傲慢な人生
私のお父様は私が生まれる前から、様々な国を巡り仕事をしていたため、屋敷にはお母様と私、そして沢山使用人達だけで暮らしていた。
私の世話は基本使用人達がやっていたため【お母様に何かをして貰った】という記憶は空っぽであるが、容姿や声、喋り方は今でも鮮明に覚えている。
「ねぇサーカンス、わたくし、今日も世界で一番綺麗?」
美に対し強い執着を魅せるような声で毎日聞かれた質問。この質問をするためだけに私に会いに来るお母様。
私はこの質問に内心呆れながら得意の笑顔で「綺麗です」とだけ答える。
その言葉を確認すると、お母様は嬉しくそうに私の元を離れてゆく。
事実、お母様はとても美しく、髪の色と同じ鮮やかな赤色の紅がよく似合う綺麗な人だった。
しかしそれは落ち着いている時だけ、お母様は誰にでも愛されるような麗しい見た目とは裏腹に、とても傲慢で誰にでも嫌われるような性格の人だった。
お母様は毎日毎日使用人、得に整った容姿のメイド達を醜くいびり、時には細く綺麗な手で鞭を振り上げ使用人達に行き過ぎた折檻を施す、お母様はそんな人だった。
ある日、庭でお茶会をしていると、お母様がこちらに向かい、いつもどうりの質問をしてきた。
「ねぇサーカンス。わたくし、世界で一番綺麗?」
私はいつもどうり、綺麗です、と言おうとしたが、ふと、お母様の背後に目がいった。
そこにはアフロディーテも驚くほどの美しさを持った娘が迷ったように屋敷の庭に凛と立ち尽くしていた。
いつまで経っても望む言葉を返さない私にお母様は違和感を抱き、私の目線の方へと振り向いた。
するとお母様は心底信じられないような顔をした後、全ての美しさを台無しにするほどに顔を歪ませ、娘の方へと大股で歩き出した。
「…どちら様で?ここは皇族が住む屋敷ですよ」
お母様は怒りを隠しきれない表情と声色で娘に話しかける。
娘は怯えたように、お母様と同じ赤い瞳をうっすらと涙で濡らし、紅も塗っていない小さな唇から声を絞り出した。
「もっ、申し訳ございません!その…祈りの教会へと向かっていたのですが、途中で馬車が大きな岩に引っ掛かり、動かなくなってしまい…助けを呼びに彷徨っていたのですが、まさか皇族様のお屋敷に入ってしまうとは…申し訳ございません!」
娘の声はピアノのように実に迫力のあり美しいものだった。お母様は更に嫉妬に焦がれ、形の良い爪をむしっていた。
「…そう…わたくしの使用人達を貸します。だから早くわたくしの目の前から消えて下さい…」
お母様は怒りで震える声で伝える。
「…申し訳ございませんでした」
娘は輝く白髪を垂らしながら頭を下げる。
娘が屋敷の使用人数名を引き連れ何処に消えると、お母様は睨みを効かせながらこちらに振り向き聞いてきた。
「ねぇサーカンス、わたくし、世界で一番綺麗?」
「はい、綺麗です」
私はその日から、毎日嘘を付き続けた。
そんな出来事から数年後、お父様が帰って来るという報告を受けた。
お母様は楽しみにしており、お父様が帰ってくる数日の間、お母様は使用人達をいびるような事をしなかった。
そして等々、お父様は帰ってきた。
「お帰りなさいませ、お父様」
「あぁ」
私はお父様へと挨拶をするが、返ってくるのは短い言葉のみ、しかし私は予測していたため、得に気にも止めなかった。
「お帰りなさい!アナタ!」
お母様はお父様を抱擁した、しかし
「やめろ、恥ずかしい」
お父様は力強くお母様を突き放した。
「ご、ごめんなさい」
「…勘違いするなよ、私は跡継ぎの為にお前と婚姻したまでだ」
「…はい」
お父様は冷たく言い放った。
ショックで打ちひしがれるお母様は見るに耐えなかった。
お父様が帰ってきてから数ヶ月の時が経過した。
何故だか、屋敷に帰ってきてからのお父様はどこか機嫌が良く、毎日どこかへとよく外出していた。
私は何故、お父様の機嫌が良いのか、何故、いきなり国外へと行くのを辞めたのか、この時はまだ分からなかったが、嫌な予感は感じとっていた。
それから数日後、父様は腹だけが膨れている、あの時の美しい娘の肩を抱きながら屋敷へと帰ってきた。その状況に私とお母様は言葉が出なかった。
