第8話 開票の夜、ざまぁの帳尻
日が落ち、王都は冷たい夜気に包まれていた。広場の中央には四十の投票箱が並び、封蝋の光が月明かりに鈍く反射している。周囲をぐるりと囲むのは黒薔薇商会の代書人、教会の聖職者、そして群衆。息を呑む音が、夜空に溶けていった。
私は拘束輪を鳴らし、壇に立った。
「これより開票を開始します。橋・パン・夢——三つの札が、王都の未来を選ぶのです」
黒薔薇の代言人が杖を打つ。最初の箱が開かれ、札が一枚一枚、読み上げられる。
「橋」「橋」「パン」「橋」「夢」……。
群衆は固唾を呑み、数字が石畳の上に光の文字として浮かび上がる。
第一箱が終わる頃、ざわめきが走った。
「“橋”が多いぞ」「やはり火の後だからだ」
「でも“パン”もある。腹を空かせては歩けないからな」
栗髪の少女が小声で言った。
「“夢”の札も、少しずつ出ています」
私は頷く。
「善は消えない。だからこそ、帳尻を合わせる必要があるの」
第二箱、第三箱……次々と票が積み重なり、数は明確な傾向を示し始めた。
橋——過半を越える勢い。
パン——堅実に追う。
夢——決して零にはならない。
やがて二十箱を過ぎた時、老議員派の一人が叫んだ。
「待て! この札、印が滲んでいる! 偽票だ!」
香炉が青く揺れた。群衆がざわめく。私はすぐに扇を開き、札を掲げる。
「滲んでいるのは雨のせい。今朝、濡れた袖で握った老人の票よ。偽票なら香は濃くなる。香は——白」
札を返すと、群衆から拍手が起こった。老人が列から進み出て、震える手で杖を叩いた。
「その票は、俺のだ! 橋に……子や孫を渡したい」
拍手は歓声に変わった。老議員は顔を背け、黙り込む。
最後の箱が開かれ、全ての札が読み上げられた。宙に浮かぶ数字が、夜空を染める。
橋:二万七千四百五十二票
パン:一万六千九百三票
夢:八千七百六票
合計、五万三千票余り。王都の歴史に残る数だった。
群衆が一瞬、静まり返り——次いで地を揺らす歓声が広場を包んだ。
「橋だ!」「橋が勝った!」
人々が肩を叩き合い、子どもたちが飛び跳ねる。孤児院の子が涙を浮かべ、「パンも、次は増えるね」と笑った。
私は壇の中央に進み、腕輪を掲げた。
「ご覧なさい。悪徳令嬢のざまぁの帳尻は、数字でつきました! 王家の演出も、議会の脚本も、炎の虚偽も——すべては数字の下で平等!」
群衆の歓声が嵐となり、夜空に響く。
王太子アルバートが立ち上がった。彼は私を睨むように見つめ、だが声は震えていた。
「……俺は、今夜、負けたのか」
「いいえ、殿下。あなたは“橋に名を刻んだ王太子”として残る。夢を語った者が、橋を渡したのです」
彼は唇を噛み、やがて静かに頷いた。
拘束輪はまだ私の腕にある。だが、誰も外せと叫ばない。むしろ人々の目には、それが勝利の証のように映っていた。
私は群衆を見渡し、最後の言葉を告げた。
「悪徳は土台。善は旗。今日、この国は——橋の上に旗を立てた!」
歓声が再び広場を震わせ、夜空に火花のように散った。