エピローグ 悪徳令嬢のその後
南門の橋は、季節を越えても人々の足音を受け止め続けていた。
市場へ向かう農夫、学校へ急ぐ子ども、そして旅人。板がきしむたびに、あの夜のざわめきが蘇る。
私は侯爵邸の庭で、拘束輪の残骸を眺めていた。火にくべられ、歪んだ鉄片。今は花壇の縁に置かれ、薔薇の蔓が絡まっている。
「似合っていたのに」と冗談めかして言う者もいる。だが私は微笑む。
「枷であっても、光を受ければ冠になる。それが“悪徳”の役割」
黒薔薇商会は、王都の監査役として公式に認められた。記録と契約を守る彼らは、もう恐れられるだけの存在ではない。
孤児院には新しい窯が増え、子どもたちの声が朝から響く。あの日の火を思えば、パンの匂いは祝福に近かった。
そして、王太子アルバート。
彼は橋の名に「アルバート」を刻みながらも、夢を語る言葉を失わなかった。民と共に汗を流し、剣よりも署名を選んだその姿は、王家の新しい物語の始まりとなった。
栗髪の少女は、今や「記録係」と呼ばれ、投票所の整備を続けている。
「私はずっと、“善”の側に立ちたいです」
彼女の笑みに、私は応じた。
「善が旗なら、悪徳は土台。旗は高く、土台は低く。どちらが欠けても国は立たない」
夜、私は橋の中央に立つ。
川面に月が揺れ、板を踏むたびに木の音が静かに響く。
悪徳令嬢と呼ばれた私の名は、きっとこれからも語られるだろう。処刑台に立った女、腕輪を掲げてざまぁを告げた女。
だが私は胸の奥で囁く。
「これは終幕ではなく、序章。悪徳令嬢の物語は、次の世代の旗の下で続く」
川風が薔薇の香を運び、私は微笑んだ。
帳尻は合わせ終えた。
けれど——舞台はまだ、終わらない。
完