「…お前達にも紹介しておこうかと、彼女は私の運命の相手であり、その愛おしい身体に愛おしい命を宿している」
お父様は頬を染め照れ臭そうに笑い、娘の腹を撫でる。
私はこんなお父様を見たことがなく、直感的に気味が悪いと感じた。
お母様も今にも倒れそうだった。
「彼女はこの国の聖女でな、森の中小鳥と戯れる彼女に一目惚れしたんだ。まさかこの年で初恋を知るとはな。
さっきも言ったが、彼女の身体には私との子が宿っている。だから彼女はこれからここで暮らすことになった。皇妃としてな」
「何を言うのですか?!皇妃はこのわたくし―」
「声を荒げるな、彼女が可哀想だ。
その事について、お前とは離縁し、彼女と新たに婚約を結ぶ。
ほんとは追い出そうかとも思ったが、彼女がお前に対し慈悲を抱いたから特別に愛人としてお前を残す。だがあくまでもここにのこすための仮でしかない。だからお前の元に夜伽には向かわないから変な期待はするなよ」
お母様はその場に座り込み、動かなくなってしまった。
そしてお父様は私なんぞには目もくれず娘と一緒に部屋へと消えていった。
それからお母様は荒れに荒れてしまった。
使用人達に対する暴力は日常茶飯事。
部屋の前を通れば必ず聞こえてくる叫び声。
そんなお母様に興味すらもわかないお父様。
私は全てにため息をついた。
そうやって時は過ぎ去り、娘は無駄な命を産み出した。名前はバルツ。
どうやら娘の白い髪をイメージし名付けたようだ。
お父様は泣いて喜んでいたが、私は赤子だったバルツの甲高い鳴き声に嫌気が差していた。その時から私は赤子含め子供という存在が嫌いになった。
しかし、娘がバルツを産んですぐ、お父様は事故で亡くなった。
その話を何処からか聞き付けたお母様は久しぶりに自室から出てきたが、以前の若々しい美しさは消え、皺のある顔に老婆のような髪、実年齢よりも老けて見えた。
そこからのお母様は凄まじかった。
お父様が亡くなった事を娘のせいにし、娘に対し聞くに耐えない暴言を吐くようになり、娘の長い癖毛を鷲掴みにし思いっきり投げ飛ばす。
そんな毎日に娘は心を病んでいったが、誰もお母様を止めるものはいなかった。
私はその光景をちょっとした娯楽として観察していた。
いつの間にか娘は首を吊り死んでいた。
お母様はだらんとぶら下がる娘を見つめた高笑いを上げた、その姿はまるで魔女のようだった。
そしてお母様は久しぶりにその質問を口にした。
「ねぇサーカンス、わたくし、世界で一番綺麗?」
「いいえ、とても醜いです」
いい加減飽きていた私は素直に答えた。するとお母様は私を殴りつけた。
「ふざけるな!わたくしが美しくないわけがない!!」
「…お母様はどうしてすぐに手を上げるのですか?」
お母様は肩で息をしながら答えた。
「…いい?サーカンス。わたくし達は皇族なの。自身より下の存在をどう扱おうが、誰もわたくし達を責められない、気に入らないやつは毒でも飲ませてやればいい。だからこそ、こういうやつには立場という物を分からせてやるべきなの!」
お母様のは娘だったものを指刺し歯を食い縛る。
私は呆れて言葉も出なかった。
二日後。お母様も死んだ。
毒が仕込まれた紅茶を飲んだようだ。
もちろん、仕込んだのは私だ。
お母様は言っていた。気に入らないやつは毒でも飲ませとけ、私はお母様の言葉にしたかったまでだ。
皇族の大人達は皆死に絶えたため、必然的に私はフメル王国の頂点へと君臨した。
それから私は自身のやりたいこと、知りたいことをやっていった。
鞭はどう振るうと痛くなるのか、首を吹き飛ばしたらどうなるのか、女は唆したらどういう反応をするのか、人間はどうやったら心を病ませるのか。
試したいこと全てを試した。
全て試した上で、私はバルツをいびるのが気に入った。
バルツはあの娘が死んだ後すぐに聖女の力が宿ったようだ知ったことではない。
わざと熱い紅茶をかけてみたり、沢山の人の前で辱しめたり、奴隷達に襲わせたりなんかもした。
しかし後悔なんてしていない、私は改めてお母様の子だと言うことを実感した。
だからこそ、その言葉の意味を理解出来なかった。
しかし、どこか府に落ちてしまった。
「国の頂点に立つにはまだ幼すぎたようですね」




