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第5話 夜の橋、炎の契約

 夜の王都に鐘が鳴り響いた。南門へ続く大路は、昼の喧騒を残したまま、人と荷車とたいまつで埋め尽くされていた。公開聴聞で火のついた群衆は、まだ熱を持ったまま橋の未完成部分へと押し寄せている。


「セレスティア様、本当に今夜やるのですか」

 黒薔薇商会の使者が焦燥を隠さず言う。彼の後ろでは資材を積んだ荷車が並び、農夫や職人たちが額に汗を浮かべて待機していた。


「ええ。非常委員会が処断を急ぐなら、こちらは結果を先に出すだけ」


 私は拘束輪を掲げる。鉄は冷たく重い。だが今や、それは枷ではなく舞台衣装だった。群衆はこの輪を見て、私を「拘束された悪徳令嬢」と認識する。ならば、その姿で橋を完成させてしまえば——物語はすでに逆転する。


 資材の搬入が始まった。木材の山が月光に照らされ、縄で縛られた石材がゴロゴロと転がされる。黒薔薇の補助術師たちは、魔術で石を軽くし、運搬を加速させる。農夫や孤児たちまでが手を貸し、たいまつの炎が揺れる。


「セレスティア様、図面です!」

 渡された羊皮紙に目を通す。南門橋の設計は八割が完成済み。残るは支柱の補強と、中央部の板張り。だが問題は、川の流れが速いことだった。水流を制御せねば、資材は流される。


「鍵守、お願いします」


 白衣の老人が前へ進み、聖印を川へとかざす。魔術陣が光り、流れが緩やかに変化した。まるで川自体が息を潜めたようだった。


「三刻だけ、流れを抑えましょう。それ以上は神の秩序を乱す」


「十分です」


 私は群衆に向けて扇を掲げる。

「皆さま! 橋は今夜完成します! 王家が“夢”に費やした資金を、現実の石と木に置き換える時です!」


 歓声が夜空を震わせた。


 作業は急ピッチで進む。私も袖をまくり、釘を打ち、縄を締める。拘束輪が打ち付けるたびに火花が散り、群衆がそれを合図のように声を上げた。


「悪徳令嬢が釘を打ってるぞ!」

「処刑されるはずが、橋を作ってる!」


 噂はすぐに熱狂へと変わる。悪徳の名が、労働の象徴に反転していくのを肌で感じた。


 だが、その最中。背後で金属音が鳴った。振り返ると、議会の警吏が数名、剣を抜いて人垣を割っていた。


「非常委員会の命により、作業を停止せよ! セレスティアを拘束し、王宮へ連行する!」


 群衆がざわめき、資材を抱えた手が止まる。私はゆっくり立ち上がり、拘束輪をかざした。


「おや、もう処断の幕を下ろすおつもり?」


「黙れ!」


 警吏が進み出る。その瞬間、香炉が青を濃くした。——彼らの言葉には虚偽が混じっている。私は冷笑した。


「“処断権の発動”など、まだ議会の票決を通っていない。あなた方の行動は、ただの越権。……皆さま、どうぞご覧あそばせ。演出の虚偽は、香で暴かれる」


 群衆が一斉に警吏を取り囲む。剣を抜いたのは彼らだが、数で勝るのは市民だった。石材を担ぐ逞しい腕、鉄槌を振るう職人。彼らの圧力に押され、警吏は退いた。


 夜半。最後の板が打ち付けられ、橋はついに繋がった。群衆が轟然と歓声を上げる。たいまつの炎が川面に映え、まるで星々が橋を渡っているかのようだった。


「渡れ! 渡れ!」


 最初に駆け出したのは孤児たちだった。裸足で木板を叩き、笑い声を響かせる。職人が肩車して続き、農夫たちが荷車を押す。人々が橋を渡りきるたび、拍手と笑い声が広がった。


 私は中央に立ち、拘束輪を掲げる。

「見なさい! 悪徳令嬢の処刑台は、橋の上に建ちましたわ!」


 歓声が嵐のように広場を包む。私は深く息を吐いた。フラグはへし折るだけでは足りない。利用し、旗として掲げる。それが本当のざまぁ。


 そのとき、静かな声が背後から響いた。

「セレスティア」


 振り返ると、王太子アルバートが立っていた。鎧の裾を乱し、目には疲労の色。だが、その瞳は確かに揺れていた。


「……お前のやり方は、気に入らない。だが……橋は、美しい」


 彼の声は群衆に届き、再びざわめきが起きた。悪徳と正義、両者が同じ橋を見ている。


 私は微笑し、扇をゆっくり閉じた。

「殿下。物語は、舞台を渡るたびに色を変えるのです。——次は、あなたの番ですわ」


 川を渡る風が、夜空に火花を散らした。

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