聖女は穴に堕ちる
小鳥のさえずり、真っ白なテーブルクロスの上に置かれた沢山のデザート、テーブルを囲むように咲き誇る美しい花、童話にでも出てきそうなメルヘンなお茶会場で結奈はコポコポと紅茶を注がれた紅茶をゆっくりと嗜みながら、グルグルと思考を回していた。
何故、結奈はメルーナとして転生したのか、きっと、メルーナに恨みがある物が禁忌の魔術を使い仕掛けたに違いない。結奈はそう信じて疑わなかった。
しかし、フタを開けてみれば、禁忌の魔術を使い魂の入れ替えをおこったのは紛れもない【メルーナ】本人だった。想像もしていなかった事実に、結奈は混乱をみせた。
それと同時に、結奈は【やっと】メルーナを一人の【人間】として認識したのだ。
結局、結奈も周りの人々同様、メルーナを【聖女】としてしか見ていなかったのだ。
結奈は浅はかな自身に嫌悪していると、ロセのハスキーで色気のある声が真後ろから聞こえてきた。
「お嬢様」
「ひゃっあ?!あっ!はい!」
結奈が驚きながら後ろを振り向くと、視界全体にはロセの美しく整った顔が広がり、あともう少し近ければ口づけをしてしまっているほどの距離だった。
結奈は自身の状況を理解した瞬間、分かりやすいほどに顔を火照らせ、すぐさまロセと距離を取った。
「ロ、ロロ、ロセさん?!ち、近?!」
「あら、それは申し訳ございません」
ロセは結奈に対し謝罪の言葉を投げ掛けるが、ロセの顔は正直者なのだろう、ニマニマと口角を上げながら、いたずらな笑みを浮かべていた。
「ロ、ロセさん!意地悪ですよ!」
結奈は禁断の果実の様に顔を紅く染める。
「そうです、ロセは意地悪ですよ」
「…も~」
結奈は照れ隠しをするかのように紅茶を飲みだす。
「…お嬢様…何かあったら、すぐにロセに報告してくださいね」
ロセはメイド服の長いスカートを抱えながら椅子に腰を掛け、結奈に言い聞かせるように優しく言葉をかける。
「…はい」
ロセさんはすぐに見抜いてくるな…と考えながら、結奈は顔を下に向け返事する。
「…お嬢様、ロセはお嬢様の記憶が失くなられた時、本当に焦りました」
「あ、う…」
「勘違いなさらないように、ロセはお嬢様を責めているのではありませんよ」
ロセは薄く微笑みながら安心するように伝える。
「お嬢様の記憶が失くなられた時、ロセは【お嬢様がお嬢様じゃなくなる】んじゃないかと物凄く焦りました」
「……」
結奈は沈黙を貫く。
「しかし、その心配は杞憂で終わりました。
何故なら、ロセが悩んでいるうちに、お嬢様は一人で立ち上がり、再び聖女として歩みを進めていたからです。
ロセは感動しました。記憶が失くなり不安でしたでしょうに、訳が分からず混乱していたでしょうに。
本当、お嬢様は尊敬してもしきれません」
「……はい」
結奈は気まずそうに目を背ける。
違うんです、ロセさん、私は立ち上がってなどいません。私は未だに闇の中に座り込んだままです。
ただ【そう見せる】のが上手いだけ…
私は、醜いです。
貴女のような綺麗な人に尊敬され、涙を流してもらえる資格なんてありません。
結奈はマイナスな言葉を張り巡らせる。
「…本当、ロセはお嬢様のメイドになれて幸せです」
「…ありがとうございます、私も、ロセさんが私のメイドさんでよかったです」
「お嬢様…」
ロセは女神でも見るかのように結奈に熱がこもった視線を向ける。がすぐにその瞳は歪みを見せた。
「感極まってるとこ、失礼しますね」
背後から聞き覚えのある低い声が聞こえ、結奈はゾワッとした感覚に襲われる。
結奈がその場からロセを連れて逃げようとしたが、呆気なく手首を掴まれてしまった。
「お久しぶりです、お元気でしたか?メルーナ様?」
結奈は完全に逃げれないように、腰に腕を巻かれていた。
結奈はドクドクとうるさく鼓動し続ける心臓を隠すように口角を上げながら、不気味な声の持ち主の
質問に答える。
「えぇ、貴方が来る前まではとてもお元気でしたよ…【サーカンス様?】」
「おや、覚えて下さってたんですね」
不気味な声の持ち主【サーカンス】は相変わらず好青年のような笑みを浮かべている。
「…ところで、なんの用事でしょうか?私は今お茶会の最中なんですけど」
「そんな長ったらしい無意味なお茶会をする暇があるのでしたら、私に着いてきてはいただけませんか?」
語尾に?が着いているが、どうやら結奈に選択権は無いようだ。
優しい口調の裏側に恐ろしい圧を感じる。
二人がお互いを見つめあっていると、ヒュン!!と何が投げられた音がした後、パリーン!と硝子製の何が粉々に割れる音がした。
「…お嬢様を離してください」
結奈が驚き前に向き直ると、ロセが悔しそうな表情で、何枚かお皿を抱えていた。状況から察するに、さっきの音はロセがお皿を投げつけた音がらしい。
「…メルーナ様、従者の教育はしっかりなさらないと…」
サーカンスの話し声が聞こえるが、明らかに先ほどよりも声が低い。
「はぁ~とりあえず参りましょうか」
サーカンスがそう言った瞬間、いきなり足元がフワッとした感覚に襲われた。
結奈が下を見ると、まるでウサギの巣のような小さな空間が開いており、結奈はそのままサーカンスと共に真っ逆さまに堕ちていった。
ロセが顔を真っ青にしながら結奈に手を伸ばしている光景を最後に、結奈の意識はプツリと途切れた。




