オカシナ城
メルーナ、もとい結奈は心地よい寝息をたて瞳を瞑っている。無防備で美しいその姿は、まるでおとぎ話に出てくるイバラ姫のようだった。
ふと、結奈は自身の手首にひんやりとした重たい物を感じ、ゆっくりと輝く瞳を露にする。
「あ、おはようございます」
その声に結奈はゾッとし、物凄い勢いで顔を上げる。
暗く広い部屋には長いテーブルと二つの椅子しかなく、テーブルの上には沢山のデザートにまだ湯気がたっている紅茶、そして結奈を眠らせ、連れ去った犯人、サーカンスがにこやかに微笑んでいた。
「サ、サーカンス…様…」
結奈は咄嗟に座っていた椅子から立ち上がろうとしたが、全身がイバラで縛られているようにピクリともしなかった。
結奈が下を向き、自身の体を見回すと、結奈の手首、足首、腰にはずっしりとした鉄の鎖が巻き付いていた。
「な、何?!…これ」
「おや、今気づいたんですか?」
サーカンスのその言葉に結奈の顔が青薔薇のような悲痛な色へと染まってゆく。
「…ッ!離して下さい!!」
「無理ですよ」
結奈の必死の抵抗にサーカンスは呆れたように言葉を発する。
結奈は宝石のように美しい瞳に涙を潤ましながらサーカンスに怯えの声で自身の解放を求める。
そんな結奈をサーカンスは興味深そうに口角を上げながら、結奈の怯えきった表情を見続ける。
「…笑ってないで…離して…下さい」
結奈は恐怖で歯をガチガチと鳴らしながら必死に言葉を振り絞る。
「ふっ…何度言ったら分かりますか?無理です」
サーカンスは哀れな結奈を嘲笑いながら目を細める。
「…前にお会いした時、ここ、フメル王国の聖女が失踪した話をしましたが、覚えていますか?
覚えていなくとも、噂には聞きますよね?」
「…はい」
フメル王国の聖女でサーカンスの妹である【バルツ】が、一年ほど前から様子が可笑しくなり、挙げ句の果てに失踪した。という話サーカンスは本人からも噂からも聞いていた。
「本当、今の今まで物凄く大変でしたよ。
フメル王国を守護る神様が聖女が失踪した事にとてもお怒りでして…今まで何回も話し合いをし、神様の怒りを抑えていましたが…そろそろ限界でして…」
「はぁ…」
結奈は、聖女が失踪したのは貴方のせいでは?という言葉を飲み込み、サーカンスに軽蔑の目を向ける。
「…そこで前も言いましたが、メルーナ様、バルツの代わりに祈りを捧げていただけませんか?」
サーカンスは悪意が見えない、清々しい笑みを晒す。
「…嫌です、私、聞いたことあります。
聖女が他国で他国の神様に祈りを捧げると【反逆罪】に問われるって…」
「おや、記憶を失ったと聞いておりチャンスだと思いましたが…先回りされておりましたか…」
サーカンスはわざとらしく残念そうな表情を浮かべる。
結奈はそうなサーカンスに改めて恐怖を抱く。
(…あり得ない…私が記憶喪失(そういう設定)なのをいいことに……人として終わってる…)
「まぁとにかく、残念ながら離す事は出来ません。貴女には罪を犯してでも祈りを捧げていただかなくてはいけないので…」
サーカンスは席を立ち、鎖に縛られた結奈のもとへとゆっくり歩みを進める。
結奈はなんとか逃げ出そうと必死になるが、ただ鎖がジャラジャラと音を立てるだけだった。
「…メルーナ様、馬鹿な愚妹の代わりに祈りを捧げていただけますでしょうか?」
サーカンスは結奈に近づくと、メルーナの白くなめらかな顎を掴み、顔を上げ、自身の目線に合わせる。
サーカンスは顔が良い男だ。
もしこれが物語であれば、こんな状況でも胸キュン描写が必ず挟まれるだろう。
しかし、現実ではどれだけ顔が良くたってただの恐怖でしかない。
結奈は現実の厳しさを痛感しながらサーカンスの鮮やかな赤色と白色の瞳を無言で見つめ続ける。
そんな結奈にしびれを切らしたサーカンスは少し苛ついたように言葉を吐き捨てる。
「聞かれた質問には必ず答えるようにと教えられませんでした?」
「…サーカンス様の質問は質問ではありません」
結奈はサーカンスに怯えながらも強気な言葉を口に出す。
「わ、私はレミーラ王国のせ、聖女です…
…です、ですからフ、フメル王国の神様に祈りを捧げる事はで、でき、出来ません」
涙を溢し、声を震わせながらも必死に言葉を紡ぐ結奈にサーカンスは面倒臭そうな表情でため息をついた。
「…はぁ~もういいですよ…貴方達、この方を部屋まで」
サーカンスがそう言うと、何処からかぞろぞろと黒と赤の鎧を身に付けた兵士達がやってき、鎖を外し、椅子から結奈を立ち上がらせ、より真っ暗な部屋へと連れ去った。
「いやっちょっ!家に帰してください!」
結奈は悲痛な叫びを上げるが、兵士達は容赦なく結奈を部屋へと突き飛ばす。
結奈はドサッと倒れ込む。
「…メルーナ様、こちらも時間が無いんです。
…お願いしますね?」
サーカンスはいつもどうりの爽やかな笑みではなく、歪みきった恐ろしい笑みを浮かべながら重い扉を閉め、ガチャッと鍵をかけた。
結奈は起き上がり、扉をバンバンと叩き続けるが、誰も反応しない。
結奈は前もまともに見えない暗闇の中、今までに体験したことのない程の絶望に打ちひしがれる。
…体験したことのない…逃げ道が見当たらない絶望…?いや、違う。
…この感じ…過去に一回感じたような…?
…思い出せない
…でも、初めてじゃないような…




