込めながら話を続ける。
「貴方は子供みたいな人ですね。強がって他人を陥れ人の上に立とうとする。けど…気付いてます?それは全部貴方の力ではなく他人の力だということに」
「…何を言うかと思えば…私は私の力で動いていますよ?」
サーカンスは弱みを握られたかのように冷や汗を流し唇をひきつらせる。
「いいえ、貴方は自分の都合が悪くなった瞬間全て他人任せにします。
事実、今貴方は戦場に立っておらず、守って貰っているだけ…他にも、初めてお会いした時だって、貴方はリリーナちゃんを挑発したくせに、すぐに自分は引っ込んで兵達に行動されましたよね?…フフ…まだまだありますよ、バルツちゃんの事だって、貴方がバルツちゃんに逃げられるような事をしたのに…それもバルツちゃんのせいにして…だから今私がこんなことになっているのですよ?理解しています?」
「……鎖、外さなければ良かったですね。
いい加減にしていただかないと、首を跳ねてしまいますよ?」
「あら、殺して下さるんですね、ありがとうございます。では、この首は誰が跳ねて下さるんですか?貴方?違いますよね?跳ねるのは貴方の兵達ですよね?
…結局、貴方が持っているその権利だって、貴方自身が作り上げた物では無いでしょう?貴方はただ運良くフメル王国の頂点として産まれただけ、ただそれだけ」
結奈は今までのストレスを発散させるかのように喋り続けながら今までで見たことが無いほどに、憎悪にまみれた顔をする。
「国の頂点に立つにはまだ幼すぎたようですね」
「………は?」
サーカンスにはその言葉の意味を理解出来なかった。
しかし、どこか府に落ちてしまった。
「フフ…可哀想ですね、サーカンス様。
見下していた私に憐れまれるなんて…本当に可哀想。
愛されもしない、尊敬もされない、だから力で捩じ伏せるだけ…分かりますよ?愛されない辛さは、寂しいですよね…悔しいですよね…周りの目を疑いますよね?本当…可哀想…」
結奈は胸の前で手を組み、聖女のような言葉を作られた慈愛の表情でつらつらと吐き出し続ける。
その言葉はまるで鈴蘭のよう…
サーカンスは自身の押さえつけていた見知らぬ感情をつつかれ言葉が出せずにいたと同時に、偽りの言葉に少しだけ胸が軽くなったような気がした。
「…あぁ、実に可哀想なサーカンス様。どうしたら貴方が救われるのか…どうしたらその幼さを捨てられるのか…どうしたら貴方が人間になれるのか…
…フフ、分かりました、ではこの私が憐れな貴方を愛して差し上げましょう……
…貴方が私にやったように...」
結奈は自暴自棄になっていたため、この後、この言葉でどんな展開になろうが他人事のように興味が湧かなかった。
しかしその言葉をかけられたサーカンスは非常に混乱していた。
(……何回も人の心を壊したことはあったが、こんなことになったのは初めて…いったい何なんだ…
…何で気持ちが軽いんだ?)
サーカンスは下を俯き自身の気持ちを整理しようとしたが、どうしても胸が軽くなる理由が分からなかった。
そうしている間に、結奈は更にサーカンスの元へと近付き、サーカンスが驚いたように後ずさる。
すると結奈はサーカンスの整った顔を自身のではない綺麗な顔に見合わせるようにしっかりと掴み逃げられないようにする。
「…私が人間になりきれてない醜い貴方を愛して上げると言っているのに逃げるだなんて…
このチャンスを逃してしまえば貴方はずうっと一人、貴方を理解する者なんて他には現れませんよ?」
結奈は洗脳するような優しい言葉と優しい声色とは裏腹に嘲笑うような表情でサーカンスを見つめる。
「…理解…?」
「…えぇ、理解です。誰も理解しなかった貴方を私が理解して差し上げます」
弱みを見せたが最後、サーカンスは声を震わせ目の前にある偽りの愛に対しドクドクと鳴り響かせる。
分かっている、この女は私を馬鹿にし嘲笑っているだけ、そもそも私は愛されなくたって生きていける。誰にも見て貰えなかろうと…。
しかしそんな考えを書き消すように見知らぬ感情が顔を出し、静かな空間が更に静かになるのを感じる。
ふと、サーカンスが唇を震わせながら声を出した。
「……ねぇ貴女、名前は、何と?」
「はぁ?認知症にでもなりました?」
「メルーナではない、貴方の本当の名前です」
「…言う必要あります?もしかして、次は名前を使って脅そうとでも?」
「名前は?」
結奈はとても嫌そうに顔を歪めながらため息をつく。
「…………結奈……です」
「…ユイナ…?」
「はい…」
結奈は某実写版黄色ネズミのように顔をしわくちゃにさせる。
すると逃がさない為にと顔にあてていた手をサーカンスが握りしめた。
結奈はすぐに振り払おうとしたが叶わず、サーカンスは結奈に問いかける。
「…ねぇユイナ、貴女は私がどうして愛されていないと感じるのです?」
結奈は鼻で笑いながら答える。
「…私と考え方が一緒だからですよ、愛されていないが故逃げ場か無く、なにかあるとすぐ他人のせいにし自分を擁護する。ほんとそっくり…同族嫌悪でしょうか、貴方を見ているとイライラする」
…可哀想人、愛されていない人…か…
そうかもしれませんね、気付かなかった…否、気付きたくなかった。
「貴方が皆に恐れられるような行動や言動をするのは自身を見て欲しいから、ですよね?…大人しく暮らし、誰の記憶にも残らないのなんて嫌ですよね?
分かりますよ、分かりすぎます。だから貴方はあんな馬鹿な行動をしたのですよね?だからといって擁護も許しもしませんが」
結奈は冷たい目を向ける。
そしてサーカンスは結奈の言葉に遂に確信した。
自身をこんなにも理解してくれるのは【結奈だけ】なんだ、という事に。
(…あぁ、やっぱり私はお父様の子なんだ)




